Lesson37 


治療充実へ対策始まる
推定700万人 受診率5%


患者の約9割に喫煙歴があり、「肺の生活習慣病」とも呼ばれる慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)。呼吸機能が著しく低下し、進行すると酸素ボンベが手放せず風邪などが急に悪化して死亡するケースもある深刻な病で、国内に約700万人の患者がいると推定される。しかし意外に知られていない上、診断体制も不十分で、受診率は5%未満と埋もれた患者が大半。高齢化に伴い今後患者が増えるのは必至とされ、ようやく対策に乗り出す動きが出始めた。

患者9割に喫煙歴
10年近く前、地下鉄の長い階段で息苦しさを感じるようになった東京都板橋区の内田幸男さん(67)は当初、「年のせいかと思っていた」。その約2年後の2000年に受けた人間ドックで、肺に異常がある可能性を指摘されたが、原因は不明。その年の冬、朝方に突然、呼吸困難になり救急車で運ばれた。翌年の9月、別の病院を受診して、ようやくCOPDと診断された。

内田さんは約40年間、1日20−30本のたばこを吸い、若いころは粉じんが飛ぶこともある工場で働いていた。そうした生活環境がCOPDにつながった可能性があると指摘された。現在は、平地を歩いたり座って生活する分には健康な人とほとんど変わらないが、マンション3階の自宅まで階段を上がるだけで、息苦しさでしばらく会話ができない。薬は吸入薬など毎日、3種類。呼吸筋のトレーニングなどのリハビリテーションも毎日、2時間行う。

死因別の統計によると、05年にはCOPDで約1万4千人が死亡。くも膜下出血とほぼ同数で、直腸がんより約1千人多い。男性に限ってみれば、病気死因の14位。たばこの消費量増加から約20年遅れて死亡率が増加するとされ、厚生労働省の担当者は「将来、患者数が多くなるのは確実。国として重要な疾病と考えており、当面は喫煙対策を中心に検討していきたい」と話す。

ただ病気の深刻さに比べ認知度は低い。製薬会社が昨年行ったアンケートでは、COPDを知っている人は約3割のみ。厚労省によると、05年に治療を受けた人は約22万3千人。ところが順天堂大医学部の福地義之助客員教授(呼吸器内科)らによると01年の大規模疫学調査では、患者は40歳以上の約8.5%。現在は約700万人いると算定され、水面下に多くの未受診者がいるとみられる。

COPDの治療に詳しい日本医科大学の木田厚瑞教授(同)は「症状が顕著になるのは60−70歳代。病気が気付かぬうちに進行する40−50歳代のうちに受診してほしいが、そうした人は少ない」という。COPDを診断できる呼吸器科の医師や病院が少ないことも背景にある。

「埋もれた患者を見つけ出したい」。年間約300万人の胸部健診を行っている財団法人「結核予防会」(東京・千代田)は今年度からCOPD対策に乗り出す。調査が主目的ではあるが、健診にCOPDの問診表を導入。COPDが疑われる場合は、健診を受けた医療機関での診断・治療やほかの専門病院への紹介なども行う。5月末に47都道府県支部の担当者を集め説明会を開き、各支部が運営する病院や診療所での健診に導入、50万人の問診表の回収を目指す。

一方、患者自身も治療体制の充実に取り組み始めた。COPDなどを患い酸素ボンベでの在宅酸素療法を余儀なくされている人らでつくる日本呼吸器疾患患者団体連合会(遠山雄二・患者代表幹事)は2月末、約5万5千人分の署名を厚労省に提出。受けられる福祉サービスを拡充するため、身体障害程度の等級を心臓ペースメーカーを使っている人と同じ「1級」にするなどの負担軽減を求めた。

リハビリ制限撤廃
こうした動きも反映してか、COPDの治療に必須な呼吸器リハビリに対する治療日数制限もこのほど撤廃された。中央社会保険医療協議会(中医協)が3月中旬、昨春の診療報酬改定で上限が設けられたリハビリ日数について、急性心筋梗塞(こうそく)や狭心症とともにCOPDを制限対象からはずすよう厚労省に答申。4月1日から施行された。

徐々に対策がとられてきたが、早期に発見し、病気の進行を食い止めるための自己管理が重要。内田さんはCOPDと診断されて以降、歩いた歩数やリハビリの状況などを、毎日のように克明に記録し続けている。その結果、肺機能の数値は、診断された01年と06年ではほぼ変わらない。「病気をきちんとマネジメントすることを習慣化するのが必要」と話している。

「予防・改善は可能」

専門家組織ガイドライン
COPD対策を進めるため各国の専門家でつくった国際組織「GOLD」の最新ガイドラインは「予防可能、治療可能」を強調している。長時間効能が続く薬も開発されており「QOL(生活の質)を改善できる病気であることを知ってほしい」(福地客員教授)という。

COPDは、たばこなどの有毒物質を吸い込むことで、肺の弾力が失われたり気管支が慢性的に炎症を起こし、空気の流れが阻害される病気。診断には「スパイロメトリー検査」という検査が必要だが、喫煙歴のある中高年で、せき・たんが頻繁に出たり、坂道で息が切れる人などは疑わしい。治療は主に服薬や呼吸筋を鍛えるためのリハビリ。一度失われた肺機能が元に戻ることは少ないが、進行を食い止めることができる。

木田教授によると、生活習慣が原因の病気のため、COPDの患者は骨粗しょう症や糖尿病、動脈硬化、胃潰瘍(かいよう)なども患っていることが多い。さらに肺がんの合併頻度も高い。「ほかの病気で医者にかかっていることがよくある。COPDの早期発見は医師同士の連携も欠かせない」という。 
(桜井陽)

喫煙歴のある人で以下の症状があったらCOPDに注意
(1)風邪でもないのにせきやたんが続く

(2)たんが粘ついたり、うみが混じったように見える

(3)呼吸するとゼイゼイしたりヒューヒューいう

(4)朝方に頭痛がする

(5)坂道で息切れを感じる

(6)年のわりに疲れやすい
(結核予防会の資料より抜粋)

ことば
▼スパイロメトリー検査 COPDなど肺の病気を調べるのに不可欠な肺機能検査のこと。スパイロメーターと呼ばれる医療機器を使って行う。マウスピースを口にあて、息を肺いっぱいに吸い、はき出すことで測定する。一度の深呼吸ではき出せる空気の最大量がいわゆる肺活量で、そのうち最初の1秒間にはき出せる割合を一秒率と呼ぶ。一秒率が70%未満になるとCOPDの疑いありと診断される。所要時間は通常15分程度。専門家からは病院への導入が遅れていると指摘されている。

日本経済新聞 2007.4.22