ハーバード大学のチーム調査 米国医師会雑誌に詳細を発表 血圧がやや高めであることや血液の循環が多少悪かろうが、命を落としたり、生活自体に影響を及ぼすことは少ない。しかし、脳梗塞、心筋梗塞になって命を脅かす。 日本大医学部助教授で駿河台日大病院の循環器科の久代登志男医師は高血圧や動脈硬化の患者たちを診ている。 「生活習慣の改善で、これらのリスクを減らすことが大事です。しかし、挫折するような無理な生活習慣の指導をしても意味はありません」と久代医師は、ままならない“人の常”を語る。 万歩計で1日8000歩、塩分は控えめ、コレステロールが多いものは食べるな、禁煙…。自然にこれらを実行できれば、それにこしたことはない。しかし、毎日栄養の計算で混乱、義務化した苦痛の運動、ストレス解消の手段であったタバコを止めることでストレスが倍加するなど、健康法が逆効果になる場合がある。 「ごく自然にできること。たとえば運動なら歩数にこだわらず、ひと駅歩くとか、野菜を努めて食べるとか、自分でまずできることから始めることが重要です。」(久代医師) そんな中、アメリカで野菜や果物で“脳梗塞を3割予防できる”という画期的な発表があった。 この医学論文は、アメリカ医師会雑誌(JAMA)の昨年6月号に掲載され、内容はハーバード大学公衆衛生学教室の研究班の調査で、対象者も10万人、最大14年間にわたる大規模な疫学調査だ。 久代医師は、この研究に興味を持ち研究班のメンバーと意見交換を行い、患者の生活指導に役立てている。 久代医師は「フルーツや野菜と脳卒中や脳梗塞との関連を検討した研究はいくつかありますが、これほど大規模で長期間にわたるものはありません。しかも検査数値の上下を調べたのではなく、病気の発症したか否かという調査ですから、予防に多いに活用できるしょう」と、研究意義を強調する。 調査対象者は、女性看護婦で7万5596人、男性は病院などに勤務する医療職に従事する男性3万8683人の計10万人を超える。調査機関は女性が1980〜94年の14年間、男性が86年から8年間だ。 質問表は2年ごとに送り、フルーツと野菜の摂取量と頻度を記入してもらっている。 グレープフルーツ、オレンジ、イチゴ、スイカ、バナナ、メロンなどフルーツ15種類。野菜も28種類にのぼるおおよその摂取量を記載している。もちろん、喫煙の有無や、飲酒、家族の病歴など調査して病気と生活習慣病との因果関係を調べ、予防に役立てようとするのが研究の目的だ。さらに調査対象者の詳細な健康診断記録、病気の発症状況と照らし合わせ、生活習慣との関係を検討している。 「グレープフルーツなら半分、オレンジ1個、スイカなら1切れ、ジュースならグラス1杯を1単位。ホウレンソウなどの野菜は100gを1単位として計算しています」(久代医師) グレープフルーツに注目 その結果、フルーツと野菜の摂取量によって、脳梗塞の発症頻度が違うことが判明したのだ。 ●フルーツと野菜を毎日5単位以上摂っている人は2.5〜2.9単位しか摂らない人より脳梗塞の発症が27%少なかった。さらに多めの9単位以上摂っている人は31%に減少。
●フルーツと野菜が1単位増えるごとに脳梗塞の発症が6%減少、特にフルーツ摂取量が多いほど脳梗塞の発症率は低下して、1単位増えるごとに11%減少している。 さらにグレープフルーツやオレンジなど、アメリカで一般的に摂取量が多い柑橘類やジュースについて分類して調査している。 ●柑橘類のジュースを1単位(グラス1杯)増えるごとに脳梗塞が19%減少していた。その減少する影響は女性の方が影響は大きく25%、男性が10%だった。 ●柑橘類のジュースを毎日1単位ずつ飲んでいる人は、全く飲まない人より35%少なかった。 フルーツの中でも特に柑橘類や、柑橘類のジュースがいいようだ。 一方、野菜類では、ブロッコリー、カリフラワーなどとホウレンソウ、レタス、キャベツ、豆類、ポテトなどの摂取量を調べている。 ●ブロッコリー、カリフラワーなどアブラナ科の野菜を毎日1単位以上食べている人は、ほとんど摂らない人より、脳梗塞の発症が29%減少していた。 ●緑黄野菜を毎日1.5単位以上摂っている人は、ほとんど摂らない人より脳梗塞が24%少なかった。 《毎日フルーツと野菜を5単位以上摂る、特に柑橘類のジュースを1杯増やす、緑黄野菜、ブロッコリー、カリフラワーを食卓に増やす》ことが、これらの症状を予防することにつながるというわけだ。 これらの調査研究データに関して久代医師は「アメリカのデータがそのまま日本にも当てはまるかどうかはまだ不明ですが、柑橘類をジュースとして1日1杯、グレープフルーツを1個増やすことはそれほど困難なことではないはずです。それによって脳梗塞が2、3割以上予防できればすばらしいことです。老人性痴呆の半数は多発性の脳梗塞が原因として起こっています。これによって痴呆症も減少する可能性があります」と語る。 日本でも柑橘類が注目 論文では、なぜフルーツ類や野菜を増やせば脳梗塞が減っているかを《ビタミンCやEを始めとした抗酸化物質が影響しているのでは》と推察しているが、因果関係の解明については今後の課題だ。 日本の資料をひもとくと、ガン予防の疫学研究の第一人者の故・平山雄氏の調査データも、果実・野菜の摂取量と病気の関係の顕著なデータは存在している。その中で果実・野菜の摂取量が多いほどガン死亡率が減っていることと同時に、くも膜下出血、心臓病、動脈瘤などの死亡率が減っていることが指摘されている。 今年の春に開かれてた日本薬学会は、柑橘類の抗ガン効果が取り沙汰されている。2年前にも農水省果樹試験場と京都府立医大のグループが、世界の柑橘類の100種類以上を検索している。その中でもウンシュウミカンに特に多く含まれるベータ・クリプトキサンチンという成分が、皮膚ガンの発生を抑制することを発表している。 ただ柑橘類、特にグレープフルーツと高血圧の薬との相性にも触れておこう。 高血圧の薬は、その成分やメカニズムによってカルシウム拮抗剤、ベータ・ブロッカー、ACE阻害剤の3種類に分類される。その中でもカルシウム拮抗剤(商品名:アダラートやベルジピンなど、狭心症の治療薬でもある)を飲んだ前後にグレープフルーツを食べたり、そのジュースを飲むと、薬が効きすぎて低血圧になってしまう危険性があるのだ。 久代医師は、「自分の飲んでいる薬が、どんな種類かをチェックする必要もあります。カルシウム拮抗剤の中でもグレープフルーツを摂取して吸収率が上がらない種類もあり、薬の種類を変えてでも、日常の食卓にグレープフルーツを取り入れた方が脳梗塞の予防に役立つはずです」と、今回アメリカで発表されたデータの価値を強調する。 そして最後に「この調査は、フルーツや野菜を摂取して病気が治る――ということではありません。また食べすぎても問題があります。地道に日常の食事を改善していく参考にしていくことが必要です」と念を押す。 “確たる証拠”に基づいた予防医学データを、とにかく挫折しがちな生活習慣の改善に利用するのも一考かも。 (2000.6. 自然と健康) |