喫煙と健康問題に関する報告書

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第二部 喫煙の健康に及ぼす影響

第1章 総論[要約]
 喫煙と疾病の因果関係は、5つの疫学的基準つまり、関連の一致性、関連の強さ、関連の特異性、時間的関係、関連の整合性に基づいて推理されている。しかし、1986年のWHO報告では、「たばこ煙は人に対して発がん性がある」と結論されている。

 WHO専門委員会は、喫煙による健康障害について以下のごとく列挙している。

肺がん紙巻たばこ喫煙が肺がんの罹患率を著しく増大せしめたことにいまや反論の余地はない。
気管支炎と肺気腫紙巻たばこは気管支炎と肺気腫に罹患しやすくする最も主要な原因である。
虚血性心疾患紙巻たばこ喫煙は冠状動脈疾患の発生に寄与する原因である可能性が極めて高い。
その他の循環器系疾患紙巻たばこ喫煙は全身、特に頭部および四肢の動脈の粥状効果発生を促進し、血管障害を起こして重大な結果をもたらす可能性がある。
その他の健康異常胃・十二指腸潰瘍、口腔がん、喉頭がん、食道がん、膀胱がん、乳頭腫症、膵臓がん、肺結核、妊娠中の喫煙により胎児の被る悪影響、禁煙による体重増加および離脱症候群。

 このように、喫煙によって超過死亡がみられることが示されている。

 喫煙用に栽培される植物は、ナス科植物ニコチアナ属のニコチアナ・タパクムで主アルカロイドとしてニコチン、副アルカロイドとしてノルニコチンを含む。

 たばこ煙の物理化学的特性と有害成分をみると、各種有害物質発生量は主流煙より副流煙中に大であり、有孔フィルターではタール、ニコチンのみならず主流煙中のCO収量も減ずるが、副流煙中ではかえって全有害物質収量が無孔フィルターの場合より増加している。主として口腔粘膜および肺胞で吸収されたニコチンは血液を介してほとんどすべての臓器・組織に分布するが、同じく吸収されたCOは赤血球内のヘモグロビン(Hb)と結合してCO-Hb(あるいはHb-CO)となり血液中に存在し、全身に分布する。吸収されたHCNの一部はそのまま肺から排泄されるが、大部分は主として肝臓できわめて迅速に硫シアン酸塩となって解毒され、また一部は活性型ビタミンB12のハイドロオキシコパラミンと結合して、シアノコパラミンとなり解毒される。

 一般にニコチンは中枢神経系を興奮させ、末梢自律神経系の神経節に作用してその支配臓器に刺激効果を現すが、常習喫煙者では、喫煙は、精神神経機能の促進と抑制という二様の効果をもたらす。

 喫煙と循環器系機能との関連をみると、喫煙の急性生体影響で最も顕著なのは、吸収されたニコチンによる心臓・血管機能の変化である。一般には交感神経刺激効果として、心拍数増加、血圧上昇、心仕事量増加、末梢血管収縮などの変化が認められる。

 喫煙時の末梢血管収縮は特に四肢末端の皮膚で顕著に現れ、通常量の紙巻たばこ喫煙により感受性の高い常習喫煙者では5℃以上もの指先皮膚温度下降をみることがある。

 妊娠末期(34週以降)の女性における喫煙時には、胎児にも心拍数増加が生ずるのと同時に、子宮血管の収縮と子宮胎盤間の血液量減少が起こると考えられている。

 喫煙と呼吸器系機能との関連をみると、通常量の紙巻たばこ喫煙時においては、肺活量、1回換気量、呼吸頻度、分時換気量などには有意な変化は認められない。しかし、紙巻たばこ1本の喫煙でも、気道閉塞の生じ得ることが確かめられた。喫煙によって気道けいれんの発生することが示唆されており、また、末梢および中心気道の両方に機能障害の生ずることが推測されている。

 消化器系機能に対する喫煙の影響は循環器系の場合と異なり、特に感受性の高い常習喫煙者にあっては副交感神経刺激効果として現れるとされる。喫煙による胃および腔機能の変化は十二指腸潰瘍の形成と治癒遅延に関連を有すると考えられているが、喫煙時に吸収されたニコチンの作用機序については不明な点が多い。

 喫煙を中毒という視点でみると、初心者の喫煙時あるいは非常習喫煙者が短時間内に過量の喫煙をした場合には、いわゆる急性たばこ中毒あるいは急性ニコチン中毒に陥ることがある。常習喫煙者でも自己の常用量を著しく超過する大量の喫煙をした際も同様で、急性ニコチン中毒の症状として、脱力感、発汗、呼吸困難、流涎、悪心、嘔吐、便意頻数(下痢を伴うこともある)などがあげられ、しばしば頭痛、不安感、振戦、尿意頻数、顔面蒼白、視力減退、散瞳と縮瞳の交替なども認められる。このような主観的および客観的症状のほかに、自覚の有無にかかわらず、心拍数増加、血圧上昇、分時拍出量増加、1回拍出量増加、心収縮速度上昇、心筋収縮力増高、冠血管量増加、心筋酸素消費量増加、不整脈発生、心電図上の変化などの、顕著な心臓・血管系機能変化がカテコールアミン遊離を介して生ずる。

 ニコチンの経口致死量は60mg前後とされるが、非喫煙者では4mgでも重篤な症状が現れるともいわれ、また、血中CO-Hb濃度の上昇に対する急性生体反応が示される。

 

1.喫煙と疾病の因果関係

 喫煙と疾病との因果関係を立証するためには、単に統計学的な関連性が認められただけでは十分ではない。それらの因果関係を決定するためには、実験疫学つまり喫煙を続けさせることによって疾病を発現させる実験が必要となる。しかし、これらの実験介入疫学は人道的に許可されない。そのために一般には、以下に示す5つの判断条件に基づいて因果関係の推理が行われる。これらの判断条件は、1964年の米国公衆衛生監督の報告書「喫煙と健康」に提示されたものである。

    因果関係を評価する疫学的基準
  1. 関連の一貫性(consistency)
  2. 関連の強さ(strength)
  3. 関連の特異性(specificty)
  4. 時間的関係(temporal relationship)
  5. 関連の整合性(coherence)

 この基準を用いて、喫煙と肺がんとの因果関係について検討してみる。

 関連の一貫性とは、関連の普遍性ともいわれ、同様な関連性が、対象者、時間、場所が異なっていても認められることをいう。

 喫煙と肺がんとの関連は、国別、民族別、世紀別にみても矛盾なく認められている点で、一貫性は高いといえる。

 関連の強さとは、喫煙と肺がんとの間にみられる関連性の強さを示し、その指標としては、相対危険度、オッズ比、相関係数、回帰係数、そして重相関係数などがある。平山らの調査によると、この場合の相対危険度は、男4.13、女2.10である。さらに、喫煙本数が増加するにつれて、相対危険度が増加していくことから、これらの関連性の間には量−反応関係が認められる。

 関連の特異性とは、喫煙と肺がんとの特異的な関連をいう。この場合、肺がん患者が必ずしもすべて喫煙者とは限らないという点で特異度が高いとはいえない。しかしながら、肺がんを扇平上皮がんに限定すれば、特異度は高まると思われる。

 時間的関係とは、時間先行性と呼ばれ、喫煙暴露が、肺がん発生以前に作用していることをいう。喫煙の流行が肺がんの流行に先行していることは、この時間性を支持している。

 最後の疫学的基準は、関連の整合性である。動物実験においてたばこ煙濃縮物では発がん性が確認されていること、および禁煙した場合に発がんの危険が少なくなることなど含め、これらの関連に他分野の関連科学からの知識と矛盾しない場合に整合性が認められる。

 この点では、英国や米国における、医師や市民を対象とした調査研究、つまり喫煙率の低下とともに、肺がんなどの死亡率が減少したという事実はこの項目を支持している。

 以上、疫学の基準を用いて、肺がんと喫煙との因果関係について論じてきた。なお、最新の研究成果をふまえたWHOの最新の報告でも、「たばこ煙は人に対して発がん性がある」と結論されている。

 

2.喫煙による健康障害

(1)喫煙関連疾患
 WHO専門委員会および喫煙制圧専門委員会(WHO Expert Committee on Smoking Control)は、それぞれの報告書の中で、喫煙による健康障害についての医学的証拠を示したが、喫煙と関連した特定疾患群として以下のごとく列挙している。

a)肺がん:肺がんは非喫煙者および紙巻たばこ以外のたばこ喫煙者にはあまりみられず、紙巻たばこ喫煙が肺がんの罹患率を著しく増大せしめたことにいまや反論の余地はない。
b)気管支炎と肺気腫:紙巻たばこは気管支炎と肺気腫に罹患しやすくする最も主要な要因である。
c)虚血性心疾患:紙巻たばこ喫煙は先進諸国における3大死因のひとつである冠状動脈疾患の発生に寄与する原因である可能性がきわめて高い。
d)その他の循環器系疾患:紙巻たばこ喫煙は全身、特に頭部および四肢の動脈の粥状硬化発生を促進し、血行障害をもたらして重大な結果を招来する可能性がある。
e)その他の健康異常:胃・十二指腸潰瘍、口腔がん、喉頭がん、食道がん、膀胱がん、乳頭腫症、膵臓がん、肺結核、妊娠中の喫煙により胎児のこうむる悪影響、禁煙による体重増加および離脱症候群。

   表・・1-1 喫煙の健康影響のまとめ(略)

 1964年に発表された最初の米国公衆衛生総監報告書においても、同様に筆頭3疾患群として肺がん、慢性気管支炎・肺気腫および冠状動脈疾患があげられ、以後引き続く報告書でも同様であったが、1980年『慢性閉塞性肺疾患』の特集、1982年『がん』、1983年『虚血性心疾患』、1984年には『女性の喫煙』少の特集が発刊されている。

 これらを要約すると表・・1-1(略)のようになる。

(2)喫煙と死亡
 HammondとHorn(1958)による追跡調査結果の要点は、全がん死亡率は非喫煙者に対し常習喫煙者は高値であること、その死亡比は1日当たり紙巻たばこ本数に伴い上昇すること、またパイプおよび葉巻喫煙者の全がん死亡率は非喫煙者より高値であること、また超過死亡は冠状動脈疾患52.1%、肺がんおよびその他のがんはいずれも13.5%であったが、最も重要な所見は、紙巻たばこ喫煙と総死亡の間にきわめて密接な関連が認められることであった。
   表・・1-2 その1―喫煙関連死因(略)
   表・・1-2 その2―喫煙非関連死因(略)

 Doll(1984)はその論文に記載された喫煙関連死因および非関連死因について現時点における証拠に立脚して検証し、表・・1-2(略)のごとき成績を示している。
   表・・1-3 性別・死因別喫煙習慣別標準化死亡率、死亡比および寄与危険度(略)
   表・・1-4 性別・死因別喫煙習慣別標準化死亡率、死亡比および寄与危険度(略)

 平山(1981)は一般成人男女26万5118人を対象とした計画調査結果に基づいて、表・・1-3(略)および表・・1-4(略)のごとく、性別・死因別喫煙習慣別標準化死亡率・死亡比・寄与危険度を算出し、喫煙関連死因の検出を行っている。

 保健および医療の担当者である医師を対象とした計画調査では、DollとPeto(1976)の男3万4440人、およびDollほか(1980)の女6194人を対象として1951年以来それぞれ20年間および22年間にわたり追跡した結果から、喫煙は男女にかかわらず主として心疾患、肺がん、慢性閉塞性肺疾患および各種血管疾患による死亡の原因となっていることが明らかにされているが、調査開始以来、禁煙あるいは減煙に転ずる者が多く、第4年次から20年次までの間に65歳未満の男性医師死亡率は28%減、65〜84歳の場合では5%減となっている。

 米国カリフォルニア在住男性医師1万130人についての、1950年から30年間の追跡調査結果によると、彼らのシガレット喫煙者率は1950年の約53%から1980年の約10%までに劇的に低下し、喫煙習慣と関連のある諸疾患についての、米国一般白人男性を基準とした彼らの標準化死亡率は、1950〜59年から1970〜79年にかけて肺がんは62から30まで、その他のがんは100から63まで、虚血性心疾患は62から35まで、慢性閉塞性肺疾患は62から35まで低下、喫煙とあまり関係のない死因の標準化死亡率はほとんど不変であった。各年齢層を通じての全般的標準化死亡率は1年ごとに1%の割合で低下したことを示す。
   表・・1-5 1日当たり喫煙シガレット本数別にみた特定死因の年齢補正相対危険度(および95%信頼間隔)(略)

 わが国の男性医師5477人を対象とした、1965(昭和40)年から1977(昭和52)年にかけての12.7年間に渡る追跡調査では、非喫煙者に対して喫煙者における全死因、全がん、上部気道・消化管がん、胃がん、肺がん、虚血性心疾患、および脳卒中の危険度が全般的に増高しており、表・・1-5(略)のごとく全がん、上部気道・消化管がん、肺がん、虚血性心疾患では喫煙量との関連が明瞭である。また、喫煙者の肺がんと虚血性心疾患は成年期に喫煙を開始した場合より未成年期に喫煙開始した場合の方が危険度は高く、非喫煙者1.00に対し、肺がんでは3.31と8.52、虚血性心疾患では1.91と2.81となっている。

(3)喫煙による超過死亡
 喫煙率の低下とともに、肺がんなどの死亡率が低下することは前述した。次に、喫煙率の低下によってとの程度の超過死亡が軽減可能であるかといった課題は、喫煙対策という視点からみて重要な課題のひとつである。平山らの長期追跡研究結果に基づいた試算(表・・1-4(略))によると、肺がんの場合、男では69.4%、女では13.2%に喫煙が寄与している。全部位のがんの場合、男では31.8%、女では5.22%に喫煙が寄与している。

 喫煙による死亡以外には、喫煙のもたらす健康障害によって日常活動が制限されることも重要な公衆衛生学的な課題のひとつである。

(4)喫煙にかかわる室内空気環境の悪化について

 日本放送協会(NHK)による国民生活時間調査によれば、第一次産業従事者を除いて、日本人の1日の生活時間のうち、成人男性については85〜90%、成人女性については90〜95%を外界と隔離された、何らかの建築物の内部で生活していることがわかる。その大部分は住居または職場であり、「移動」のための時間帯でも、列車、駅舎等の中で過ごす時間も無視できない。

 広い野外の空間と異なり、限りある室内空間で喫煙が行われれば、たばこの煙は拡散されず室内を直ちに汚染することになる。特に一般住居内においては、室内空間は著しく限定され、そこに居住する非喫煙者は、否応なしにたばこの煙に含まれる諸有害成分に高濃度に暴露され、乳幼児、病弱者、高齢者など退避行動の不可能な者が同居する場合、その影響は甚大となる。近年、住宅(高層集合住宅を含む)および一般建築物の高密化、気密化が進み、それに対応した空調・換気の工夫も一応はなされているものの、有効な換気装置をもたぬ住宅においては、たばこを筆頭とする各種の室内空気の汚染問題は識者の指摘するところとなっている。

 一般に成人1人当たりの新鮮外気量(いわゆる必要換気量)は1時間当たり30㎥といわれているが、これは、他になんの汚染物質(喫煙・燃焼排ガスなど)を発生しない場合の必要量であって、この空気量は6〜8畳の広さの室の容積に相当する。

 一方、たばこ煙中の有毒物質のうちタール状の粒子相の成分(total paritculatematter、TPM)を指標としてみれば、たばこ1本の喫煙による周囲へのTPM発生量(副流煙および喫煙者よりの二次煙中の)は、喫煙条件により10〜40・の幅があるが、平均的に1本あたり約15・といわれ、いわゆるビル管理法(「建築物の衛生的環境の確保に関する法律」昭和45年法20号)に示される室内空気管理基準値0.15㎎/㎥の達成のためには、これを希釈するための10・(1本当たり必要換気量の3倍強)の清浄空気量が必要とされることになる。

 したがって、数人の居住者が在室するだけで、通常の室内で1時間にその人数分程度の換気回数(その部屋の空気が1時間に完全に新鮮なものに入れかわる回数をいう)が必要であるうえに、そこに喫煙者が1人でもいれば、発生するたばこの煙を薄めるために、換気回数は格段に増やさねばならないことになる。

 しかしながら、通常の住居状態では、意識的な居住者による換気行動はまれであり、旧来の木造住宅の自然換気回数は通常2〜10回であるのに対し、気密な集合住宅などでは1回にも満たない場合が多い。したがって、このような室内で喫煙が行われれば、たばこ煙は必然的に室内に高密度に蓄積され、受動喫煙の影響を増長させることになる。

 換気回数1回4.5畳程度の部屋を想定して行われた室内空気汚染に関する実験では、以下のような結果が得られている。

1)在室者2、うち喫煙者1(1時間当たり4本喫煙)の場合
  TPM:2.2㎎/㎥、CO:12ppm、CO2:2100ppm
2)在室者4、うち喫煙者2(1時間当たり計6本喫煙)の場合
  TPM:2.2㎎/㎥、CO:16ppm、CO2:3400ppm
3)在室者4、うち喫煙者3(1時間当たり計9本喫煙)の場合
  TPM:3.4㎎/㎥、CO:24ppm、CO2:3700ppm
〔注:ビル管理法基準では、それぞれ0.15㎎/㎥、10ppm、1000ppm〕

 また、一般のオフィスビル内での喫煙による空気環境悪化の報告は、浮遊粉塵濃度を中心として数多くなされており、たとえば非空調ビルの場合ではピーク時で1㎎/㎥程度、空調ビルでも出勤時以後の数十分間とか、会議室など喫煙が頻繁に行われる場合には0.5〜1㎎/㎥の高濃度に達することがあるという。

 以上のように、たとえ1人でも狭い室内で喫煙が行われれば、人は高濃度の汚染に暴露されることになり、また、たとえ空調設備による換気が行われていても、大人数の喫煙があれば、同様の結果を生ずることになる。

 さらに煙による嗅覚・視覚への刺激、不快感の増長など、生理的、心理的な直接的影響のほかに、壁面や器物の汚れ、臭気の付着など室内環境へ与える間接的な悪影響も無視することはできない。

 

3.喫煙の生理・薬理

(1)たばこおよびたばこ煙の物理化学
1)葉たばこ
 喫煙用に栽培される植物は、ナス科植物ニコチアナ属のニコチアナ・タバクム(Nicotiana tabacum L.)で、主アルカロイドとしてニコチン(nicotine)、副アルカロイドとしてノルニコチン(nornicotine)を含む。通常の栽培たばこ品種は大別して、黄色種(Bright)、オリエント種(Turkish)、バーレイ種(Burley)および在来種(Domestic)の4種である。

 喫煙あるいはたばこ燃焼時に発生する煙中物質の質と量に影響を与える要素には、葉たばこ以外に、保湿、香気あるいは伸軟性賦与などの目的で添加されるさまざまな香料も大きな役割を有し、大別すると洋酒、乾燥果実、シナモン、チョコレート、スパイス、メンソールなどがある。その種類、性質、使用料などは企業秘密として詳細は明らかにされない。

2)たばこの種類
 喫煙用のたばこはその形態(type)により、シガレット(紙巻たばこ)、シガー(葉巻たばこ)、パイプたばこ、および刻みたばこに分けられる。

 これらのうち、シガレットの生産・消費が最も大きい(図・・1-1(略))が、シガレットにはフィルター付きとこれのない両切たばことがある。それぞれ直径と長さの大小、巻き上げの硬軟などに差はあるが、世界各国における消費の大部分はフィルター付きシガレットによって占められている。

 燃焼を伴わないたばこ嗜好では無煙たばこ(smokeless tabacco)が用いられる。これには噛みたばこ(chewing tabacco)と嗅ぎたばこ(snuff;powdered tabacco)の2種類があり、嗅ぎたばこは主として鼻腔に吸い込む細粉状乾燥型およびもっぱら口内用(dipping)の湿潤型と細片状乾燥型とがある。わが国では吸入用嗅ぎたばこが昭和61年から市販され始めた。
   図・・1-1 国内たばこ総販売高および種類別販売高の推移(略)

3)フィルターの種類
 フィルター(F)はその材質によって、アセテートF、パルプF、メンソールF、チャコールF、レイヨンFなどに分けられ、また形態によってプレーンF、加香F、多重F、有孔Fなどに分けられる。フィルターはいずれもたばこ煙中物質の吸着を目的として使用されているが、有孔Fはフィルター・チップの周囲に沿って1列あるいは多数列の小孔がうがたれており、吸煙時にこの孔から空気が流入して煙は希釈される。perfflrated F.、ventilated F.あるいはvented F.などと呼ばれている。

(2)たばこ煙の物理化学的特性と有害成分
 たばこ煙は、喫煙時にたばこ自体を通過して口腔内に達する主流煙と、これの吐き出された部分である呼出煙および点火部から立ち上る副流煙に分けられ、呼出煙と副流煙が大気中で混じったものは余剰煙と呼ばれる。

 たばこ煙はいずれも粒子相と気相から成り、前者は液滴(エアロゾル)の形状をなし、シガレットの主流煙および副流煙の中における大きさは、それぞれ中央粒径は0.52㎛および0.43㎛であり、呼出煙中では気道内での滞留時間の延長とともに粒径が増大する。標準的な1服当たりの滞留時間2〜2.5秒では中央粒径は0.57㎛であり、主流煙、副流煙および呼出煙の粒径分布を示せば図・・1-2(略)のごとくである。
   図・・1-2 副流煙、主流煙および呼出煙中粒子相成分の粒径分布(略)

 シガレット煙の物理化学的分析に際しては、以下のような国際的標準人工喫煙条件が適用され、比較の便が図られている。

吸煙容量=1服について35㎖
吸煙時間=1服について2秒間
吸煙頻度=1分ごとに1回
吸殻の長さ=30㎜(フィルターの有無にかかわらず)。
標準両切シガレット(全長70㎜)ではその1/3の23㎜とする場合もある。
表・・1-6 シガレット煙の粒子相成分に含まれる主要有害物質(新鮮たばこ煙)(略)

 標準人工喫煙条件下の分析による新鮮シガレット主流煙中の主要有害物質として、表・・1-6(略)および表・・1-7(略)のごとき存在が列挙されている。また、シガレット1本当たりの主流煙と副流煙について物理化学的特性、各種発がん性物質収量、および単純(無孔)フィルターと有孔フィルター付きシガレットの銘柄別タール・ニコチン・一酸化炭素収量についての分析結果を、それぞれ表・・1-8(略)、表・・1-9および表1-10(略)に示す。
   表・・1-7 シガレット煙の気相成分に含まれる主要有害物質(新鮮たばこ煙)(略)
   表・・1-8 シガレット主流煙と副流煙の物理化学的特性の比較(略)

 各種有害物質発生量は主流煙中より副流煙中において大であり、有孔フィルターではタール・ニコチン・のみならず主流煙中の一酸化炭素収量も減ずるが、副流煙中ではかえって全有害物質収量が無孔フィルターの場合より増加している。また、主流煙の㏗は6前後で酸性であるのに対し、副流煙は9前後のアルカリ性を呈して粘膜刺激性が著しく高く、いずれも受動的喫煙の生体影響に大きな役割を担う。
   表・・1-9 シガレット煙発がん性物質の主流煙と副流煙中の含有量(1本当たりng)対比(略)

(3)喫煙の生理・薬理
1)たばこ煙中有害物質の吸収、代謝、排泄
 たばこ煙中の諸物質の吸収は口腔、気道、胃、腸管などの粘膜でもおこるが、肺胞内において最大である。実際の喫煙では人工喫煙と異なり、同一人物でも常に同一条件で喫煙するとは限らず、また人によっても条件が違う。深く吸い込む肺喫煙と、ふかすだけの航空喫煙とがあり、両者による煙中物質取り込みは、表・・1-11のように同一物質についても前者のほうが著しいことになる。

 たばこ煙中の重要有害物質のなかで、主たる薬理作用物質であるニコチン、有毒ガスの代表である一酸化炭素(CO)およびシアン化水素(HCN)について、その吸収、代謝、排泄を記せば以下のごとくである。

 主として口腔粘膜および肺胞で吸収されたニコチンは、血液を介してほとんどすべての臓器、組織に分布するが、同じく吸収されたCOは赤血球内のヘモグロビン(Hb)と結合してCO-Hb(あるいはHb-CO)となり血液中に存在し、全身に分布する。
   表・・1-10 カナダ・シガレット15銘柄の副流煙、主流煙および全発生煙について得られたタール、ニコチンおよび一酸化炭素収量:標準人工喫煙条件による(略)
   表・・1-11 紙巻たばこ主流煙成分の肺喫煙時残留率および口腔喫煙時吸収率(略)
   図・・1-3 喫煙およびニコチン注射時における血液中のニコチンおよびコチニンの変化と心拍および血圧の変化(同一被験者について)(略)

 喫煙に伴う血液中のニコチン濃度の経時的変化は図・・1-3(略)に示すごとくである。
   表・・1-12 各種条件下の喫煙者および非喫煙者における血中Co-Hb濃度のレベルおよび能動的喫煙あるいは受動的喫煙の直接的影響(略)

 ニコチンは血液中で速やかに代謝されてコチニンとなり(図・・1-3(略))解毒される。コチニンは一部もとのままのニコチンとともに主に尿中に排泄される。ニコチンの血液中の半減期は30分前後である。

 CO-Hbとして血液中に存在するCOはわずかながら生理的および大気汚染の影響で非喫煙者にも認められ、肺胞から呼気中に排出される。血液中CO-Hbの半減期は約3時間ないし4時間とされている。

 各種条件下の非喫煙者および常習喫煙者の血中CO-Hb濃度の日常水準ならびに能動的あるいは受動的喫煙の直接的影響に関する諸家の研究成績を表・・1-12(略)に示す。

 吸収されたHCNの一部はそのまま肺から排泄されるが、大部分は主として肝臓できわめて迅速に硫シアン酸塩となって解毒され、また一部は活性型ビタミンB12のハイドロオキシコバラミンと結合して、シアノコバラミンとなり解毒される。呼気中、血液中、唾液中、および尿中における各種生化学的指標の非喫煙者ならびに常習喫煙者についての正常値を表・・1-13(略)および表・・1-14(略)に示す。
   表・・1-13 非喫煙者、喫煙者および虚偽申告者についての生化学的検査平均値(略)
   表・・1-14 喫煙者(12人)における血漿ニコチン濃度、血漿コチニン濃度、呼気中CO濃度および1日喫煙本数等の喫煙習慣と測定日の状態(略)

2)喫煙と精神神経機能
 喫煙が生体機能に及ぼす急性効果は、口腔・気道粘膜に与える物理化学的刺激以外はほとんど吸収されたニコチンの全身作用によると考えられ、一般にニコチンは中枢神経系を興奮させ、末梢自律神経系の神経節に作用してその支配臓器に刺激効果を現すが、常習喫煙者では、喫煙は表・・1-15(略)のように、精神神経機能の促進と抑制という二様の効果をもたらす。
   表・・1-15 喫煙によってもたらされる常習喫煙者の行動的および自覚的効果(略)
   図・・1-4 喫煙状態による常習喫煙者と非喫煙者の主α波周波数と平均周波数の比較(略)

 脳波(脳電図)検査を用いた研究結果によれば、図・・1-4(略)のごとく、常習喫煙者にあっては短時間(13〜15時間)の禁煙時に認められる大脳皮質の覚醒レベル低下状態が、喫煙によって通常の喫煙継続時あるいは非喫煙者と同等のレベルまで回復する。

 同様にフリッカー・テストの結果からも、常習喫煙者における喫煙が非喫煙者に比較して大脳皮質覚醒レベルを高める効果のあることが示されており、また、数列表示法による研究から喫煙による大脳の情報処理向上が脳波上に認められる覚醒効果で説明できるとされている。

 一方、常習喫煙者における喫煙が常に精神神経機能の向上をもたらすとは限らないことは、色名呼称法および単語想起法を用いた研究結果が通常量の喫煙によって知的作業能率の低下を示していることからわかっている。さらに、常習喫煙者は非喫煙者に比較して、未知の人の名前を記憶するテストの得点が低いばかりでなく、想起する場合の所要時間が長いと報告されている。

3)喫煙と循環系機能
 喫煙の急性生体影響で最も顕著なものは、吸収されたニコチンによる心臓・血管機能の変化である。一般には、交感神経刺激効果として図・・1-5(略)のように、心拍数増加、血圧上昇、心仕事量増加、末梢血管収縮などの変化が認められる。

 この効果は、喫煙時に吸収されたニコチンと、これによって遊離されたカテコールアミンの血液中濃度とよく対応しており、ニコチンの心臓・血管機能に対する作用機序は表・・1-16(略)のようにまとめられている。このほかに、ニコチン作用としては血管運動中枢刺激、頸動脈および大動脈の化学受容体刺激による反射や、鼻咽頭反射の効果も加わっているものと考えられている。

 喫煙の循環系機能に対する影響の大きさはたばこ煙中のニコチン量と吸煙の量・深さ・頻度、換言すれば吸収されるニコチンの血液中濃度に依存しており、無ニコチンたばこ喫煙の影響は著しく小さい。心筋酸素需要度ないし心収縮仕事量を示すカッツ指数に及ぼす、種々の条件下における能動的および受動的喫煙の影響を表・・1-17(略)に示す。

 喫煙時の末梢血管収縮は特に四肢末端の皮膚で顕著に現れ、通常量のシガレット喫煙により感受性の高い常習喫煙者では5℃以上もの指先皮膚温度下降をみることがある。手指および足指への血流量は45〜50%の減少、手への血流量は16〜27%の減少が喫煙によって生じ、手指動脈血流速度は42%の減少をきたしたと報告されている。
   図・・1-5 シガレット喫煙の心臓血管系機能に及ぼす影響(健康青年男子常習喫煙者6人の平均)(略)

 上腕皮膚の微小循環系血管の生体顕微鏡的観察結果は、喫煙量に応じて毛細血管血流の途絶を含む血行阻害の生ずることを示しており、喫煙による皮膚末梢血管収縮にはカテコールアミン遊離を介する効果のほかに、バゾプレッシン遊離を介する効果のあることが示唆されている。
   表・・1-16 ニコチンの心臓・血管系機能に対する作用(略)

 特異的な局所循環に及ぼす喫煙の影響としては、冠状動脈の血管抵抗が減じて血流量の増加することが調べられているが、心電図上にST下降あるいはQ-T√R-R増加が認められ、軽度の心筋虚血および心筋代償不全などが喫煙によって引き起こされ得ることが指摘されている。また、脳血管拡張および肺末梢血管収縮が喫煙によって生ずることが報告されているが、脳血管拡張が生体にとって有益な喫煙の効果であるとする考えのある反面、生理的に無意味であるとする研究者も存在する。

 妊娠末期(34週以降)の女性における喫煙時には、本人の心臓・血管機能変化に加えて胎児にも心拍数増加が生ずるのと同時に、子宮血管の収縮と子宮胎盤間の血液潅流量減少が起こると考えられている。

4)喫煙と呼吸器系機能
 通常量のシガレット喫煙時においては、肺活量、1回換気量、呼吸頻度、分時換気量などには認むべき変化は認められず、一般に肺容量測定法では急性影響を検出することができないとされている。しかし、本法によって得られた成績を詳細に分析してシガレット1本の喫煙でも、気道閉塞の生じ得ることが確かめられた。
   表・・1-17 種々の喫煙条件下における紙巻たばこ肺喫煙、ニコチン・トローチ適用および受動的喫煙のKatz指数に及ぼす影響(%変化分)(略)

 体プレチスモグラフィーの応用により、気道抵抗上昇および気道コンダクタンス下降が見出され、喫煙によって気道痙攣の発生することが示唆されており、また、動肺コンプライアンスの周波数依存性増大と呼吸抵抗上昇が認められ、抹消および中心気道の両方に機能障害の生ずることが推測されている。

5)喫煙と消化器系機能
 消化器系機能に対する喫煙の影響は循環器系の場合と異なり、特に感受性の高い常習喫煙者にあっては副交感神経系刺激効果として現れるとされるが、空腹時の喫煙は胃・食道括約筋部の圧低下をもたらし、胸焼けの自覚症状を常時有する常習喫煙者ではこの場合に、胃内容の逆流による食道内㏗の低下とともに胸焼けの訴えを増すと報告されている。

 ニコチンのコリン作動性調節機構遮断作用によると考えられているが、作用機序は確立していない。

 空腹時のやや過量(1時間に4本)のシガレット喫煙は一過性の胃酸分泌増加とこれに続く軽度の分泌減少をきたすが、血液中ガストリン濃度上昇と膵臓からの膵液および重炭酸塩分泌の抑制が血中ニコチン濃度変化と対応して生じ、十二指腸の㏗低下をまねくことが調べられている。

 空腹時の喫煙はシガレット1本でも幽門括約筋部の圧を低下させ、食後の喫煙は胃運動亢進とともに食事中水分のみの十二指腸への移行速度を高めることが報告されている。

 喫煙による胃および膵機能の変化は十二指腸潰瘍の形成と治癒遅延に関連を有すると考えられているが、喫煙時に吸収されたニコチンの作用機序については不明な点が多い。シガレット吸煙およびニコチン注射が実験動物で胃粘膜微小循環系血管収縮をきたして胃潰瘍の治癒を遅延させ、シガレット喫煙が非常集喫煙者および常習喫煙者のいずれにおいても胃粘膜血液量の著減をもたらすので、吸収されたニコチンの微小循環系血管収縮作用による血行阻害が胃粘膜の防御機能低下をきたし、胃潰瘍の発生と治癒遅延に関与すると考えられている。

(4)喫煙の中毒学
 初心者の喫煙時、あるいは非常集喫煙者が短時間内に過量の喫煙をした場合には、いわゆる急性たばこ中毒あるいは急性ニコチン中毒に陥ることがある。常習喫煙者でも自己の常用量を著しく超過する大量の喫煙をした際も同様で、急性ニコチン中毒の症状として、脱力感、発汗、呼吸困難、流涎、悪心、嘔吐、便意頻数(下痢を伴うこともある)などがあげられ、しばしば頭痛、不安感、振戦、尿意頻数、顔面蒼白、視力減退、散瞳と縮瞳の交替なども認められる。

 このような主観的および客観的症状のほかに、自覚の有無にかかわらず、心拍数増加、血圧上昇、分時拍出量増加、1回拍出量増加、心収縮速度上昇、心筋収縮力増高、冠血流量増加、心筋酸素消費量増加、不整脈発生、心電図上の変化などの、顕著な心臓・血管系機能変化がカテコールアミン遊離を介して生ずるが、禁煙療法に応用される意図的な過量喫煙、すなわち急速喫煙(rapid smoking)時における諸指標の変化は表・・1-18(略)のごとくである。
   表・・1-18 生理的諸指標変化の安全範囲と通常喫煙および急速喫煙後変化値の範囲の比較(略)

 標準的急速喫煙の様式は、所定シガレットを6秒間隔で耐えられる限り反復喫煙を続け、5分間の休息の後に再びこれを繰り返し、もはや1服の喫煙もできなくなるまでシガレットを吸い続けることで1日の加療を終了するものであり、急性ニコチン中毒の危険がしばしば表明されている。

 その生理的指標に現れる効果(表・・1-18(略))は臨床的に問題とならぬ範囲にあり、心臓・血管系あるいは呼吸器系に異常を有しない限り危険はないとする研究者も少なくないが、急速喫煙のシガレット3本喫煙終了時に、血中のCO-Hb濃度上昇分が11.7%ないし22.2%(被験者6人)にも及び、その上昇程度と並行して、ふらつき、悪心、めまい、脱力感、頭痛、嘔吐などの急性ニコチン中毒症状の数が増えることが見出され、CO-Hb濃度上昇に伴う脳および心筋の酸素供給障害に起因する危険が指摘されている。
   図・・1-6 シガレット通常喫煙時(30秒間隔、11服:ロングピース2本)に観察された過剰な心血管反応例(略)

 短期間でも禁煙実施直後は、健康青年男子常習喫煙者における通常シガレット喫煙(1〜2本)で血漿中ニコチン濃度がわずか12ng/m・までの上昇にすぎないにもかかわらず、図・・1-6(略)に示されているような血圧および心拍数のショック・レベルまでの低下を伴う、激しい心臓・血管系機能変化と、多様な急性ニコチン中毒症状を呈した例が記載されている。

 ニコチンの経口致死量は60・前後とされるが、非喫煙者では4・でも重篤な症状が現れるともいわれ、また、血中CO-Hb濃度上昇に対する急性生体反応は表・・1-19(略)に示されているようなものであるが、慢性肺疾患患者でシガーの常習喫煙者にあって血中CO-Hb濃度が38%にも達していた例が報告されている。
   表・・1-19 血中CO-Hbレベル上昇に対する急性の生体反応(略)

 

第2章 喫煙とがん〔要約〕

 これまでに行われた多くの研究から喫煙、特に紙巻たばこの喫煙は肺がん、口腔がん、喉頭がん、食道がんなどの重要な危険因子となっていることが明らかにされた。喫煙者ではこれらのがんのほか、胃がん、膵臓がん、腎臓がん、膀胱がんなどのリスクも非喫煙者に比べて高くなっていることも明らかにされている。また、女性では子宮頚がんのリスクも喫煙者で高くなっているが、喫煙と子宮頚がんの因果関係は明らかではない。

 肺がんについては紙巻たばこの喫煙量と死亡リスクの間に量−反応関係がみられるほか、たばこ煙を深く吸い込まない喫煙者やフィルター付きのたばこ、低タール・低ニコチンたばこの喫煙者では発がんリスクが低くなること、禁煙者では禁煙後の年数が長くなるにつれ、死亡リスクが低下することなども観察されている。葉巻、パイプたばこの喫煙者では紙巻たばこの喫煙者に比べて肺がんの危険性が低いが、口腔がん、喉頭がん、食道がんに対しては紙巻たばこの喫煙者とほぼ同じ発がんリスクを示している。

 たばこ煙の発がん性については多くの動物実験が行われている。古くは、たばこのヤニを用いた実験も行われたが、近年にいたりたばこタール、たばこ煙濃縮物質、たばこ煙に含まれている特定の発がん物質を用いた実験、たばこ煙と既知の発がん物質や促進因子を併用した実験が多く行われている。実験方法としては、たばこタールやたばこ煙に含まれている発がん物質を皮膚に塗布、皮下注射、気管支塗布、気管内噴霧、気管支内注入したりする方法が多く用いられている。人間の喫煙に類似した条件でのたばこ煙の吸入実験は比較的少ないが、米国のHammond、Auerbachらはビーグル犬に気管切開して2年半にわたりフィルターなしの紙巻たばこを強制喫煙させて扇平上皮がんが発生したと報告している。

 たばこ煙の粒子相とガス相にはbenzo(a)pyreneなどの芳香族炭化水素系発がん物質やnitroso-dimethylamineなどの揮発性ニトロンアミン類、N'-nitroso-nornicotineなどのたばこ特異的ニトロンアミン類など多種類の発がん物質や発がん促進物質が含まれている。

 喫煙による発がん機序の研究等、今後とも研究を推進する必要があるが、喫煙とがん、特に肺がん、喉頭がん、口腔がんなどのがんとの因果関係はほぼ確立してきているとみられる。日本人のがんについては喫煙の寄与率は約20%と推計され、特に男の肺がん、喉頭がん、口腔がんなどに対する喫煙の寄与率は大きく、現在の成人男性の喫煙率(約65%)が約30%に低下すると、これらのがんの約35〜50%の予防が可能になると推計されている。