温泉を治療やリハビリテーションに使う医療が広がっている。薬の効果を促進したり自然治癒力を高めるとされ、効能の医学的な研究が進む。日本は3千を超す温泉地がある温泉大国。高齢化社会を迎え、温泉療法で生活習慣病を予防する官民の取り組みも熱を帯びてきた。
世界有数のラドン濃度で知られる鳥取県の三朝温泉(三朝町)で、戦前から温泉医学に取り組んできた岡山大病院三朝医療センター。朝8時半、22床ある治療室に患者が次々に入り、「鉱泥湿布」による温泉療法が始まる。温泉の蒸気で85度以上に熱したペースト状の鉱泥を布で何重にもくるみ、患部に当てて血行を良くする温熱療法の一種だ。副センター長の光延文裕助教授(呼吸器学)は「温泉療法の効果は主に温熱によるもの。薬物治療を補い、重度のぜんそく治療に使うステロイド剤の量を減らせる」という。
気管支ぜんそくを患う広島県の80歳の男性は「痰(たん)が切れやすくなり、呼吸が楽になった」。温泉療法で病状が改善、このほど自宅からの通院に切り替えた。
温泉療法には、温泉プールでの水中運動や蒸気を使った熱気浴(サウナ)、手足を泥で温める泥浴、飲泉などがある。三朝医療センターは、これらを併用する「複合温泉療法」を行い、年間約400人の入院患者がある。
国内には数多くの温泉病院があり、計900人近くの温泉療法医が治療している。
中でも、関節リウマチや脳卒中のリハビリに温泉プールでの水中運動を取り入れる病院は多い。リハビリテーション中伊豆温泉病院(静岡県伊豆市)では、リウマチ患者が単純泉のプールで体を動かし筋力低下を防ぐ運動浴に取り組む。手術で関節を人工関節に換えた女性患者は「痛くて歩けなかったが、浮力のある水中では、うそのように楽に体を動かせた」と話す。同病院の石原義恕・健康管理センター長は「筋肉は使わないとすぐ衰える。体を動かす習慣が大切で、運動浴はいいきっかけになる」と説明する。
霧島連山の中腹にある鹿児島大学病院霧島リハビリテーションセンター(鹿児島県牧園町)は、湯と蒸気で熱した“砂のプール”に埋まる砂浴を取り入れている。センター長の川平和美教授(温泉医学)は「温熱と砂の圧力で全身の血行を良くし、腰痛などの痛みを和らげる」と説明する。
温泉療法にはこのほか、転地や運動、リラックスすることで自然治癒力が高まる効果もあるとされる。ただ、ドイツやフランスなど欧州各国と異なり、国内では「効果が証明されていない」との理由で公的保険の対象外。6施設あった国立大学の温泉医学研究機関も、岡山大と鹿児島大の2施設を除いて廃止された。
温泉療法の効果については、厳密な科学的立証が難しいとの意見が専門家の間にもあるが、客観的に医学的効果を探る取り組みが始まった。
温泉療法医らで作る日本温泉気候物理医学会は2000−2001年、延永正・九州大名誉教授を中心に、短期温泉療養の効果に関する調査を実施。リウマチなどの患者215人について温泉療養前後で病状の変化を評価したところ、平均約40ポイントの病状改善効果がみられたという。
同学会は、大分県の温泉地、別府市と周辺市町で、要介護認定者数を比較する調査も実施。一源泉あたり高齢人口(65歳以上)が約10人の別府市では、高齢人口100人に占める要介護認定者が約14人で、一源泉当りの高齢人口が約40−50倍多い周辺市町より約2−4人少なく、温泉入浴が機能回復につながっていることが分かった。
日本古来の湯治を生活習慣病の予防に活用する取り組みも始まった。
石和温泉(山梨県笛吹市)の8つの旅館・ホテルでは、生活習慣病予防に効果的な入浴法を教えてくれる。厚生労働省が03年7月に作った「温泉利用プログラム型健康増進施設」の認定施設になったからだ。同温泉旅館協同組合の山下安広・理事長が経営する旅館「きこり」では、4人の「温泉入浴指導員」が、体重や血圧などを聞き取り、病気や症状に応じて指導する。
同組合では、ほかに11施設が認定を申請中。将来は加盟42施設全てが認定を取り、ヨーロッパに多い「健康増進のための滞在型温泉地を目指す」(山下理事長)。
一方、経済産業省所管の社団法人「民間活力開発機構」は、昨年12月から今年2月にかけて神奈川県箱根町で、05年9月には群馬県草津市で一般を対象とした2日間の「健康づくり大学」を開催。草津では温泉宿泊施設を会場に、温泉療養のほか、食事療法や運動療法を説明した。
同機構の植田理彦・温泉療養システム研究会会長(内科医)は「参加した80人を診察すると、血圧低下やストレス解消など健康状態が改善していた」という。同機構は、温泉療養を通じた生活習慣の改善をアドバイスする「温泉療養コーディネーター」(仮称)の育成も計画している。
(石川陽平、矢野寿彦) |
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