がん治療、人工知能「ワトソン」が後押し
ゲノム・文献探り「最適」判断


いよいよロボットドクターが活躍する時代になりそう。
ロボットが診断し、治療法を決定し、手術から投薬までおこなう。
ロボット病院はもうすぐだ。
AI(人工知能)恐ろし。SF小説だけの世界でない。


がん治療、人工知能「ワトソン」が後押し ゲノム・文献探り「最適」判断

 遺伝情報と膨大な医学文献をもとに、がん患者一人ひとりに最適な治療法を人工知能で瞬時に見つけ出すプロジェクトに米IBMが乗り出す。ヒトの全遺伝情報(ゲノム)が簡単に読み取れるようになり、個々人の病気の進行や治療薬の効果を予測できるようになってきた。最新の科学的根拠を最大限生かせるよう、医師の判断を支援する。

 活用する人工知能は、2011年に米国の人気テレビ番組で人間のクイズ王2人を破った「ワトソン」。プロジェクトではまず、IBMと提携する米ニューヨークの医療機関「ニューヨークゲノムセンター」が、入院患者からがんと正常な細胞を採取してゲノムを読み取る。これをクラウドコンピューターに組み込んだワトソンに入力する。

 ワトソンは2300万本もの公開論文の要約を集めたネット上のデータベース「メドライン」、遺伝子変異や医薬品などのデータベースを検索。「機械学習」と呼ばれる人工知能の手法などを使い、特定の病気に関連の深い遺伝子やたんぱく質を関連づけ、治療法の手がかりを探す。

 細胞内では、無数のたんぱく質が信号をやりとりしている。この複雑なネットワークと患者のゲノム情報とを照合。がん細胞の自殺を促す信号の経路を活発にさせたり、がん細胞に栄養を供給する血管を増殖させる経路を遮断したりするなどの治療戦略を立てる。必要な薬をリストアップし、薬が効くしくみや認可状況も示す。

 責任者の同社ワトソン研究所計算生物学センターのディレクター、アジェイ・ロユル氏によると、最新の医学知識に基づく「精密な医療」を実現するのが目標。「これまでは治療法の選択に1カ月かかっていたが、がんはその間にも進行する。『月』から『日』単位に短縮したい」と話す。

 発案者で日本IBMの小山尚彦さんは「判断の根拠となる文献が明示されるので説得力があり、患者への説明にも役立つ」と話す。

 半年以内に臨床研究を始めるべく、医師が使い方の研修を受けている。対象は脳腫瘍(しゅよう)の一種で進行が早い「神経膠芽腫(こうがしゅ)」。現在の標準的な治療が効かない患者に順次実施するという。

 IBMは今年1月、人工知能の活用を重点化する経営方針を発表。2千人規模の「ワトソングループ」を社内に設置し、10億ドルを投じて研究開発を進める。その大きな柱が医療応用だ。ゲノムの読み取り技術が進むにつれて積み上がる遺伝情報を活用し、医療ビジネスにつなげる狙いだ。

■個別化医療に貢献

 文献や遺伝子情報など、医学の「ビッグデータ」を活用する試みは増えつつある。米国に本拠を置く学術情報サービス会社トムソン・ロイターは、遺伝子変異と病気や治療効果などとの関連をとりまとめて製薬企業や研究機関に提供している。

 同社ライフサイエンス事業部の新保秀永ディレクターによると、医学文献のほか、遺伝子変異の公開情報などをコンピューターで検索、博士号を持つスタッフによる論文の精査も加えて提供している。「今後、健康診断の情報や電子カルテと組み合わせれば、個別化医療、予防医療に役立つだろう」と話す。

 医学のビッグデータ活用に詳しい北海道大情報科学研究科の田中譲特任教授は「素人でも最適な治療法を見つけ出せる日がいずれ来るのではないか。医療現場で、自分や家族の治療計画を主体的に選び取るのに必要な技術だ」と指摘する。(ニューヨーク=嘉幡久敬)

◆キーワード

 <人工知能「ワトソン」> 1997年に人間のチェスのチャンピオンを破ったIBMのコンピューター「ディープブルー」の後を継ぐ形で開発された。クイズの設問に対し、「自然言語処理」という手法を使って日本語や英語といった言葉を処理、データベースを検索して正解を探し出す。今回は、クイズ王になった当時から計算速度が大幅に向上し、医療応用に合うよう最適化したという。

提供:朝日新聞 2014年7月3日(木)

2014年7月10日更新