体しなやかに
バランス感覚養う

乱世に活躍した忍者を取り巻く環境や価値観は現代と似ている。頭脳と肉体を酷使する厳しい任務ゆえに、日ごろからストレス解消に気を配り、人一倍、健康に配慮する生活を実践してきた。そんな"健康の達人"、忍者の動きや精神統一法などを取り入れた運動がラジオ体操に代わるものとして人気を呼んでいる。


鈴鹿山脈に抱かれた三重県伊賀市は伊賀流忍者の発症の地。驚いたことに忍者が町中をぞろぞろ歩いている。1日から全市をあげてのイベント「忍者フェスタ」が始まり、市役所の職員や地元の銀行員、観光客らが忍者装束に身をまとっているためだ。

幼稚園や高齢者施設から太鼓や三味線、笛の音がかなでる軽快なメロディーが流れてきた。のぞくと園児やおばあさんたちが音楽にのってユニークな動きをしている。その名は「忍にん体操」。全国の市町村に先駆け「健康づくり条例」を施行した伊賀市(合併前は上野市)が1年半前、忍者のふるさとの地域特性をいかして創作した。

「子供からお年寄りまで楽しめる、ラジオ体操に代わるもの」がキャッチフレーズ。忍者の動きを取り入れ、バランス感覚や足腰の強化、しなやかな体づくりに焦点をあてているのが大きな特徴だ。

忍者は朝は太陽、夜は月のエネルギーを体内に取り込み気を高める。その際、胸の前で両手の指を次々と組み変える。この精神統一法の「九字法」はストレス解消には最適だ。また右手の人さし指と中指を刀にみたてて指で空を切るしぐさの「刀印」を用いて体をひねる動作もある。さらに壁を背に走る忍法「横走り」や「一本橋渡り」の動きも取り入れられている。

同市では「忍にん体操」のCDを作製、全国に向けて発信中だが、地元ではすでにかなり浸透した。草野球やテニスの準備運動として愛好している人も多い。「なにげない所作だが、体をほぐすには最適。日本舞踊をする前に必ずみんなでやります」と市内に住む長家陽子さん。

「運動は意識性と楽しみながらできることが重要。それにはイメージが大切です。ラジオ体操はイメージを持てないまま覚えさせられた。『忍にん体操』はそれに代わる運動のひとつとして期待できる」と日本体操学会会長で筑波大学名誉教授の春山国広さんは語る。

春山さんも「忍にん体操」に先立ち、忍者の動きに着目して「忍術体操」を創作している。映画「007」(黄金銃をもつ男)の音楽に合わせ匍匐(ほふく)歩きやしゃがみよけ、片足とび移りなど忍者の動きをほうふつさせる8つの運動が組み合わされている。

「忍者は城壁をよじ登ったり、天井にはりつくなど映画やマンガでイメージが強いでしょう」と春山さん。楽しんで忍者のまねをしながら体を鍛えるのがねらいだ。

体操は大きく分けるとA(オールラウンドな動き)、B(テニスなど競技のベーシックな動き)、C(コンディショニング用)、W(ウオーミングアップ用)、S(特別な動き)の5種類になる。忍者体操は典型的なAの運動で、バランス感覚や体の柔軟性、筋力強化につながるという。

忍者は平時は農耕生活に従事し、有事には傭兵(ようへい)として戦場に赴いた。一見、超能力にも映る軽やかな身のこなしは日常の鍛錬から生まれたものだ。そしてそれを支える健康には人一倍、注意を払ってきた。

「忍者は究極の健康志向です。こうした体操を通じて忍者の生き方に興味を持ってもらえれば。そのライフスタイルには現代社会で快適な生活を送ることができるヒントが数多く隠されている」と伊賀流忍術復興保存会会長の黒井宏光さんは語っている。
(編集委員 芦田富雄)









忍にん体操三態

●日輪印(深呼吸)

忍者は朝起きると太陽のエネルギーを体内に取り込む。日輪印は九字法のひとつで、左右の親指をつけ、残りの4つの指を開く

●刀印(ねん転)
刀は戦いの武器ではなく、自己の内に宿る邪鬼をはらう神聖な剣だった。手を刀とサヤに見立て十字を切る。腰をひねることで筋力強化につなげる。

●忍者歩き
忍者は音を立てず、すばやく歩くのを身上としていた。細い一本橋を渡り、壁を背に進むイメージでバランス感覚を高める。

2005.4.2 日本経済新聞