「受かるかな?私、ほんとに受かるかな?」。受験シーズンまっただ中、不安でいっぱいの受験生も多いことでしょう。でも、実は、不安はちょっとした訓練で打ち消すことができるというのです。若き日のイチローのメンタル指導をした聖泉大学(滋賀県彦根市)の豊田一成教授が、入試で最高のパフォーマンスを発揮するための、メンタルメソッドを指南してくれました。
豊田式 メンタルトレーナー
@腹式呼吸
A内言
Bイメージング
「○○大、絶対合格するぞー!」
「△△高校行きたい! 受験に勝ちたい!」
きたるべき”決戦の日”へ、そう気合を入れている受験生のみなさん、毎日の勉強
お疲れさまです。でも、いますぐその握り拳をゆるめてください。私が教えたイチロー選手もサッカー元日本代表の中村俊輔選手も、試合前に「やるぞー!」なんて気合は入れませんよ。
どうしてって?
そんな気合は、実は不安の裏返しなのです。あなたの心に「だめなんじゃないか」という「恐れ=プレッシャー」がある証拠です。
では、何をすれば、入試で自分の力を発揮できるのか?
みなさんは勉強第一で時間がないはず。だから、無理なくできる、ごく簡単なメンタルトレーニングを提案します。その「実践」に入る前に、ちょっとだけ私の授業におつきあいください。
■不安は願望では消えない
プレッシャーとはつまり、「情緒の乱れ」です。そしてそれは決して、理性や根性論では払拭できません。
心理学でよく使われる「努力逆転の法則」という言葉をご存じでしょうか。
「○○したい」「○○しちゃいけない」と思えば思うほど、逆に不安が増幅し、イライラして、逆の結果になってしまうのです。
必要なのは「○○したい」ではなく、「○○できる」という心を持つことです。
これも心理学で使われますが、「シェブレルの振り子」という実験をやってみましょう。
30センチほどの糸に5円玉を通し、額の位置から手でつるして、机から3センチほどの高さで静止させます。そして、心を落ち着けて「左右に揺れる、左右に揺れる」と心で念じてみてください。
少しずつ、5円玉は左右に振れ始めます。最初は動きがぶれますが、それは半信半疑の状態だからで、冷静に念じられるようになると、必ずそのとおりに動くのです。
これは超能力ではなく、実は自分の指先が無意識にそう動いている。つまり、人間の行動は心とつながっていて、心で思い込んだ方向に必ず動くのです。
もう一つ、メンタルに大事な「脳波」の話です。
脳波には大きく分けて、集中力が高まったときに発生する「α波」と、イライラや不安なときに発生する「β波」があります。
私が指導した高校時代のイチロー選手は、やせ形のもやしっ子という印象で、あんな大選手に育つとは正直思いませんでした。
しかし、ただ一つ、他の選手と違ったのは、彼は試合になると「α波」が極めて高い数値をはじき出すのです。いざというとき、最高のパフォーマンスを発揮できる「心の技術」というものが、自然と身についていたのですね。
私がこれから紹介するのは、イチロー選手らも学んだ、自然に心を前向きにする「三つの訓練」です。
■腹式呼吸〈呼吸を安定させα波を強くする〉
人は不安に陥ると、気づかないうちに呼吸が乱れ、息を吸うことにアクセントが置かれてしまいます。アスリートのみならず、そんな状態では何をやってもうまくいきません。腹式呼吸はα波を強くし、β派を抑えることができます。地味に見えますが、すべての基礎だと思ってください。
場所や時間はどこでも構いません。電車での移動時、勉強の休憩時でもいい。足
を肩幅に開き、両手をだらりと下げて、息を鼻からゆっくり吸って止め、吸った時間の3-4倍の時間をかけて吐き出します。吐くときは、おなかと背中がくっつくくらいのイメージで大きく吐き出しましょう。このリズム運動が、脳の中を望ましい状態にするのです。
目安は5分ですが、何度か繰り返せば、十分に心は落ち着きます。
■内言(ないげん)〈心のささやきで迷いが消える〉
「内言」とは私の造語で、不安を打ち消し、プラス思考を植え付ける”自己暗示”のようなものです。2種類の内言を紹介しましょう。
@あてにしないささやき断定的でシンプル、前向きな言葉を、心の中でつぶやいてください。
例えば「やる」「する」「さわやか」「OK」などなど。
そのとき大切なのは、聞こえるか聞こえないかわからない声でささやくことです。隣の部屋のテレビの音が漏れ聞こえてくるイメージですね。強くつぶやいてはダメです。かすかなささやきが、脳への無意識の語りかけとなるのです。
A10割の内言
「合格する」「○○大に行く」と、きっぱりと心でつぶやきます。強い意識や集中力は必要ありません。また、長い言葉や「○○したい」「絶対」などの言葉は避けてください。不安の入る余地のない、シンプルな言葉こそが大切なのです。無理せず、リラックスしてつぶやくことで、心のやる気が満ちてきます。
目安は1日3分、@でも
Aでもあなたの好きなほう
を実践してみてください。
教え子のサッカー元日本代表の小野伸二選手に、ある脳波の実験をしてもらったことがあります。小野選手に、とことんイヤな記憶を思い出してもらった後、「あてにしないささやき」を始めさせました。彼が選んだ言葉は「とってもさわやか」でした。
すると、β波が徐々に減っていき、リラックスした心理状態になりました。
ちなみに小野君は10代のころは感情の振れ幅が非常に大きい選手でした。でも、
トレーニングによって、現在では強いメンタルを持つ選手に成長しています。
■イメージング〈もう一人の自分を描く〉
イメージとは画像のことですが、自分がうまくいく画像が鮮明になればなるほど、脳は「できる」と勘違いしてくれるのです。この勘違いを利用するのです。
なるべく最近のことで、「俺は格好いい」「私っていい!」と感じたときの光景を思い浮かべてみましょう。決して大きな話じゃなくていい。部活でもゲームでも日常の行動でいいのです。自分に思い当たる話がなければ、周りの人や憧れの人が活躍しているシーンを、イメージしてください。
それでも浮かばなければ、こんなイメージを繰り返してみましょう。
あなたは第1志望の大学の合格発表を見に行くために歩いて向かっています。
徐々に、緊張が増してきました。
キャンパスに入り、目の前に人だかりに囲まれた掲示板が現れました。あなたは、人だかりに入り、自分の受験番号を探していきます。若い番号から、徐々に自分の番号が近づいてきます。
「あったー!」
何度も番号を見て確かめます。ガッツポーズを作ったあなたに、在学生が胴上げに駆け寄ってきました・・・・・・。
お風呂の中、寝る前、時間や場所は問いません。イメージは簡単にはできないものなので、無理に鮮明にしようとしなくてもいいですから、ぼんやりと思い浮かべてください。一次元が二次元、三次元といったふうに、少しずつ画像がくっきりしていくはずです。一つひとつのシーンも、想像しやすいように自分流にアレンジしてみてください。「腹式呼吸」「内言」「イメージング」の三つが、私の提案するトレーニングです。
■目標をずっと先に置く
ここでもう一つ、「受験に勝つぞ」という気合のようなものが、なぜだめなのか説明しておきましょう。
入試が3月1日にあるとします。あなたはそこを最大目標にがんばっているのでしょうが、実は心はそうはいかない。ゴール目前になると、「これで終わりだ」と心の奥底で気がゆるみ、疲れが一気に出てしまうのです。本番直前に体調を崩す人などは、その典型例と言えるでしょう。
ならば、どうすればいいか?目標をもっと先に置けばいいのです。
受験直前で実践が難しいかもしれませんが、イチロー選手がなぜ、毎年結果を出し続けられるのか。彼の最大の「心の技術」を説明したいと思います。
彼には目標の定め方の違いがあるのです。
私は高校時代のイチロー選手にこんな質問をぶつけたことがあります。
「将来、どんな選手になりたいんだ?」
彼はこう答えました。
「プロに入るだけじゃつまらないから、『あいつみたいになりたい』って言われる選手になりたい」
高校生イチローの目標は、でっかく、遠くにあって、そして具体的ではない。
核心はそこにあるのです。目先の成績目標ではなく、はるか先に熟達目標を設定しているからこそ、イチローにとって甲子園や、プロでの1軍昇格は「通過点」になり、途中で息切れしないのです。そして、明確ではないからこそ、一つひとつの失敗で「なんでだめだったんだ」と、自分を苦しめることがない。目標に、がんじがらめにならなくてすむのです。
彼が200本安打を続けてこられたのも、彼の目標が200本安打にはないからです。すべては過程で、視線ははるか先にあります。「それはイチローだけでしょ」
と、みなさん言うかもしれませんが、違いますよ。
09年に丸山貴雄というスキー選手の指導を引き受けました。優秀な選手ですが、全日本技術選手権では、最高で3位止まりでした。
彼の目標は、「初優勝」でした。私は、それを別の目標に変更させました。
「5年連続で優勝してみなさい」
「5年は・・・・・・無理です」
「じゃあ3年は?」
「わかりました」
彼は、そのシーズンの全日本選手権で見事、初優勝しました。そして私へのお礼のメールには、こう書かれていました。
〈率直な気持ちは、達成感があまりありません。昨年までは優勝したくてしょうがなかったのですが、いざ勝ってみると達成感がないのです〉
初優勝が、3連覇への通過点となった証拠です。目標をはるか先に置くことで、目の前の目標への重圧がなくなり、好結果を生む。熟達目標の効果は、イチローだけではないのです。
受験生のみなさんは、「世界を股にかける商社マンとして活躍する」
「誰からも好かれる人気の女子アナになる」
でもいいし、そうした夢がなければ、
「彼氏をつくってラブラブの学生生活を送る!」
「東京で楽しいキャンパスライフを送る!」
でいいのです。
ぼんやりした目標を、遠くに描いたとき、入試は単なる通過点になるのです。最後に、親御さんや先生方に。
「がんばってね」という言葉は必要ありません。「大丈夫なのか?」「負けないでね」なんて、論外です。
がんばっている人間にそんなことを言うと、「がんばってんだよ!」といらだってしまうし、不安をつつくだけなんです。
仰々しく当日に、トンカツなどの特別な食事を用意することもいけません。本人が求めてもいないのに、家族で見送る必要もありません。それは本人への無言の重圧なのです。あくまで普段どおり、送り出してあげましょう。
受験生のみなさん、もう一度、念押ししますね。メンタルトレーニングは、あくまで無理のない範囲で、できることだけを実践してください。
「やらなきゃ」なんて思う必要はありません。だって、あなたはたくさんがんばってきたんですから。
構成 本誌・国府田英之
「そんな不安は消してしまおう」
1浪の受験生(19)に豊田式「必勝アドバイス」
@試験が近づくと、落ちたときのことばかりが頭に浮かび、憂欝になってしまいます。
豊田 「考えちゃだめ」と焦るから、余計に考えてしまうのです。まずは腹式呼吸をして、心を落ち着けましょう。その次に、「私はすばらしい」と内言してみてください。毎日続けていると、少しずつ、いい精神状態になっていきます。
A「やるぞ」と気持ちばかりが焦って、頭がパニックになってしまいます。
豊田 必要なところだけに力が入っている状態をリラックスといいます。では、昔の楽しかったときの光景を、繰り返しイメージしてください。楽しいときは、リラックスした状態にあります。しばらく続けていると、イメージが鮮明になってきて、心が落ち着いてきます。次に、余裕があれば、内言で「さわやか」とささやいてみましょう。雑念のβ波が徐々に沈んでいくでしょう。
B試験のときに1問目でつまずくと、パニックになり、焦ってしまいます。
豊田 頭だって、いきなりトップギアにはできません。得意なところから解くことで、心のアイドリングができるのに、「1問目からやらねば」と勝手に思い込んでしまっているのです。まずは落ち着いて、できる問題を探す癖をつけましょう。内言で、「できるところからやる」と繰り返してください。「やるぞ」「やろう」ではなく、「やる」という言葉が重要です。自己暗示によって、落ち着いて問題用紙に向かうことができます。
C周囲から強い人間だと思われていて、親や友達に不安を打ち明けられず、自分
にイライラしてしまいます。
豊田 強がりは損です。誰かと不安を共有したいものです。まず、ぼんやりとでいいので、もう一人の自分をイメージしてみてください。そしてその自分に「あなたはすばらしいよ」と語りかけさせてみてください。もう一人の自分は、だんだんと鮮明になり、いろいろないい言葉をかけてくれるようになります。自分と、不安を共有することで、心の落ち着きを取り戻せるでしょう。