酸素を送り 細胞育てる

体を動かすと、その刺激が脳に伝わり、活性化する――。ウオーキングのような有酸素運動が物忘れなどを防ぐ効果のあることが分かってきた。脳を鍛えるゲームがはやっているが、秋空のもと、自然の中を上手に歩くだけでも認知症予防につながる。

東京都西部にある国営昭和記念公演。10月中旬、豊島区在住のウオーキンググループ「漫歩会」のメンバー4人が集まった。この日は満開のコスモスを目指し、約3時間かけてのんびりと公園を散策するのが目的だ。「緑の多い公園を風景を堪能しながら散策するのはまた格別だ」と参加者の1人、笹川圀子さん(63)は楽しそうに語る。

認知症を予防
「万歩会」は豊島区が支援するウオーキンググループの1つ。同区が東京都老人総合研究所と共同で取り組んだ認知症予防のプロジェクトを引き継ぎ2005年5月に発足した。メンバーは毎日、1日の目標歩数と実際に何歩歩いたかを表にまとめて、週1回互いに発表しあう。「ウオーキングは最も手軽にできる認知症予防法。長く続けるのに最適だ」とリーダーの桜井康善さん(70)は見ている。
ウオーキングがどうして、脳の活性化にいいのだろうか。

人間の脳は加齢に伴い神経細胞活動が衰え、機能が低下している。とくに「考える」「記憶を制御する」といった情報処理に関係する脳の前頭葉と呼ぶ部分の衰えが著しい。この前頭葉を鍛えるのに、ウオーキングのような有酸素運動が効果的であることが分りつつある。

脳科学者の篠原菊紀・諏訪東京理科大学教授らは、学生などに脳画像装置を付けて実験した。クイズに解答するのと同じように、有酸素運動をしたときに脳の前頭葉の働きが活発になることを突き止めた。

さらに脳の血管を若く保つのにも役立ち、生活習慣病による脳梗塞(こうそく)など脳の血管障害を防ぐ狙いもある。有酸素運動には水泳やジョギングなどもあるが、年をとってからでもウオーキングだと手軽に始められる。

有酸素運動によって脳の一部が分厚くなるという報告もある。米国の研究だが、平均65歳の人に半年間、ウオーキングをしてもらったところ、注意力テストの成績が11%向上し、前頭葉の外側にある側頭葉や前部帯状回という部分の厚みが増していた。

ウオーキングで太ももの大きな筋肉を動かすと大量の酸素が脳に送られ、運動刺激と相まって、脳細胞を育てる物質が分泌されたためだ。側頭葉などの厚みが増すことで、うっかりミスや物忘れがなくなると期待される。

記憶力の向上も
歩くことが直接、記憶力の向上につながるという成果も出始めている。ラットの実験だが、記憶を担う脳の海馬の神経細胞が、歩き回らせることで増加することが分ってきた。海馬の神経細胞が多くなるとたくさんの情報を処理できる記憶力も高まる。

単に歩くだけでなく、複雑な空間を歩き回ることで神経細胞はより多くなった。「人間でも風景を楽しみながら、散歩したり、旅行したりすることが脳を若く保つのにつながるのではないか」と脳生理学に詳しい東京大学の池谷裕二講師はみている。

では、どんなウオーキング方法がより効果的に脳を鍛えることになるのだろうか。
篠原教授によると「呼吸が少し荒くなる、うっすらと汗をかく程度がちょうどよい」。2分ぐらいはゆっくり、次の3分ぐらいをしっかり歩く「インターバル歩行」を週3回、1回40分程度実践するのがベストという。買い物を少し遠くの店まで行くとか、1駅分余分に歩くなどで日常生活にウオーキングを取り入れるとよい。継続することがとても大切だ。

同善病院(東京・台東)の鵜飼俊忠院長は、毎日、決まった場所を歩くのではなく、史跡や公園を散歩することを勧める。「歴史や文学に触れ、鳥のさえずりを聞きながら歩くには、それなりに準備がいる。観光資料を集め、歩くルートを決めるなど、プランを立てることが脳の活性化に役立つ」という。
(合田義孝)

2006.10.22 日本経済新聞