健康のためにはよく噛(か)んで食べよう。食べ物をおいしく味わえるようになるだけでなく、食べ過ぎを防ぐことになる。脳が適度に刺激され、認知症予防につながりそうなことが最近の研究で分かってきた。自分の歯がなくなった人でも実践できる訓練法も考案されている。
おなか周りが出てきたらメタボリック(内臓脂肪)症候群に気をつけよう――。新聞やテレビで最近よく耳にする。食べ過ぎや運動不足で脂肪が体につき過ぎると動脈硬化などの危険性が高まるという医学的な警告だ。「よく噛むことがメタボリック症候群の予防にもなる」と斎藤滋・元神奈川歯科大学教授は指摘する。
斎藤氏によると、噛むことによって脳にある満腹中枢が刺激され、内臓脂肪の分解が促進されるという。よく噛まずに早食いすると満腹感が得られずつい食べ過ぎてしまう。噛むことで体内のエネルギー消費も促され、脂肪が燃焼されやすい状況になる。噛むと脳に刺激が伝わり活性化することも、最新の検査機器を使った解析で徐々に分かってきた。
現代人は噛む回数が昔よりぐっと減っている。食事一口あたり噛む回数は、小学生と大学生の平均で10.5回、2、3回しか噛まない人もいる。軟らかい食べ物などが増えたことなどの影響だ。平安時代の貴族は20回、戦前までの日本人は30回近く噛んでいたという。
斎藤氏が提唱するのが「一口30回、1回の食事で1500回噛むこと」。具体的には@食べ物を口の中に入れたら、はしを置くA右側の歯で5回噛むB次に左側の歯で5回噛むCこの動作をもう1回ずつ繰り返すD最後に両側の歯で10回噛む。満腹感を得やすくなるという。
実践するのはなかなか大変だが、「朝晩のうち1回だけでもゆっくり食事をとることから始めてほしい」(斎藤氏)。食べ過ぎないためにはガムも有効だ。食前に5−10分噛んでから食べ始めると、満腹中枢が刺激され、食事の量を普段より2−3割減らせる。
口に入るとよく噛まず無意識に飲み込むくせのある人は、トレーニング法もある。まず水を口に含んで上を向き、うがいの要領で舌でのどの奥を閉める。そして舌先を動かしたりかるく噛んだりする。舌先を使って食べ物を上手に動かせるようになり、くせを改善できる。
日本歯科大学の菊谷武・助教授も「口の中で食べ物をきちんと噛みこなすには、舌や頬(ほお)の動かし方がポイントになる」と指摘する。舌や頬には口に入った食べ物を歯の上に移動させる働きがある。寝たきりになると口の中に食べかすが残りやすくなるのは、舌や頬の機能が衰えているためだ。
人間は若いうちはしっかりと物を噛むことができる歯があるが、50歳を過ぎるころから虫歯や歯周病などで徐々に自分の歯を失っていく。80歳で自分の歯が20本以上ある人は2割しかいない。1本も歯がない人も少なくない。
菊谷助教授は「総入歯でもきちんと合っていれば舌をうまく動かすことで、多少、硬い食べ物もおいしく食べられる」という。逆に、軟らかい食事ばかりで歯や舌を使わないとますます衰えてしまい、うまく飲み込めずに気管支などに入り肺炎になる危険性が高まると警告する。
舌の機能を高めるにはどうしたらよいか。菊谷助教授が作成した「口腔(こうくう)機能向上カレンダー」では発声練習や早口言葉などを使って舌や唇の筋肉を鍛える法を紹介している。大きく口を開けてはっきり発音したり、口を何度も動かしたりすることで、舌を素早く巧みに使えるようになるという。事前の準備体操と思うのが毎日続けるコツだ。
(長谷川章)
よく噛むことの効用
「卑弥呼の歯がいーぜ」(斎藤氏の資料より)
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「ひ」…肥満を防止
「み」…味覚の発達
「こ」…言葉の発音がはっきり
「の」…脳の発達
「は」…歯の病気予防
「が」…がん予防(だ液の働きで)
「い」…胃腸の負担を減らして働きを促進
「ぜ」…全体の体力向上 |
口の中を鍛えるための練習法
(菊谷日本歯科大学助教授の資料より)
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1.深呼吸3回 鼻から吸って口から吐く
2.舌を左右に10回、上下に10回動かす
3.「イー」「ウー」を10回ずつ発音
4.1分間奥歯で噛む(30回)
5.口を大きく開けてはっきりと発声(10回)、発音練習(1回)
6.早口言葉(5回繰り返す)
7.肩を上げ下げしながら深呼吸(3回) |
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