食事に欠かせぬ唾液 


食事に欠かせぬ唾液=山根源之 口福学入門/4

口福学入門:/4 食事に欠かせぬ唾液=山根源之

 「つばを吐き捨てる」「つばをつける」など唾液についての言葉はいずれも良いイメージはありません。一方、「口角泡を飛ばす」や「生つばをのむ」などの表現は、人間の動作や感情を強調しています。このように唾液は私たちにとって身近なものなのに、十分に評価されていません。

 水道が断水したり、チョロチョロとしか出てこないと、直ちに生活を直撃し、長引けば社会全体の衛生状態が悪化して伝染病がまん延します。唾液はほとんどが水分で口の中にわき出る泉のようなもの。1日に約1500ミリリットル出て、本来はきれいで無味無臭です。しかし、口の中の状況次第では多くの微生物を含んだ危険な汚水になります。

 唾液は口腔(こうくう)粘膜の表面を洗い流し、食べ物に水分を加え咀嚼(そしゃく)と嚥下(えんげ)がしやすい状態にします。また、水に溶けなければ味センサーである味蕾(みらい)は食べ物の味を認識できず、おいしい食事には十分な量の唾液が必要です。クッキーやゆで卵の黄身は唾液を急激に吸収するので、目を白黒させた経験をお持ちではないでしょうか。

 皆さんの生活で唾液が気になるのは、分泌量が減少したり、減少していなくても口の中に乾燥感がある時でしょう。

口腔乾燥を主な症状とし、病態が明確なシェーグレン症候群は有名ですが、実際には口腔乾燥を訴える人のごく一部です。緊張した時や、脱水状態の時の口腔乾燥は水分補給で解決します。

多くの人は病因も治療法もはっきりしないまま口の乾燥感に悩んでいるのが実情です。この中には精神的ストレスから発症する口腔心身症もあり、診断と治療に苦慮します。

 高齢者はいろいろな薬を飲んでいるため、口腔乾燥が起こりやすい状況です。がん化学療法を受けている人の副作用の口腔乾燥も深刻です。しかし、外観上の変化がないため周囲の理解を得られず、精神的苦痛が増幅します。口腔乾燥には、粘膜湿潤剤の応用や粘膜炎への予防的対応が進んでいます。

 最近は、唾液から身体の情報を知る研究が進み、実用化も目前です。血液検査は採血が必要ですが、唾液は痛みもなく採取できるので期待されています。

(やまね・げんゆき=東京歯科大名誉教授)


2011年8月1日 提供:毎日新聞社