ストレス軽減、免疫高める 「笑い」が体にいい影響を与えることが、研究の最前線で次々に検証されている。皮肉なことに、情報技術(IT)革命など社会の変化が激しくなるほど、人間のストレスは高まり、笑う機会が減るといわれる。ある程度意識してでも笑いを作る工夫が現代人には求められている。 「笑い」を治療薬として病気と闘ったことで知られるのは、60年代の米国サタデー・レビュー誌の編集長だったノーマン・カズン氏だ。強直性脊椎(せきつい)炎という難病に50歳で襲われたが、笑い療法により76歳まで生き延びたのである。 「10分間、腹の底から笑うと2時間は痛みなしの眠りにつける。効果 が薄れてきたら、喜劇映画やユーモア本でまた笑う。この種の治療法で彼は驚異的な回復をみせた」。英国のロバート・ホールデン医師は、著書「笑いに勝る良薬なし」(荘司治訳、流通 経済大学出版会)でそう述べる。 日本でも笑いのメカニズムや医学的な効果について研究が進んでいる。関西福祉科大学の志水彰教授は笑いを3つに分類する。 第一が「快の笑い」。楽しい感情になった時に表れる。第二が「社交上の笑い」。あいさつの時などに浮かべ、コミュニケーションの道具になる。「緊張緩和の笑い」が第三で、緊張が緩んだときに漏れる表情だ。いずれも健康にプラス効果 がある。効果のほどは「緊張緩和」「快」「社交上」の順だ。サラリーマンの場合は社交上の笑いが6−7割を占めるという。 笑いのメカニズムはこうだ。まず笑いを引き起こす外界の刺激が、目や耳を通 って脳に入る。例えば「快」の刺激は感情の中枢である辺縁系に入る。辺縁系は、自律神経中枢である視床下部と情報のやり取りをする。笑いはTPO(場所や状況)による使い分けが求められ、大脳新皮質の許可を得て、大笑いしたり、押さえ気味に笑ったりする。 笑いは人間の健康に2つの側面 でプラス効果をもたらすことが、科学的に立証されている。1つが病原菌を退治する免疫力を高める効果 だ。大阪大学医学部精神医学教室では、笑いが、がん細胞を駆逐するNK細胞を活性化することを、最近の実験で明らかにした。 もう1つが、ストレスを軽減する効果だ。ストレスが高まると、交感神経が優位 になり、アドレナリンやコルチゾールなどのホルモン分泌が増え、脳の温度が上昇する。笑うと、副交感神経が優位 になってホルモン分泌が減少、脳の温度が下がることが、志水教授らの実験で立証されている。 体内での効果以外にも、3つのユニークな特色がある。その1が「伝染効果 」。落語のビデオに笑い声を録音しておくと、つられて笑いやすくなる。逆に、組織のトップがいつも苦虫をかみつぶしたような表情をしていると、部下もほとんど笑わなくなる。 その2が「しわの効果」。楽しくもないのに、周りに合わせて愛想笑いばかりしていると、ゆがんだ表情になる。眼輪筋、大頬骨筋など顔の表情筋は、心から笑う時には左右対称に動くが、心を押し殺した笑いだと非対称に動く。繰り返しているとしわも非対称になり、顔がゆがんでみえるというのだ。「顔面 フィードバック」がその3だ。愛想笑いでなく、ほほ笑みの表情を意図的に作ると、なぜか気分も楽しくなる。顔の筋肉の動きが脳へフィードバックされ、それに応じた脳のプログラムが呼び出され、楽しい感情がわいてくる。 「やっぱり、ひとりが楽でいい!?」(講談社)などの著書があるエッセイストの岸本葉子さん(39)は証言する。「家に1人でいる時は無表情になりがちなので、意識的に口角を上げてほほ笑む。自然に気分が明るくなります」 (編集委員 足立則夫)
(2000.9.16日本経済新聞) |