Lesson24 


世界共通で高いリスク

たばこによる健康被害の全ぼうは、人を対象とした疫学研究によって次々に明らかになった。当初の予想をはるかに上回る規模だ。疫学研究者の立場は原則的に中立で、「喫煙者と非喫煙者では、病気の発生率が同じ」という前提に立って研究を始める。最初のころは、たばこによるメリットもあるのではないかと考えられていた。

その最有力候補がアルツハイマーや認知症(痴呆)の予防。しかし、2000年に発表された英国男性医師3万4千人の長期追跡調査によって否定された。むしろ、最近の研究では、喫煙者の方が発病時期が早まることが示されている。

われわれの疫学研究でも、喫煙者は非喫煙者に比べ、さまざまなリスクがどれくらい高くなるか調べている。死亡リスクは、男性で1.6倍、女性で1.9倍だった。病気別で見ると脳卒中リスクは、男性で1.3倍、女性で2倍。糖尿病リスクは、1日20本以上の喫煙で、男性で1.4倍、女性で3倍だった。

いずれも女性のほうがより高い傾向にあった。男性よりもたばこの影響を受けやすいのかもしれない。男性は、値自体は小さくても喫煙率が高いため、わずかなリスク上昇でも大変な人数が影響を受けることになる。

一見たばことはかかわりのなさそうな自殺のリスクも、男性の場合1日あたりの本数が多いグループほど高かった。40本吸うグループの自殺リスクは、20本未満の1.7倍だった。女性では喫煙者と自殺者双方の数が少ないので、検討できなかった。

ミシガン州立大学による20代約1千人の10年間の追跡調査が最近報告された。喫煙者は、自殺願望や自殺を試みるリスクが2倍ほど高いという。このリスク上昇は禁煙で解消された。喫煙自体が自殺の独立した原因であるかは不明だが、喫煙者が自殺しやすいことは世界共通のようだ。

ニコチンへの依存が、うつ症状を誘発した結果とも解釈できる。喫煙者の行動的・性格的な特徴が、自殺と関係しているとも考えられる。
(国立がんセンター予防研究部長  津金 昌一郎)

日本経済新聞 2005.5.15