世界有数の「たばこ天国」インドネシアで、たばこを吸う子供が急増して社会問題化している。ニコチン中毒でリハビリを受ける少年まで次々に出現。巨大なたばこ産業を優先し、規制に及び腰だった政府は最近ようやく規制案を提示したが、罰則は明確にされず実効性は不透明だ。
▽4歳から
幼い顔の少年が慣れた手つきで火をともし、紫煙を惜しむように何度も吸い込んだ。首都ジャカルタ近郊のスカブミ県に住むイルハン君(9)は喫煙歴5年。周囲の大人が面白半分で吸わせたのが喫煙のきっかけだ。
「やめなさい」。父親のウマルさん(40)が軒先での喫煙をとがめると、イルハン君は「うるさい」と金切り声を上げた。たばこを取り上げると、感情を爆発させ、家の窓ガラスを割ったり、近くの人をたたいたりする。自宅の窓は7回も交換した。
今春、ジャカルタの施設で約1カ月間、禁煙リハビリを受けたが、村に戻るとすぐ逆戻り。
「子供がたばこを簡単に買える環境を変えてほしい」とため息をつくウマルさんを横目に、イルハン君は「禁煙する気はない」と、やにで黒ずんだ歯を見せた。
▽年々増加
世界4位の人口約2億4千万人のインドネシアは成人男性の6割が喫煙者。オランダの植民地だった19世紀、欧州への輸出品として強制栽培が始まり生産が本格化した。
現金収入が得やすいと個人農家にも広がり、庶民の嗜好(しこう)品に。特産の丁子を使い、甘い香りが独特なクレテックたばこも普及し、1箱7千〜1万7千ルピア(60〜140円)で手軽に買える。
未成年に対するたばこ販売を罰する法律もなく、子供も容易に露店で買える。
非政府組織(NGO)「子供の権利保護委員会」などによると、10歳未満の3人に1人が喫煙の経験者。16歳以下の100万人が常習喫煙者で、ここ10年で3倍に増えたとの推計もある。
▽消極的な政府
「ルールがないと、たばこ会社が何をしでかすか、インドンシアを見れば分かる」と批判する米禁煙団体。
大手各社はテレビやラジオなどに頻繁にコマーシャルを流し、小学校の前に巨大な広告板が掲げられるケースも。販売促進のため、たばこを無料で配ることもある。
若者の関心を引くコンサートなども競って後援し、同委員会は「未成年を喫煙の道に引きずり込もうとしている」と非難する。
一方、政府は規制には消極的だ。国家財源の約1割をたばこ関連税収で賄っているほか、業界からの政治献金も莫大(ばくだい)な額に上るとうわさされる。東南アジアで唯一、世界保健機関(WHO)のたばこ規制枠組み条約に批准していない。
だが2010年、乳児が喫煙する様子が大々的に報道されると、欧米の市民団体などから批判が殺到。ユドヨノ大統領は最近やっと「18歳未満への販売禁止を盛り込んだ政令を出す」と重い腰を上げたが、政令案には罰則が明記されておらず、実効性は疑問視されている。(スカブミ共同)
※たばこ規制枠組み条約
2003年5月、世界保健機関(WHO)総会で採択され、05年2月に発効した。日本は04年6月に批准。現在の締結国は170カ国以上。たばこ税収の落ち込みなどを懸念するインドネシア政府は生産者団体の猛反対もあり未批准。大手たばこ会社が強い影響力を持つ米国も批准していない。条約の内容は(1)他人の煙にさらされる受動喫煙の防止措置を取る(2)主要な表示面の30%以上を健康被害の警告表示に充てる(3)広告、販売促進は禁止もしくは制限(3)未成年者への販売を禁止するために効果的な方法を取る-など。
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