7/5号「火中の栗を拾う覚悟だった」
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長・山下俊一氏に聞く



 「現地の災害対策拠点が崩壊して、最初の1週間、ほとんど何も情報がなかった。福島県は、原発安全神話の中で生きていたので、何かあった時にはまず国に聞く。しかし、国に聞いてもタイムラグがあったり、別のところから情報が出てきたりして、現場は混乱の極み。そうした中で、誰も火中の栗を拾おうとはしなかった。結局、誰も動かなかったから、私が福島に行った。最初から非難を受けることは覚悟していた」

 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長の山下俊一氏に、去る6月14日、インタビューをしました(『「福島は心配ない」と言える理由はある』などを参照)。山下氏は3月半ばから、福島県放射線健康リスク管理アドバイザー、さらには福島県民健康管理調査検討委員会委員長として、福島第一原発事故に伴う放射線被曝の健康影響に関する啓発活動や県民の健康管理などに従事しています。

 「非難を受けることは覚悟していた」のは、そもそも東京電力や政府の出す情報が遅れ、不確かなものが多い上に、「低線量、長期間の被曝」による健康影響についてはエビデンスが乏しいため。こうした状況下で、放射線の専門家でない福島県民に健康への影響を説明するのは容易なことではありません。

  「最初は、クライシス・コミュニケーション、その後は、リスク・コミュニケーションに変わった」と山下氏。事故直後は、心理的にもパニック状態になりがちで、とにかく「安心」させることが先決だったそうです。確かな情報が乏しい中、「100mSvを超えないという自信がないと、“心配は要らない”とは言えなかった」と語る山下氏。その根拠の一つとなったのが山下氏のスタッフの個人線量計のデータ。3月15日から福島市などで活動したスタッフの場合、個人線量計による測定では、1日3〜4μSv、1週間で20μSv、当時の空間線量から予測した年間積算線量とは10倍以上のギャップがありました。

 4月に入ってからは「リスク・コミュニケーション」に移行しましたが、その方法には反省点も。福島の講演会では、会場で様々なビラが配られることがあるそうです。またインターネットやテレビ、新聞、雑誌などでは、放射線の健康影響に関する専門家の異なる意見が流れていますが、「正しいことを言えば、通じる、分かってくれる、と考えていた。しかし、実際には叩かれる。それをブロックしたり、ウソの情報、間違った情報をつぶすという考えは頭になかった」(山下氏)。

 最終的には、日常臨床と同様に、医療者が一対一で説明していく大切さを山下氏は説きます。「医師会の先生方がフロントラインで、診療の合間に、『放射線は心配ない』と言ってあげれば、地域は安定化します。医療は本来、一対一の関係で成り立つものであり、今回の問題もそれが基本だと思うのです」。

 来る7月15日、長崎・ヒバクシャ医療国際協力会(ナシム)主催の、放射線に関する正しい知識の普及を目的とした医療者向けのシンポジウムが東京で開催されます。山下氏とともに、福島県で活動する、長崎大学大学院教授の高村昇氏(『福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとして』を参照)、長崎大学病院准教授の大津留晶氏らが参加します(詳細はこちら)。



【長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長・山下俊一氏に聞く】
Vol.1◆「福島は心配ない」と言える理由はある
水素爆発直後でも個人線量は1週間で約20μSv


Vol.2◆多様な発がんリスクをどう捉えるか
政府の情報開示のあり方には問題あり


Vol.3◆最初から火中の栗を拾う覚悟だった
“情報災害”に遭う福島県民を救うのが目的



2011.07.05 提供:m3.com