脳内に「セロトニン」

多忙な日常から離れてリラックスしようと、休日に寺で座禅をする人が年齢や性別を問わず増えている。寺という非日常空間に身をおくだけでリフレッシュできるが、さらに、座禅にはストレスを軽減させ、脳を元気にスッキリさせる健康効果があることが最近の研究でわかってきた。

「最近、座禅がしたいとやってくる20−30代の女性がとても多い。みな、仕事に追われ、ストレスを抱えて疲れている様子。彼女たちは寺にリラックスを求めてやって来る。ゴールデンウイーク中もたくさんの宿泊客がいた」。こう話すのは、座禅体験希望者を受け入れている曹洞宗福王山正覚寺(埼玉県飯能市)の住職、石井早苗さんだ。

東京在住の40代のA子さんは、山ろくの寺で体験した座禅の魅力を次のように語る。「自宅では、なかなか一人でゆっくり考える時間が持てない。でも寺に行けば、誰にも邪魔されない自分の時間が持てる――。そう思って宿坊に泊った。座禅体験をしたら、気分が前向きになり、心身ともスッキリした」

心を穏やかに
A子さんの実感は“気のせい”だけではないようだ。座禅で体内に様々な変化が起きることが、最近の研究でわかった。

「座禅で心身がスッキリするのは、座禅を組みながら行なう複式呼吸によって、大脳脳幹にあるセロトニン神経が活性化され、脳を元気にするセロトニンというホルモンが出るから」と説明するのは、呼吸と神経生理学の研究をする東邦大学医学部統合生理学の有田秀穂教授。

セロトニンには、落ち込んだ気分を高揚させたり、怒りや不安を抑えて心を穏やかにしたりする効果がある。また心身をリラックスさせ表情を引き締める。

実際、有田教授の実験では座禅の呼吸法を30分した後、セロトニンの分泌が高まり、結果として尿へのセロトニン排出量が増えたことが確認された。

座禅の呼吸法とは、具体的には次のようなものだ。息を吐くときは、へそ下約10センチくらいのところ(丹田という)の筋肉を絞るようなイメージで、口もしくは鼻からゆっくりとできるだけ長く吐き出す。息を吸うときは必ず鼻から。これを繰り返す。このとき目は完全に閉じず、薄く開いて1メートルほど前を見る。

コツは「吸う息」より「吐く息」に意識を集中し、できるだけ細く長く吐き出すようにすることだという。
普段私たちが無意識にしている呼吸は、延髄に指令で横隔膜を収縮させている。だが。「下腹をぐっと絞って息を吐き出す座禅の呼吸は、大脳皮質からの指令による呼吸。意識的に行なうこの腹式呼吸で腹筋が一定のリズムで収縮すると、そのリズムが脳を刺激してセロトニンが増え、爽快(そうかい)になる」と有田教授。

15分以上継続を
しかも、修行を積んでいない普通の人が1日体験をしただけでも効果は得られるようだ。有田教授が学生を対象に行った実験では、初めての人が30分座禅を行なったところ、爽快な状態を表すα(アルファ)波が出た。これは、セロトニン神経が活性化されて出現したものだという。α波は座禅を始めて10−15分後最大になるらしいので、座禅は15分以上続けたほうがよさそう。そうすれば爽快感は座禅後2時間程度続く。通常、寺での座禅は1回約30−40分だから効果は得られそうだ。

「お寺は心のホームドクター。疲れを感じた人がだれでも心の解毒をしに来られる駆け込み寺でありたい。座禅でリフレッシュできることを知った人が来るのは大歓迎」と石井住職は笑う。

これからがいよいよ、緑の美しい季節。宿坊や座禅ができる寺を紹介する「それゆけ旅人!宿坊研究会」(http://syukubo.com/)というホームページもある。緑に囲まれた寺でリフレッシュしてみては。   (日経ヘルス編集部)


座禅の効果を高めるコツ

1)ゆっくり長く息を吐くことだけを意識する
2)息を吐きながら下腹の筋肉をできるだけへこませる
3)1回に15分以上〜30分程度行なう
4)目は完全に閉じない



2006.5.13 日本経済新聞