医師生命すら失わせる感染症


医師生命すら失わせる感染症

東京医科歯科大学2014年研修医セミナー第3週
「『免疫不全』という患者背景を実診療に活かして考える」−Vol.4

HIVやステロイド投与中の患者が発熱のみで救急外来に来院。
緊急入院か、もしくは経過観察で一晩様子を見るべきか。
絶対に見逃してはならないポイントは。
国立国際医療研究センターエイズ治療研究開発センターの渡辺恒二氏が解説する。
まとめ:酒井夏子(m3.com編集部)

■ 感染症を想起したアプローチ

渡辺 では次に、細胞性免疫不全の人たちには、どのようなアプローチをしたらいいのか考えていきましょう。

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 HIVやステロイド投与中の患者さんが、発熱はあるものの全身状態良好、臓器障害もなさそうなケースは緊急入院が必要でしょうか。もしくは、少し心配があるので、膠原病科の主治医やHIV専門医が来るまで1泊入院みたいな形で、翌日まで病院で経過観察をさせておくべきでしょうか。

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 まず、細胞性免疫不全者にどのような感染症が起こりやすいのか、表のように「典型的(左)」と「例外(右)」に分けてみました。この表に挙げてある全ての感染症が細胞性免疫不全を患者背景とした患者さんで起こりやすいわけですが、結核、それから播種性MAC症(非結核性抗酸菌症)、サイトメガロウイルス感染、ヘルペス髄膜炎、カポジ肉腫、帯状疱疹、PML(進行性多巣性白質脳症)、トキソプラズマ脳炎は、細胞性免疫不全を背景因子として持つ患者さんに起こりやすい感染症としては、典型的な発症機序で症状を来してくるパターンです。逆に、例外のパターンとしては、カリニ肺炎やクリプトコッカス髄膜炎、クリプトスポリジウム腸炎、サルモネラ菌血症、口腔カンジタ症などがあります。どういう違いで「典型的」と「例外」に分けているのか、想像してみてください。

 この違いは、潜伏感染 ⇔ reactivation(再活性)で症状を来してくる感染症かどうかです。「典型的」に入る「ヘルペス」は分かりやすいですね。医学的な場面でなくとも、「僕(私)疲れたらヘルペスができるんだよね」と言いますね。ヘルペスウイルスは、1度感染を起こすと健常人であっても体内から排除されることなく、ずっと体内に潜伏(不顕性)感染しており症状が出ない。細胞性免疫が下がってくる(例えば疲れていると)症状が出てくる(reactivation = 再活性化により顕性感染を起こす)、こういう発症機序をとる病原体です。表で、典型的なパターンに入っている感染症のうち、サイトメガロウイルス感染(HHV-5)とヘルペス髄膜炎(HHV-1, 2)、カボジ肉腫(HHV-8)、帯状疱疹(HHV-3)は、すべて「ヘルペスウイルス科」に属しています。

 ですから、細胞性免疫不全を背景として持つ患者さんを診るときは、reactivationするような病原体、つまり健常人であってもいわゆる潜伏感染の状態で保持している病原体、による感染症に気をつけて診ていく必要があります。ウイルスの場合であれば、ほとんどがヘルペスウイルス科ですね(注:PMLは、中枢神経に潜伏したJCウイルス=ポリオーマウイルス科によって引き起こされる)。ヘルペスウイルスの他にもう1つ、reactivationで有名な病原体は結核菌(または抗酸菌)があります。以上のように、細胞性免疫不全を背景とする患者さんでは、抗酸菌(結核と非結核性抗酸菌症)やヘルペスのような感染症(潜伏感染 ⇔ reactivation)に気をつけなければいけない。ステロイド投薬中の人やHIVを持っている人に対しては、こうした感染症(体の内側から病気を起こしている病原体による感染症)を想起しながらアプローチすることが大事です。

■ 細胞性免疫不全、「診断を優先」がカギ

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 前述したように、細胞性免疫不全者で続発してくる感染症は、ヘルペスウイルスや結核に注意しなければいけません。特徴を述べると、もともと潜伏感染しているような病原体が起こしてくる感染症ですので、緊急性としては低いことが多いです。もともと持っている病原体が病変を起こしてくるのですから、「いきなり!」ではないんです。発症前から一緒に住んでいた(感染していた)んですから(笑)。一緒に住んでいた病原体がいきなり急変を引き起こすというのは、通常ないですね。

 逆に診断的アプローチは非常に難しいのが特徴です。例えば、症状がないのに検査でPCR陽性(もしくはアンチゲネミア陽性)であるという結果を見たときの解釈が難しいわけです。必ずしも「病原体陽性となった場合に、その病原体による感染症を発症した」と診断してはならないのです。無症状かつPCR(アンチゲネミア)陽性という状態は、診断が非常に困難です。下痢を来した細胞性免疫不全の患者さんの検査をしたら、血液中サイトメガロウイルスアンチゲネミア陽性だった。本当にサイトメガロウイルスが腸炎を起こしたのか、それとも腸炎は別の原因でサイトメガロウイルスは単に再活性化しており、臓器障害は起こしていない状態なのか。つまり、細胞性免疫不全の患者さんに続発する感染症は、診断が非常に困難な場合が多い。もともと持っている病原体による感染症なので、その病原体を証明する(例えばPCR陽性)だけでは診断してはならないことが多い。臨床症状や画像や病理検査を総合的に判断して診断します。教科書には、「組織を採ってきて組織変化を見てからでないと、診断しては駄目だ」と書いてあることが多いです。例えば、サイトメガロウイルスでいえば、「フクロウの眼(owl’s eye)」ですよね。

 また、治療に関して言えば、細胞性免疫不全の患者さんに続発する感染症を引き起こす病原体は、概して「しぶとい」です。健常者でも病原体を排除できず潜伏感染の状態を保つような病原体ですので、症状を発現して発症した場合の治療期間は大変長く、多剤併用が必要だったり、治療薬の副作用も強烈な場合が多くその対応なども必要になるため、治療は大変です。結核をイメージしてもらえば分かるのではないでしょうか。治療が長く困難ということは、事前にしっかりと診断しておくことが非常に重要となります。診断がつく前に「疑いがあるから、なんとなく治療しようかな」ぐらいの気持ちで治療を開始することは止めた方が良いです。ですから、液性免疫不全の項で述べてきたような「緊急の可能性があるから、診断よりも先に治療をしてしまおう」という対応とは全くの逆のアプローチが必要となってきます。

 日本語では、同じ「免疫不全」という言葉で表現されてしまうかもしれませんが、「白血球減少や液性免疫不全のようなカテゴリー(左側)」と、「細胞性免疫不全のようなカテゴリー(右側)」では対応が全く違うのだということを覚えてください。「診断よりも治療を優先させるの」が液性免疫不全で、細胞性免疫不全では「治療よりも診断を優先させたい」と思いながら診療していかなければならないのです。両者を同じ免疫不全と考えてしまうと、どうしていいのかわからなくなりますね。診察室でのアプローチが、「前に進むのか後ろに戻るのか」というくらい違うので、免疫不全のカテゴリー分けはしっかりと覚えてほしいところです。勿論、免疫不全に臓器移植領域を含めると様々な状況や免疫不全のパターンがあるため、診察する患者さんが本日提示した2つのカテゴリーのいずれにも入らない場合もあります。感染症を専門にするのであれば、今日提示させて頂いたようなシンプルな考え方では不足です。しかし、研修医のレベルで免疫不全宿主へのアプローチを考える上で、焦った方がいいのか(治療を優先させるべきか)、それともちょっと引いた方がいいのか(診断を優先させるべきか)というような目で診ようとすることは大事です。本日提示させて頂いた基本的考え方を基に、研修期間中でご自身の頭の中に自分なりのデータベースを作っていって欲しいですね。少し極論になってしまいましたが、免疫不全はこのようなアプローチになります。

■ 結核のルールアウトを忘れずに

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 追加で、1つ注意しなければいけないポイントを補足します。先ほどの問いに戻りますが、ステロイド投与中の患者さんが来院し、熱は出ているが全身状態良好で経過観察しておくという時に、考えるべきものは何か。「結核」を忘れないで下さい。

 結核は空気感染するので、見落としてしまうと医師生命すら失ってしまう感染症です。例えば、混合病床の経過観察ベッドでこの患者さんを1泊入院させました。どうなるでしょうか?

 実際に僕が研修医のときに聞いた話です。その時期は、ノロウイルス下痢症が流行っている時期でした。ステロイド内服中で発熱・全身状態良好の患者さん、下痢はしていません。内科当直で診療した医師は、(免疫不全患者さんの発熱なので)何だか不安だったために、1泊入院用の4人部屋で経過観察入院を指示しました。発熱の患者さんは、ノロウイルス性胃腸炎で同じく経過観察ベッドを使用していた小児患者3人と同じ部屋で一晩を明かしました。結局、何事もなく1晩を過ごしたのですが、後日、そのステロイド服用中で発熱を来していた患者さんが「肺結核」と診断されました。その晩(1泊入院中)に排菌していたかは分かりません。しかし、保健所は、かなり濃厚な暴露が小児にあったということで、部屋を共有した小児3人に対して、レントゲンのフォローアップやイソニアジドの予防服用を求めました。もちろん、発熱の患者さんと小児患者さんたちは不幸ですけれども、1泊入院させてしまった内科当直の先生の医師生命というのも気になります。

 細胞性免疫不全のカテゴリーに入る患者さんが発熱して来院された場合、もし菌血症のカテゴリーに入らないような時には、必ず結核を除外してから次の行動に移らなければなりません。入院させる場合であれば、「排菌しているか」を確かめることが大事ですので、喀痰の抗酸菌の塗抹を見てからにして下さい。先ほどの事例のように、もし後に結核と診断されてしまった場合でも、「経過観察入院当時は排菌していなかったから感染性は低い状態だった」と言えるように準備しておいて下さい。

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 初級編のまとめです。重症感がなく臓器障害も明らかではない患者さんが発熱のみだが、「免疫不全」。最初に、焦って治療を開始する「免疫不全」がないかをチェックする。次に、少し引いて診ないといけない「免疫不全」をルールアウトしていくということですね。特に細胞性免疫不全(少し引いて診ないといけない免疫不全)の場合には、常に「結核」を念頭に置いておいてください(続く)。

提供:研修最前線 m3 2014年7月7日(月)

2014年7月10日更新