見城 高脂血症があると動脈硬化が進み、脳卒中などの重大な病気の原因になると聞いています。きょうは、その脳卒中のお話を伺いたいのですが、青森では脳卒中で倒れることを「あたる」と言うんです。
篠原 卒中というのは古くから使われてきた言葉で、8世紀ごろの書物にも見ることができます。「卒」は卒倒、「中」は中毒という言葉からも類推できるように、脳卒中は脳の病気で突然、何かにあたったように倒れることを意味しています。「あたる」という表現もここから出ています。一般には脳卒中と言われていますが、脳血管障害が正式な呼び名です。
見城 日本人の死亡原因を見ると、脳卒中はがん、心臓病に次いで第3位ですね。
篠原 確かに統計上は3位ですが、がんの場合は胃や食道、大腸、肺、子宮、前立腺、血液などいろいろな臓器のがんによる死亡者を合わせた数字です。心臓病も心筋梗塞(こうそく)で死亡する方は半分程度で、実際の死因はあらゆる病気の終末像である心不全が多いんです。これに対して脳卒中は脳だけの病気で、日本では死亡率が心筋梗塞の2倍、発症率は3−5倍にも上る。つまり脳卒中は、1つの臓器の致死的な病気として日本人には今でも最も怖いものと言えます。
見城 決して過去の病気ではないですね。
篠原 それどころか脳卒中は、今でも日本人にとってナンバーワンの国民病、最大の敵です。昔に比べて死亡者数が減ったため、克服された病気というイメージを持っている方もいますが、それは全くの誤解です。
見城 脳卒中とコレステロールの関係についてはいかがでしょう。
篠原 脳卒中は、脳の動脈が詰まり血液が流れなくなる脳梗塞と、脳の動脈が破れる脳出血、くも膜下出血に大別できます。脳出血はかつて高血圧の人に非常に多かったのですが、血圧のコントロールがうまくいくようになり、発症も死亡も減っています。今、一番多いのは脳梗塞で、脳卒中全体の70%以上を占めます。脳梗塞はアテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞に分類できますが、少なくとも前の2つの発症には高脂血症が関与すると考えられています。
見城 どんな仕組みで起こるのでしょうか。
篠原 動脈硬化が進行すると動脈の内腔(くう)が徐々に狭くなると同時に、その部分に血栓ができやすくなります。これが脳の太い動脈で起こり、ついには動脈が閉塞したり、一部の血栓がはがれて先に行って詰まり、血液の流れが止まるのがアテローム血栓性脳梗塞です。また心原性脳塞栓症は心臓の中にできた血栓がはがれて、血流にのって脳に流れ、脳の動脈を詰まらせてしまうものです。
見城 悪玉のLDLコレステロールが増えることが原因ですね。
篠原 脳梗塞の場合はそれだけが原因とは言えませんが、善玉HDLコレステロールが少なくなり、LDLコレステロールが増えすぎることがよくないのは当然です。ただ、脳梗塞には高血圧もそれと同等以上に関与しています。高血圧は動脈を傷つけて動脈硬化を起こしたり、進行しやすくします。そこに高脂血症や糖尿病などが重なることで、より脳梗塞の発症リスクが高まるのです。このことは、多くの大規模な試験の結果から明らかになっています。
見城 脳出血が減って脳梗塞が増えてきたのは、生活習慣病の変化と関係がありますか。
篠原 その説明が1番わかりやすいと思います。特に食事ですね。欧米型の食事が主流になったことで日本人の動物性たんぱくや脂肪の摂取量が大幅に増え、エネルギー摂取過多の人も増加しました。その結果、高脂血症、糖尿病などにかかる人が増えています。これらの生活習慣病が動脈硬化を進行させ、脳梗塞の発症の原因の1つになっているわけです。
見城 脳卒中ではどのような症状が見られるのでしょうか。
篠原 これは病型によって違います。脳出血は脳の細い動脈が破れて出血するもので、突然起こって意識不明に陥ったり、けいれんしたり、半身が麻痺(まひ)したりします。また、くも膜下出血は脳の動脈にできた動脈瘤(りゅう)が破裂し、くも膜と軟膜の間のくも膜下腔に出血する病気でやはりいきなり発症します。金づちでたたかれたような、激しい頭痛を伴うのが特徴です。
見城 文字通り卒中なのですね。
篠原 そうです。脳梗塞も多くの場合、突然起こり、ろれつが回らなくなったり、手足が動かなくなります。ただ、こうした本格的な症状が起こる前に、時には軽い脳梗塞に似た前触れ症状が見られることもあります。一過性脳虚血発作(TIA)と呼ばれるもので、数秒とか数分間、舌がもつれたり、左右どちらかの顔や手足に軽い麻痺やしびれが出たり、ものが二重に見えたりします。
見城 TIAはどのくらいの人に起こりますか。
篠原 脳梗塞で倒れた人の4人に1人が経験していると言われていました。しかし最近、私が見ている限りではそれほど多くはないようですね。TIAは数秒から数分で完全に治ってしまうために軽視されがちですが、脳梗塞の危険がすぐそこまで迫っていることを知らせる重要なサインです。症状が消えたからといって安心せず、専門医がいる医療機関で検査を受け、大きな脳梗塞を未然に防ぐ治療を早く開始する必要があります。
見城 脳梗塞が疑われる場合、どんな検査が行われるでしょう。
篠原 CT(コンピュータ断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴画像装置)などで脳梗塞かどうかや、そのタイプを調べます。最近は診断装置が高性能化し、脳梗塞の種類を迅速に細かく鑑別できるようになっています。
見城 家族が脳卒中で突然倒れた場合の対処法はいかがでしょう。
篠原 どんなに軽い症状でもすぐに救急車を呼び、専門の医療機関に運ぶことです。脳に血流障害が起こると脳細胞に血液が供給されなくなるため、壊(え)死になる部分が出始め、時間が経つほど脳の受けるダメージは大きくなります。一命を取り留めても、ダメージの大きさはそのまま後遺症につながります。1分でも早く治療して、病変の広がりを食い止められれば、後遺症を最小限に抑えることが可能です。
見城 動かしてはいけないと聞いたのですが。
篠原 昔は脳卒中が起こったら絶対安静にして、家でそのまま寝かせておく方がいいと考えられていたこともありました。しかしこれは間違いです。できれば1時間以内、遅くても3時間以内には専門医がいる医療機関に送ってください。3時間を境に治療もどんどん難しくなります。
見城 いきなり起こるだけに予防が大切ですが、日常生活ではどのような注意が必要ですか。
篠原 統計上、脳卒中を起こしやすいのは「60歳以上」「男性」「脳卒中を起こした家族がいる」人です。先ほど言ったように動脈硬化が基盤になりますから、高血圧や高脂血症、糖尿病、喫煙、多量の飲酒なども危険因子で、こうした危険因子を多く持つ人ほど脳卒中を起こしやすくなります。年齢や性、家族歴は治療できませんが、それ以外の危険因子を少しでも無くすような努力が必要です。
見城 例えば高脂血症がある場合は、食事や運動でLDLコレステロールを減らすわけですね。
篠原 糖尿病や肥満もLDLコレステロールを増やすので、それらの管理も欠かせません。また食事療法や運動で十分にLDLコレステロールが減らない場合に、それと並行して薬を服用します。最もよく使われているのはスタチン系と呼ばれる薬剤です。スタチンは多くの大規模試験でコレステロール、特にLDLコレステロールを減らし脳梗塞を起こりにくくすることが確かめられています。動脈壁の内腔側の表面を覆う内皮細胞を保護したり、血液を流れやすくしたり、実験では脳梗塞の病巣を小さくする作用もあるので、それらが相まって脳梗塞の予防に寄与しているのだと考えられます。
見城 何か希望がわいてきますね。
篠原 ただ臨床的な試験のほとんどは欧米で行われたもので、対象になった患者さんは主に心筋梗塞を起こした経験がある人たちでした。しかも薬の服用量が日本で許可されているよりかなり多い。ですから、この結果がそのまま日本人にあたはまるかどうか確たる証拠はないわけですが、似たようなことは言えると思います。
見城 脳卒中のもう1つのタイプである脳出血は、コレステロール減らすと起こりやすいという話も聞きます。
篠原 全くの誤解です。確かに、脳出血はコレステロール少ない人に多いというデータがあります。このため、コレステロールを減らすと脳出血になるのではないかと心配する人がいますが、その証拠は得られていません。
見城 コレステロールを減らしたからといって、脳出血が起こりやすくなるわけではないのですね。
篠原 そうです。増えすぎたコレステロールを減らすことと、もともとコレステロールが少ないこととは別の問題です。
見城 高血圧や高脂血症の薬は、一度飲み始めたら一生飲み続けなければいけないのでしょうか。
篠原 そんなことはありません。薬ばかりでなく、日常生活を十分自己管理することで血圧やコレステロール値が正常に戻り、薬を減らしたり中止できた患者さんもいます。しかし自己診断で勝手にやめてしまうとまた元に戻って、それまでの努力が水の泡になってしまします。主治医とよく相談されることが大切です。
見城 脳卒中でもう1つ心配なのは後遺症です。何とか一命を取り留めても、寝たきりになるのではないかとか、麻痺が残るのではないかなどと、不安を抱いている人も多いと思いますが。
篠原 昔は脳卒中になると、3分の1が亡くなり、3分の1が寝たきりになり、3分の1が後遺症を残しながらもある程度は治るという状況でした。しかし現在では、脳梗塞の発作だけで亡くなる方は1割ぐらいで、半数ぐらいはほとんど後遺症なしに退院できるようになっています。脳卒中を起こさないことが一番ですが、もし発症しても専門医の適切な治療を受ければ半数の人はよくなる。この点をしっかり認識してほしいですね。
見城 再発の可能性はどうでしょうか。
篠原 脳卒中、特に脳梗塞が怖いのは、一度治っても再発しやすいことです。最初の1年間に再発する率は5−10%で、これは10−20人の患者さんのうち1人が再発することを意味しています。現在、脳梗塞で入院する患者さんの3分の1は再発した方とも言われています。再発を繰り返していると後遺症が次第に重くなり、寝たきりや痴呆(ちほう)に移行する割合も高くなります。
見城 再発を予防するにはどうすればいいのでしょう。
篠原 脳卒中の発症予防と同じで、高血圧、高脂血症、糖尿病など危険因子の除去や軽減が欠かせません。喫煙、多量の飲酒を慎み、過度のストレスを避けることも必要です。再び脳の動脈が詰まるのを防ぐため、高脂血症や高血圧の治療のほかに、血を固まりにくくするアスピリンなどの抗血小板薬も服用します。しかし薬物療法だけでは、なかなか再発を防げません。やはり他の生活習慣病の治療を含めたライフスタイルの改善が重要です。せっかく助かった命、助かった脳ですから、再発しないように細心の注意を払ってほしいですね。
見城 生活習慣の改善が大切だとは分かっていても「言うは易し、行うは難し」というところがあります。
篠原 しかし脳梗塞の再発予防だけでなく発症予防のためにも、それを実行することが大事です。動脈硬化は年をとるだけでも進行するので、若いころと同じような生活を続けていれば、それだけでリスクが高まります。血圧、コレステロール値、血糖値などが高ければなおさらです。最近、臓器移植や人工臓器の研究が進み、移植医療が進みつつありますが、脳だけは今のところ代用品はありません。人間にとって最も大切な臓器ですから、もっともっと大事にして、いたわってやってほしいと思いますね。
見城 おっしゃる通りですね。ありがとうございました。
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