中年期以降、脳への刺激カギ

「面白い」「ワクワク」大切

どうも考え方がワンパターン化し、物事に柔軟に対応できない――40、50代の中年期にさしかかると、体と同様に「心の老化」を自覚することがある。心の柔軟性を保つにはどうすればいいか。東京都老人総合研究所の研究員・矢冨直美氏にアドバイスしてもらった。

「お母さんってどうしてそんな硬直的な考えかたしかできないの」。40代の主婦のAさんは、高校生の娘の悩み相談に乗っているときに、そう指摘された。言われてみて、最近自分の心に老化現象が起きていることが気になり始めた。

心の「老化」「柔軟性の低下」とは、何なのか。矢冨氏の見方はこうだ。

人間は行動を起こす時、1.目標を持つ 2.実現するための方法を考える 3.実行する 4.うまく行っているか監視する 5.うまく行ってなければ方法を修正する――といった意識を働かせる。これをうまく機能させるには「思考力」「発想力」の柔軟性が求められる。

この柔軟性は一般に中年期がピーク。だが、人によっては、この時期に急速に低下することがある。これが心の老化現象だ。大きな影響を与えるのが、大脳の前頭葉だ。

目下、各国で脳の画像診断装置による研究と並行して進んでいるのが、どんな行動をとる人が心の柔軟性を保っているかの研究だ。

例えば、カナダ・ビクトリア大学のデービッド・ハルチ教授の研究によると、次の28項目の生活行動は、前頭葉を刺激しプラス効果をもたらす。

1.囲碁 2.将棋 3.麻雀(マージャン) 4.なぞなぞ 5.カードゲーム 6.その他のゲーム 7.ギャンブル 8.新聞の購読 9.趣味的な読書 10.仕事に関する読書 11.作文 12.手紙執筆・書類作成 13.外国語学習 14.教養テレビ番組の視聴 15.教養ラジオ番組の聴取 16.講義への参加 17.通信教育受講 18.大学などへの通学 19.電卓の使用 20.パソコンの使用 21.家計簿の記入 22.役所の手続き 23.資産運用 24.計算 25.仕事の研修 26.人前での話 27.国内旅行 28.海外旅行

前頭葉の機能低下を自覚するためのテストもある。1つは乱数テスト。1ケタの数字を不規則に書き並べる。100個書いて、隣の数字との差が「±1」と「±2」になるところが60を超えるようなら、要注意。頭脳が硬直化していると、差が1や2の数字を多く書きやすいのだ。

もう1つが米国カリフォルニア州のエイメン・クリニック院長で、精神科医のダニエル・エイメン氏が作成したテスト。著書の「愛と憂鬱(ゆううつ)の生まれる場所」(広岡結子訳、はまの出版)にも別表のようなチェック項目が載っている。

前頭葉の機能低下に気づいたら、どうすればいいか。「心の柔軟性を保つためには、昔、かじったことのある囲碁を再開するなど興味のあることに挑戦してみる。面白くてワクワクすることが大切」と矢冨氏。

現代人は大脳の言語脳(左脳)をよく使い、感覚脳(右脳)をあまり使わない。音楽や絵画など芸術に親しんだりして右脳を刺激。バランスをとることも、心の老化防止につながるともいわれる。

江戸時代の俳人で画家でもある与謝野蕪村。60歳を過ぎてからも、みずみずしく、詩情あふれる作品を残した。

妹が垣根さみせん草の花咲きぬ

恋する人の家の垣根に、かれんなナズナの白い花が咲いている。64歳の時の句である。
満67歳で亡くなる時の辞世の句は――。

白梅に明る夜ばかりとなりにけり

白梅に毎夜が明ける美しい世界はすぐそこに来ている。死を目前にこれだけ美しい句が詠めたのは、蕪村が体は老いても、柔軟な心を持ち続けられたからにほかならない。
蕪村は、大脳の前頭葉が若々しく、左脳と右脳のバランスもうまく取れていたに違いない。

(編集委員 足立則夫)



心の柔軟性チェックリスト
次の項目に該当する点数を書き込みましょう

全くない=0、めったにない=1、時々ある=2、よくある=3、非常によくある=4

・細部にまで注意することが苦手で、ケアレスミスを避けることができない
・日常的な作業に関心を持続させるのが苦手
・人の話を聞くのが苦手
・物事を最後まできちんとやり遂げることができない
・時間あるいは空間をきちんと管理できない 
・気が散りやすい
・計画性が乏しい 
・明確な目標や、積極的な思考の欠落
・感情をうまく表現できない
・人への共感がうめく表現できない
・過度の空想 
・退屈をかんじやすい
・無気力、あるいは動機づけの不足
・不活発 
・空虚感、あるいは「もやもやした」感じ
・落ち着きがない、あるいはじっと座っているのが苦手
・じっと座っていなくてはならない状況で、座っているのが苦手
・争いの種を探している 
・ひどくおしゃべり、あるいは無口  
・質問が終わらないうちに、出し抜けに答えを言う 
・自分の番を待っていられない       
・人の話を中断させる、あるいは割り込む  
・衝動性(先に考えないで話す、あるいは行動する
・経験から学ぶのが苦手で、同じ失敗を繰り返す傾向がある

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(注)3点または4点の項目が5つ以上ある場合は、要注意
(米カリフォルニア州エイメン・クリニックのダニエル・エイメン院長作成)
 
(2003.3.1日本経済新聞)