昭和大学歯学部口腔衛生学教室教授
向井 美惠さん
東京医科歯科大学歯学部助手を経て、昭和大学歯学部教授に就任。2007年より内閣府食育推進会議専門委員、2008年より昭和大学口腔ケアセンター長を兼任。著書に『幼児の食生活?その基本と実践』(日本小児医事出版)など。
今年の4月、第二次食育推進基本計画がスタートしました。その中の11ある目標の中の1つが「よく噛んで味わって食べるなどの食べ方に関心のある国民の割合の増加」です。このような意識が、健やかで豊かな生活につながるという考え方です。
具体的にすすめているのは、五感で味わう食べ方。嗅覚、味覚、視覚、触覚、聴覚が適度なバランスで満たされると、おいしく味わって食べられます。まずは料理の盛り付けなどで視覚を満たします。
次に、よく噛んで食べ物を舌の上で何度も移動させ、存分に味覚を楽しみます。このとき咀嚼(そしゃく)された食物の一部は、すでに喉の奥、食道付近まで流れています。舌で感じる食物の固さ、柔らかさ、飲み込んだときの感触、すべてが触覚です。
これらを十分に感じるために、一口で30回噛む「噛ミング30(カミングサンマル)」が推奨されています。
嗅覚は鼻から感じる香りだけでなく、「戻り香」を楽しむこともポイント。前述の通り、食物は咀嚼している途中で一部が喉まで流れていますが、そこから気道を通じて鼻に香ります。これが戻り香です。味わいと戻り香を一緒に感じ、私たちは風味として認識しています。
最後は聴覚です。これは食物の咀嚼音を楽しむもの。空気を伝わる音ではなく、骨を伝わってくる骨伝導音なので、通常は本人にしか聞こえません。このように食物は、五感で味わうことで、体だけでなく、心にも満足を与える栄養となるのです。
飲み込むとき、危険な食物を知る
食べ方は、安全に食べるという面でも重要です。近年食物を喉に詰まらせ、窒息する事故が増えています。平成18年には4407人が亡くなり、8割以上が65歳以上の高齢者でした。年齢とともに飲み込む力が落ちるため、食べるときには注意が必要です。
たとえばお餅を詰まらせる事故が多いのですが、データによるとお餅は口の中に入れたときより、噛んで飲み込むときのほうが倍以上固くなることが分かっています。
また、ほうれん草などの葉もの野菜も、固さや大きさ、粘着度がわかりづらく、実は危険な食物です。事故を防止するために、このような食物の危険性を学ぶことが大切です。食べるときは、丸飲みせず、前歯でかみ切ること。これで食品の特性が解りますし、一口の量を加減できます。そしてやはり、しっかり噛むことです。しっかり噛むためには口の健康が重要です。
口は健康の入口、命の入口です。歯周病を予防し、歯が上下よく噛める状態にする。五感をいつも感じられるように口の健康を保ち、食を楽しむことで、生活のクオリティを向上していきましょう。