日本ほど、たばこに甘い国はない。米シカゴで8月上旬に開かれた「第11回たばこか健康か世界会議」を取材して、改めて実感した。参加は132カ国から4500人と空前の規模。禁煙活動家の増加だけでなく、国や自治体、世界保健機構(WHO)など、健康政策の柱として本格的に取り組む公的組織が増えた。「たばこは個人のし好品」という日本の常識は国際社会の潮流から大きく外れている。(編集委員・田辺 功)
◆年300万人の死
会議は、米国医師会などが主催した。配られた資料にはこんな文章が並ぶ。
「たばこの煙に4000以上の化学物質が含まれ、うち43種類は発がん物質」
「たばこは喫煙者ばかりでなく、周囲の人にも、がんや心臓病などの病気を起こす。」
開会式で読み上げられたクリントン米大統領のメッセージは「たばこ関連の病気のため、世界で年に300万人、米国で40万人が亡くなっている」「たばこの危険から国民、特に子どもたちを守らなければならない」と、たばこを敵視する姿勢を明確に打ち出した。
欧米諸国では交通機関や病院、学校など、公共の場からのたばこ追放が進んでいる。米国では「そこで働く労働者の健康を守る」目的もある。連邦政府の建物は全面
禁煙。レストランを含めて屋内の全面禁煙は、カリフォルニア州から各地に広がった模様だ。会議があったシカゴのオフィスビルで、建物外の灰皿の周りに愛煙家が群がっては消える姿をよく見かけた。
カナダ政府は新しい警告文を6月に決めた。年末までに、たばこの箱の両面
に「写真・図つき警告文」(16種類)のどれかを載せなければならない。英仏両語で書かれ、箱の面
の半分のスペースを使う。
「たばこは肺がんを起こす」「心臓を破壊する」「男性機能を失う」「赤ちゃんを傷つける」「こどもがまねる」などの警告に、肺や心臓、患者、吸い殻の写
真などが付く。ほかの先進国の警告文も厳しくなる傾向だ。
会議の議長の一人は、世界のたばこ企業と闘っているWHOのブルントラント事務局長だ。WHOは生産や販売などを制限する強制力のある国際的「たばこ規制枠組み条約」の2003年春発効を目指す。
「現在12億人の喫煙者を2020年には10億人に減らしたい」と担当官。人口増加分を含めて6億人を禁煙させる。10月にジュネーブで゛公聴会を開き、本格作業に入る予定だ。
◆禁煙援助活動
長くたばこを吸う人が禁煙するのは難しい。「意思の弱さ」にする日本と違って「ニコチンの依存症」を重視するの欧米は、公的団体や非政府組織(NGO)、製薬企業などが、いかに効率的に禁煙させることができるかを競う。米国ではマサチューセッツ州などが積極的に禁煙援助活動を展開し、たばこを止めさせる専門職もできている。
活用されているのはニコチンガム、ニコチンパッチ(張り薬)などのニコチン代替療法だ。喫煙者の脳にはニコチンと結びつく受容体が増える。脳がニコチンを求めるため、急に禁煙するとニコチン欠乏で活動低下が起こる。それを避けるためニコチンを補い、徐々に減らしていく。
ガムやパッチは薬局でだれでも買える国がほとんどだが、日本は心臓病などの患者に限って医師が処方する。「ガムやパッチにニコチンはたばこほど危険でない。たばこが自由でガムを規制するのは逆だ」と、スウェーデンの研究者が指摘していた。
◆「実態」に驚異
会議にはシャレーラ米厚生長官も連日出席、米国やWHOの熱意が目立った半面
、日本の影は薄い。参加したのは約30人の活動家や医師、研究者で、国の担当者の姿はなく、展示会場にも日本の企業・団体の出展はなかった。
日本の男性の喫煙率は50%を超えている。米国の28%、スウェーデンの18%などより高い。女性や未成年者の喫煙が増えているとされるのも問題だ。
会議資料では、1997年に日本で消費したたばこは3160億本。中国の1兆6790億本、米国の4800億本より少ないが、1人あたりの本数は日本が上回る。
渡辺文学・禁煙ジャーナル編集長はNGOの集まりで日本政府のたばこ寄りの姿勢を紹介し、驚嘆された。
現閣僚のうち、首相、厚相ら9人が全国たばこ耕作者政治連盟の推薦議員。うち6人は厚生省の「健康日本21」やWHOの条約に反対声明を出した自民党委員会の所属だという。
日本の参加者から「このままでは捕鯨の二の舞になるかも知れない」という言葉がもれていた。
(2000.8.23朝日新聞)
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