がんはだれもがかかりたくないと考える病気だ。高齢者では壮年期と比較してがんになりにくいとか、高齢者のがんはゆっくり進行し、治りやすいと考えられている。実際のところどうなのだろうか。
東京都老人総合研究所の田久保海誉部長が7千人以上の病理検査データ(平均年齢81歳)を集計したところ、51%の人ががんを持っていた。性別では男性が56%で、女性よりも有病率が高かった。
この中には、本人が知らないだけで実は小さながんや前立腺がんなどのようながんが見つかる人も多かった。そのような人はがんではなく動脈硬化と関係の深い疾患などで亡くなっていることが分かったという。
さらに、超高齢者の病理統計を集計すると、がん保有率は90歳以上では43%、100歳以上では37%。がんの発生には年齢的なピークがあり、90歳以上になるとかえって少なくなる傾向が明らかになった。
厚生労働省の発表の年代別死因統計でも高齢になるにつれてがんによる死亡率は下がる。75−79歳では脳血管障害と心筋こうそくを加えた率とほぼ等しく、80−84歳では3つの死因はほぼ同じ。85歳以上になるとがんは脳血管障害や心筋こうそくより低率になる。
胃がんでは組織のタイプに大きな特徴が見られた。早期がんの中でも粘膜に存在する粘膜内がんは、高分化がんと呼ばれるがんであれば内視鏡により切除するだけで済む。85歳以上の早期がん患者の97%がこれだった。
一方、40歳未満の若年者では高分化がんは10%に過ぎず、残りは粘膜内がんでも手術が必要な低分化がんだ。
乳がんはどうだろうか。乳がんと診断されたことのない高齢女性(平均年齢83歳)1千人の乳腺の詳細な顕微鏡検査の結果、6.3%の人に小さな乳がんが見つかるという。
組織のタイプを詳しく検討すると、85歳以上の乳がんは、ほとんど転移しない予後良好な粘液がんが16%。これらは閉経前女性では数%以下の発生頻度だ。乳がんは、多くの高齢女性が抱えながらもその悪性度が低いことから、知らず知らずの間にがんと共存していると考えられる。
がんは臓器により組織タイプや予後がまちまちで、一概には言えないものの、田久保部長は現実には約半数の高齢者ががんとうまく付き合っている実態が明らかになりつつあるとみている。幸いなことに高齢者のがんは、悪性度が低く、生命を脅かすことが少ないタイプがある。ただその理由の科学的解明はこれからだ。(東京都老人総合研究所 研究部長 白澤 卓二)
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