午前の日光浴で体内リズム整う

年をとるにつれ、不眠に悩む人は多い。日中の光の浴び方に一因があるという。明るいと目が覚めるように、光には覚せい作用がある。体のリズムを支配する体内時計に合わせて、太陽光や照明と上手に付き合えば、心地よい眠りを確保することも難しくはない。

新都心、汐留地区に昨春完成した松下電工の東京本社ビル。23階に、時間帯によって室内の明るさが自動的に変化する最新の照明システムを導入した空間がある。

午前9時から11時までは机上の明るさが2500ルクス。晴れた日の北側の窓際にほぼ相当する光の量で、通常のオフィスの環境よりも2.5−5倍ほど明るい。昼休みにかけて照度はいったん750ルクスまで落ちる。午後1時に再び2500ルクスに戻り、午後2時から同3時の間で750ルクスまで暗くし、残業時になると目に支障の出ない程度の500ルクスになる。

光と体内リズムの関係を研究している同社照明R&Dセンター(大阪府門真市)の成果に基づいて明るさを調整している。午前中、かなり明るくすることについて、同センターの野口公喜技師は「日中の覚せい度を高め夜ぐっすり眠れるようにするため。日没後は明る過ぎると生体リズムが乱れ、快眠を妨げる」と説明する。

野口さんは30代の同社社員4人を対象に、ある実験を実施した。最初の3週間は750ルクスという一定の明るさ、次の3週間は汐留の照明システムと同じ条件下で過ごしてもらった。光が網膜を刺激して睡眠に関係するといわれる生理的現象がどのように変化するかを調べた結果、4人中3人で夜間の尿中のメラトニン量が増えた。メラトニンは脳の松果体で作られるホルモンで、夜の分泌量が多いほど眠りが深くなる。

さらに3人のうち2人は1日の体温の変化が大きくなり、眠りに入る前の体温の下がり具合も急になった。いずれも快眠にとっては重要な条件だ。研究成果は10月にウィーンで開かれる国際シンポジウムで発表する。

これまで高齢者に不眠に悩む人が多いのは、加齢とともに生理的メラトニンの分泌量が減ることが大きな要因と考えられてきた。しかし、最近の研究でメラトニンの低減は単なる老化現象ではなく、外出する機会が少なくなり日中に浴びる光の量が大幅に減ることに問題がありそうなことがわかってきた。

秋田大学医学部の三島和夫助教授らの研究グループは、不眠を訴える高齢者に対して約3000ルクスの人工の光を1日数時間、4週間かけて照射したところ、メラトニン分泌量が若年者並に回復、よく眠れるようになったという。「光とうまく付き合えば、年をとっても睡眠を維持する力は十分に保てる」と三島助教授は解説する。

人間は昼間に行動し夜は眠るよう、体内時計が睡眠やホルモン分泌、体温、血圧など様々な生体内の機能を制御している。その周期は24時間よりも数十分ほど長い。毎朝同じ時刻に目覚めるにはこのずれを修正しなければならないが、ここでも明るい光が重要な役目を果たす。

国立精神・神経センター精神生理部の内山真部長は「眠りの準備は朝始まることを覚えておいてほしい」と語る。午前中早い時間帯に最低1時間、紫外線に気をつけながら自然の光を浴びるなど網膜を刺激すると体内時計の針が前に進み、前夜と同じ時間に眠くなるようになる。1日の大半を室内で過ごす場合や定年退職して外出の機会が減った人は朝散歩したり、午前中できる限り日光の入る窓際で過ごしたりすると効果的だ。

逆に就寝前や夜遅くに明るい光の下で過ごすのは避けたい。体内時計の針を後に戻すことになり、眠れなくなるからだ。例えばコンビニエンスストアの明るさは夜でも1000−1500ルクス。買い物で5分、10分立ちよるだけなら問題ないが、雑誌の立ち読みなどで長時間過ごすと体のリズムは乱れる。

また、就寝2,3時間前からは100ルクス以下と室内を暗めにし、本を読む場合などはスタンド照明を活用するのが理想だ。青みがかった蛍光灯よりも、電球色の方が気持ちを落ち着かせる効果があるといわれている。体のリズムのことを考えて、明かりの使い方を工夫してみるとよい。

ひとくちガイド
≪本≫
◆体内時計や睡眠・起床のリズムの整え方を知るなら
『体内時計の上手な使い方』(著者・荒川直樹、日本実業出版社)

≪ホームページ≫
◆生体リズムの維持に役立つ商品群を紹介
松下電工の高齢者福祉施設向け商品情報http://www.mew.co.jp/Ebox/carej
2004.9.19 日本経済新聞