危険と安全を見極めよう 福島の子どもたちのために
松本義久・東工大准教授 識者評論「放射線影響」
放射線はどの線量まで安全か、どこからが危険か。3月11日以降、何度となくこう聞かれ、私は次のように答えてきた。「これまでに100ミリシーベルト以下の被ばくでは、人体への影響が確認されたことはありません」
放射線の影響は大きく2種類に分けられる。
一つは、白血球の減少、不妊などのように、ある一定以上の放射線量を被ばくした場合にのみ現れる影響である。「確定的影響」という。確定的影響は100ミリシーベルト以下ではまず起こらない。
もう一つは、どんなに少量の放射線被ばくでも起こりうる、また、被ばく線量が増せば発生頻度が増加すると考えられている影響である。これが「確率的影響」で、がんと遺伝的影響が該当する。放射線発がんには「安全」と「危険」とを画する「しきい値」がない。
実際にどんなに少量の放射線でもがんは増えるのか。広島・長崎の原爆被爆者の調査結果を見ると、100〜200ミリシーベルト以上では確かに放射線量とともにがんが増加している。しかし、それ以下の線量では、がんの増加は統計学的に確認できない。これらのことから、放射線発がんにも「しきい値」が存在すると考える研究者も少なくない。
しかし、実際にはがんが増えていても、統計的なばらつきと、体質、環境、生活習慣などの個人差などに隠れて見えないという可能性も否定できない。そこで、国際放射線防護委員会(ICRP)などでは、慎重な立場をとって、がんにはしきい値がなく、発症する確率は線量に比例して増加するとしている。これを「直線しきい値なし(LNT)モデル」という。
もう一つのポイントは「どれだけの時間で被ばくするか」である。放射線量が同じであっても、原爆のように一瞬で被ばくした場合に比べ、長期にわたって被ばくした場合では、影響が小さくなる。放射線によって生じたDNAの損傷の修復など、生体防御の仕組みが働くためである。
野球の試合で打たれたヒットの数が同じでも、散発より集中打の方が失点が多いことに似ている。ICRPなどでは瞬時の被ばくの影響は長期被ばくの2倍としている。
「100ミリシーベルト当たり、がんの確率が0・5%増加する」という解説をよく耳にするが、これは原爆被爆者らのデータを基に、LNTモデルを適用し、長期被ばくの影響は瞬時被ばくの半分として推算した結果である。現時点においてリスクをほぼ最大限に見積もったもので、「100ミリシーベルト当たり0・5%のがんの確率増加以上の悪影響は起こらない」と言った方が、より真実に近いだろう。
文部科学省は先日、福島県内各地における空間放射線量実測値に基づく1年間の積算線量の推計値を発表した。警戒区域や計画的避難区域の一部を除けば、最高で20ミリシーベルト程度である。この線量では発がんリスクはあったとしても極めて小さい。
20ミリシーベルト程度なら、生活上の留意や健康診断などによって、放射線の発がんリスクをゼロに近づけるか、あるいはマイナスにできる。十分に逆転可能なリスクである。
福島県では子どもへの健康影響が懸念されている。これを防ぐには、除染による線量低減に加え、個人の被ばく線量把握とそれに基づく健康状態のフォローアップ、精神面のケアが必要である。
避難や疎開などによる心身面の影響も無視できない。放射線の危険を正しく伝え、過剰に恐れることによる影響を防ぐことも、私たち放射線専門家の責務と考えている。
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まつもと・よし・ひさ
70年佐賀県生まれ。
東京大大学院理学系研究科博士課程修了。
理学博士。
放射線生物学が専門。同大学院医学系研究科助手を経て06年より現職。