「海外ではやせていることが循環器死亡の増加と関係し、喫煙が主要な交絡因子と考えられている。しかし、日本人では、やせは喫煙とは無関係に循環器疾患死亡増加と有意に関係している可能性がある」 守口市市民健康センター(大阪府守口市)保健総長の辻久子氏が、3月5日から京都で開催された第74回日本循環器学会総会・学術集会で発表した。
やせは循環器死亡の増加と関係するとされているが、喫煙が主要な交絡因子と考えられている。しかし、欧米では、やせの割合は非常に低く、やせた人に焦点を当てた研究は少ない。
そこで、辻氏は、1997年に大阪府守口市で市民健診を受診した1万6461人を対象に、欧米よりやせの割合が多く、頻度の高い循環器疾患の種類が欧米と異なる日本人におけるやせと循環器疾患死亡の関係を検討した。
調査では、循環器危険因子を、(1)高血圧(降圧薬服薬中または収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90 mmHg以上)、(2)喫煙(禁煙中の患者を除く)、(3)糖尿病(治療中または空腹時血糖126mg/dL以上または随時血糖200 mg/dL以上)、(4)高コレステロール血症(治療薬服用中、または総コレステロール値が220mg/dL以上)、(5)飲酒習慣(問診票にて時々以上の飲酒習慣あり)、(6)やせと肥満(やせBMI18.0kg/m2未満、過体重をBMI25.0〜29.9kg/m2、肥満BMI 30kg/m2以上)と定義した。
評価項目を総循環器疾患死亡とし、2007年末まで、平均経過観察期間9.3±2.4年(中央値10.2年)追跡調査した。統計解析には、Cox比例ハザード分析を用いた。年齢、性別、高血圧、喫煙、飲酒習慣、高コレステロールを循環器危険因子として共変量に用いた。
対象者1万6461人の平均年齢は54±13歳、市民健診なので女性の割合が高く、喫煙率が低かった。喫煙に関しては、喫煙経験がない群が1万1986人、喫煙経験があるが現在は喫煙をしていない群が1103人、喫煙者群が3372人だった。各群間で年齢、高血圧(25〜38%)、糖尿病(4.4〜7.4%)、高コレステロール血症(29〜42%)に各群間で大きな違いはなかったが、喫煙経験がない群で女性の割合が高く、飲酒習慣がない女性の割合が多かった。
全体(1万6461人)におけるBMI区分ごとの循環器死亡率を調べると、BMI 18.0kg/m2未満が2.7%、BMI 18.0〜19.9kg/m2が1.3%、BMI 20.0〜21.9kg/m2が1.0%、BMI 22.0〜24.9kg/m2が1.2%、BMI 25.0〜29.9kg/m2が1.2%、BMI 30.0kg/m2以上が2.0%。循環器疾患死亡率は、やせ(BMI 18.0kg/m2未満)は肥満者よりも高いことが明らかになった。
次に、喫煙の影響を明確に排除するために、喫煙経験がない人のみでBMI区分ごとの循環器死亡率を検討したところ、BMI 18.0kg/m2未満の循環器死亡率は2.3%と、喫煙経験がない人のみでも全体の傾向は変わらず、やせている群はBMI 30以上の肥満群と同程度に循環器死亡率が高かった。
さらに、喫煙経験がない人のみで多変量解析を行い、体格ごとに循環器疾患死亡のリスクを検討したところ、BMI 18.0kg/m2未満のやせは、BMI 20.0〜21.9 kg/m2の群に比べて約2.93倍の循環器疾患死亡を認め(p<0.0048)、統計学的に有意だった。一方、BMI 30kg/m2以上の肥満群では2.38倍と高い循環器疾患死亡を認めるものの、こちらは統計学的な有意差を認めなかった(p<0.0683)。
多くの海外の論文では、肥満が循環器疾患に関係してくるのはBMIが30kg/m2以上がとされている。日本と米国における肥満とやせの割合をみると、BMIが30 kg/m2以上の割合は日本人では成人人口の約3%にすぎないのに対し、米国では約30%に上り、社会的な問題になっている。一方、BMI 18.0kg/m2未満のやせは、米国ではほとんど無視できる割合だが、日本人では約5%を占めている。
また、総死亡における脳卒中と虚血性心疾患の死亡割合を日米で比較すると、米国では総死亡の18.2%が虚血性心疾患であるのに対し、日本ではその3分の1の7.0%。脳梗塞の割合は、米国が5.0%、日本が7.0%と同程度だが、欧米では脳梗塞の約半分が虚血性心疾患と病態が似たアテローム血栓性であるのに対し、日本人の脳梗塞は、それとは病態が異なるラクナ梗塞や心原性脳梗塞が多い。さらに、日本人では脳出血の割合が非常に多いことも大きな特徴だ(日本のデータは国民衛生の動向2008、米国のデータはHeart Disease and Stroke Statistics-2009 Update[Circulation 2009:119;e1-e181.]による)。
辻氏は、以上の結果から、「やせの頻度が高く、肥満の頻度が低く、頻度の高い循環器疾患の種類が欧米と異なる日本人では、やせていることは喫煙とは無関係に循環器疾患死亡増加と有意に関係した」と述べた。