「骨は強くならない」  専門家らは反論

「性ホルモンが心配」  リスク判断不能

「牛乳は太りやすい」  逆の実験結果も

牛乳がにわかに論争の的になっている。書籍などで「牛乳は健康によくないのでは」との説が取り上げられ、話題になったからだ。栄養価に優れる優等生的な食品というイメージが強い牛乳だが、今回の牛乳論争に学ぶものはあるのだろうか。専門家の意見を聞いてみた。

【疑問1. 牛乳を飲んでも骨は強くならない?】 書籍などを通じ広がったのは「牛乳をたくさんとる米国や北欧で股(こ)関節骨折が多く、牛乳は骨粗しょう症予防に役立たない」とする仮説だ。
社団法人日本酪農乳業協会の「牛乳の知識」によれば、スウェーデンやデンマークの飲用牛乳類の消費量は、1人が年間約140キログラムで日本の3倍以上だが「多くの研究データが西欧諸国の人たちの大腿骨けい部の骨折が日本人の2−6倍あることを示している」(辻学園栄養専門学校中央研究室の広田孝子教授)。

しかし骨粗しょう症予防に取り組む研究者からは、牛乳が骨を強くしないとの仮説に異論が出ている。近畿大医学部の伊木雅之教授(公衆衛生学)は「北欧の人たちの方が日本人より骨密度は1−2割程度高い。大腿骨けい部骨折が多いのは足が長く、体重が重いといった体格差が出ているためだ」と説明する。

先の広田教授も実は異論を唱える1人だ。「牛乳を飲む人ほどカルシウムが骨に貯蔵され、骨量が増えるという説がデータの95%を占めている」と指摘し、「1日に約800ミリグラムのカルシウムを牛乳や乳製品でとる北欧の人たちに対し、120ミリグラムにとどまる日本人の背骨の骨折率は、北欧の人より高い」と反論する。

【疑問2. 牛乳に含まれるホルモンが心配】
 牛乳がもともと子牛の成長を促す分泌液で、人が飲むのに実は適さないとの説が出ている。牛乳中に含まれる性ホルモンが働き、大量に飲むと健康を害するのではないかとの仮説も不安視されている。さらに「乳牛が抗生物質や成長ホルモンを与えられて育っているため、それが人に悪影響を与えるのではないか」と心配する声もある。
こうした疑問について専門家はどんな見解を示すだろう。信州大の細野明義名誉教授(畜産物利用学)は「牛乳の性ホルモンを本格的に調査したデータはなく、確かにまったくリスクがないとは言い切れない」と指摘した。ただし「牛乳工場で加熱処理をすれば牛乳中の性ホルモンは活力を失うはず」だという。

成長ホルモンについてはどうか。農林水産省消費・安全局蓄水産安全管理課はまず「国内での使用は承認されていない」と説明した。細菌性の病気にかかった乳牛に抗生物質を与える場合は、搾乳を再開するまで12時間以上時間を置くよう定めているため「牛乳中に基準値を超えて成分が残留することはない」との見解だった。

【疑問3. 牛乳は太りやすい?】 日本食品標準成分表によると、普通牛乳のエネルギーは、100グラム当たり67キロカロリー。脂質は3.8グラム含まれている。水や茶飲料代わりに飲むと確かに体重は増えるだろう。だが辻学園の広田教授のように、牛乳の豊富なミネラル分に目を付け、これを効率よい減量に利用しようという発想に立つ研究者もいて、見解が対立している。

広田教授は、女子学生の協力を得て調査をしていた。低脂肪乳200ミリリットルを食前に飲み、軽い運動をしたグループは、牛乳を定期的に飲まなかった女子学生グループに比べ体脂肪量の減少が大きかった。同時に「牛乳を飲んだグループは体脂肪は減っても、筋肉量が増えた」こともわかった。「牛乳は減量につきものの空腹感を制御するのに効果的なので、筋肉を落とさずに減量したいと思う人にすすめられる」と広田教授は話す。

牛乳をめぐる論争が起きていることについて、日本酪農乳業協会の本田浩次会長は「牛乳の食品としての機能性については、研究者が科学的実証を積み上げてきている。今後も消費者にそのよさをアピールしていきたい」と強調する。興味本位ではない冷静な判断が必要だろう。


牛乳をめぐるQ&A

Q1.骨粗しょう症予防に役立つ?
A1.1日200−400ミリリットル飲むと効果的。この分量だと確実にカルシウムは骨に貯蓄される。ほかにもヨーグルトや小魚などでとるとよい
Q2.牛乳中の性ホルモン大丈夫?
A2.牛乳の性ホルモンが人間の体でどのように影響するか本格的な科学データはない。ただ、加熱殺菌することで性ホルモンは活力がなくなるとの見方がある
Q3.「乳牛が薬漬け」と聞いたのですが
A3.農林水産省によると、抗生物質は薬ごとに乳への残留時間が設定されており、薬の影響がなくなるまで商品化はしていない。乳牛の成長を加速する成長ホルモンの使用は許可されていない
Q4.牛乳はダイエットによくないのですか
A4.運動と組み合わせれば筋肉を落とさず効果的に減量できるというデータが公表されている



2006.9.16 日本経済新聞