「君、寝ている間に歯ぎしりしてたよ」。そんなことを家族やパートナーから言われた経験はないだろうか。たかが歯ぎしり、と軽く考えがちだが、放っておくと歯やあごに大きなダメージをもたらすことがある。歯周病が悪化したり、顎関節症(がくかんせつしょう)の引き金にもなったりするので、早期の対策が必要だ。
東京都在住の会社員Aさん(33)は10年ほど前のある朝、あごのだるさに気づいた。放っておくと症状は次第に進み、普段でも口を開閉すると「カクカク」と音が響くようになった。歯科医院を受診すると顎関節症と診断された。原因は長年の歯ぎしり。あごの関節に過度の負担がかかり、顎関節症に進行した。
歯ぎしりとは寝ている間に上下の歯を横にこすり合わせる行為で、音がしない場合もある。歯をぐっとかみしめる「食いしばり」も同じようにあごに強い力が加わる。食いしばりは睡眠中だけでなく日中も起こる。思い荷物を持つときや、何かに集中しているときなどに無意識に食いしばっている人も多いだろう。
たとえ強く食いしばっていなくても上下の歯が接触した状態が続くと、あごの関節や周囲の筋肉は緊張状態になり、疲れや炎症が起きる。
歯ぎしり、食いしばりは「あごの関節に破壊的に作用する」と、白宝デンタルクリニック(東京都港区)の広川泰秀院長は指摘する。歯が削れたり割れたり、冷たいものがしみて知覚過敏になったりする人が目立つ。過度の負荷で、歯の周囲の組織が壊れ歯周病が悪化するケースも多い。歯科を受診する目安は、A子さんのように朝起きてあごにだるさや痛さを感じたときのほか、歯のゆるみなどで知覚過敏が起きたときだ。
対策は意外と難しい。「残念ながら歯ぎしりを完全に止めるのは無理」(広川院長)だからだ。歯ぎしり、くいしばりは精神的・肉体的ストレスが原因とみられるが、特定はできないという。
ただ、歯ぎしりによるあごへの負担を和らげる方法は考案されている。代表的なのがシリコン系のゴムでできた「ナイトガード」というマウスピースを上の歯につける方法だ。ゴムが歯ぎしりの負荷を吸収するため、あごへの負担を軽く出来る。歯科で歯型に合わせてオーダーメードする。健康保険が適用され、自己負担額は5000円程度だ。寝ている間装着する。
「日中の食いしばりは治しやすいのでは?」と思われがちだが、無意識下の行動であるだけに、簡単に止められるものではない。
東京医科歯科大学医学部の木野孔司助教授は、日常生活でこまごまとした対策や改善を積み上げることを提案する。「デスクワーク用パソコンなど目につきやすい場所に『歯を食いしばらない』などと書いたメモをはっておくことから始めよう」とすすめる。小さなメモでも、見るたびに意識することで歯が接触している時間を短くする効果が現実にあるからだ。さらにガムやするめをかみしめすぎないよう意識したり、食いしばりにつながりやすい運動を避けるようにする――などの方法もある。
歯ぎしりが顎関節症に進んでしまった場合はどうしたらよいのだろう。顎関節症は「かみ合わせ、歯ぎしり、精神的な要因、姿勢の悪さなどの複数の要因で発症する」(木野助教授)。あごから音が出始めるのが初期症状。続いてその音が聞こえなくなるものの口が指2本分ほどしか開かなくなる症状に移行する。さらに痛みが出る。痛み、開口不足といった症状が表れたら、できるだけ早く専門医を受診した方がいい。
木野助教授は「治療方法はここ10数年で大きく進歩している」と説明する。痛みを鎮痛剤で和らげ、かみ合わせマウスピースで調整するのが一般的だが、治療には長い時間かかった。これに対し木野助教授は精神的な原因のケアと同時に、あえて口を開ける方向の特殊な訓練をし、治療期間も従来の半分近くの平均7週間程度に短縮しているという。
歯ぎしりや食いしばり、顎関節症になりかけている症状に気付いたら、悪化を食い止めるため、受診と同時に日常生活で対策をとることが必要だ。
(ライター 藤原 仁美)
歯科を受診する目安
・朝、あごが痛い、だるい
・知覚過敏(冷たいものがしみる)→歯のゆるみ、磨り減りの可能性
・いびき→理由は不明だがいびきをかく人の7割が歯ぎしりをしているという。
日常生活上の注意点
・「食いしばらない」「歯をくっつけない」といったメモ書きを張る
→……パソコン、テレビなど目に付くところ、あちこちに
・ガムやするめなどをかみすぎない
・歯を食いしばる運動は避ける
・だるくなったらマッサージ →医師の指導を受けて
・ストレスや緊張の原因があれば、できれば改善を →医師に相談 |
|
|