◇陽子線で患部狙い撃ち
◇後遺症、最小限に 3年生存率も高く
神奈川県内に住む主婦(58)は5年前の秋、突然出た大量の鼻血に驚いた。その後も鼻がつまったような違和感が続き、鼻水に血液が少し混じることもあった。約1カ月後、近くの耳鼻科を受診すると、総合病院での検査を勧められた。翌年1月に精密検査を受けたが、診断結果は思いもよらないものだった。右鼻腔(びくう)(鼻の穴の中)のメラノーマ(悪性黒色腫)。主婦は「(医師に)悪性で珍しい病気と告げられ、頭が真っ白になった」と振り返る。
医師は「手術だと大きくとらないといけない。治ったとしても顔が変形する」と説明し、陽子線照射による治療を勧めた。
主婦は、紹介された国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)で2月中旬から陽子線治療を受けた。1日おきに15回通院。1回の照射時間は1分間で、準備や位置調整を含めても約15分と短い。治療中、痛みはなく、服薬も不要だった。副作用で口内炎ができたが、普段通りの食事ができた。
鼻炎の症状が残るほかは、後遺症は特にない。約2年後に首のリンパ節に転移したが、手術で摘出。現在は検査のため定期的に通院しているほかは、以前と変わらない日々を送る。主婦は「治療中の痛みや体力の低下はなく、顔の見た目も変わらなかった。すぐに東病院に紹介してもらえたのは幸運だった」と語る。
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鼻のメラノーマは、10万人に1人の割合で表れる珍しい病気で、国内の発症者は年間100〜200人と推定されている。左右の鼻腔や、上あごなど鼻の周囲4カ所にある副鼻腔で発症する。症状は鼻からの出血が最も多いが、病気の知名度が低いため、耳鼻科を受診しても気付かれないことがある。進行すると、頭痛がしたり、患部の位置によっては、片方の目が圧迫されて前に飛び出し、ものが二重に見える。東病院粒子線医学開発部の全田貞幹医師は「広い意味での“がん”だが、悪性度が格段に高い」と説明する。
切除手術と術後の放射線治療の組み合わせが標準的な治療だが、手術で顔が少なからず変形する▽視神経の損傷や眼球を含めた摘出により、失明することが多い▽5年生存率は20〜30%と低い--などの難点があった。切除が難しい場合などには放射線のみの治療が施されるが、手術より治療成績が悪く、重い後遺症が残ることが多かった。
こうした難点を克服する最新の治療法として期待されるのが陽子線治療だ。放射線を照射してがん細胞のDNAを破壊し、増殖できなくさせる仕組みは従来の放射線治療と同じだが、通常のX線ではなく、水素の原子核(陽子)を加速させた陽子線を患部にあてる。厳密なコントロールが可能なため、患部を「狙い撃ち」し、後遺症を最小限に抑えられるという利点がある。
厚生労働省が認可する先進医療の一つで、保険は適用されず、一連の治療で合計288万3000円を患者自身が負担する。