収入の差 どう影響
寿命と関係 若い世代の将来懸念


社会的な地位や収入の差が健康を脅かし寿命をも左右するのではないかと考える「健康の不平等」の研究が盛んだ。欧米で先行する取り組みだが、日本の現状をどう見るか。「健康格差社会」(医学書院)の著書がある近藤克則・日本福祉大教授に聞いた。


――健康の不平等について日本の現状を調べていますね。「愛知老年学的評価研究(AGES)プロジェクトで愛知県など3県15自治体に住む65歳以上の約3万3千人を対象に調査した。例えば抑うつと所得との関係を見ると、等価所得(世帯所得を世帯人数の平方根で割ったもの)が年間100万円未満の層に比べて、うつ状態と判定される割合が男性だと6.9倍、女性だと4.1倍だった。うつ状態の人は健康状態がすぐれず長引くと自殺リスクも高まる」

「所得が低い(等価所得が年間200万円未満)層は、所得が高い層(同400万円以上)より、転倒経験率や健康診断の非受診率が高かった。1日に歩く時間も短い。歯がほとんどない者の割合も低所得者層で多い。日本でも階層間で約5倍もの健康格差がある」

――同プロジェクトでは対象者が65歳以上の高齢者になっています。こうした人たちが現役で活躍していたころは、それほど格差が注目されていません。

「欧米で研究が進む健康の不平等が日本の高齢者にもあてはまることを示した。若い世代にニート・フリーターなど低所得者層が固定化すると、将来こうした人たちの健康にも悪影響が及ぶだろう」

――日本社会でも格差への関心が高まっています。格差がその国の平均寿命にも影響するというのは本当ですか。

「米国とキューバを比較するとわかりやすい。国民1人あたりの国内総生産(GDP)は米国が5倍以上だが、両国の平均寿命はほとんど変わらない。貧富の差が激しい米国GDP比で世界トップの医療費水準だが、医療保険のない無保険者が4千万人以上いる。一方で富裕層中心に100歳以上の超長寿者も多い」

「国民1人あたりのGDPが5千ドルまでは、額が伸びるほどその国の平均寿命は右肩上がりで上昇する。国が豊かになり栄養・衛生状態が改善してくるからだ。ただ、5千ドルを超すとほぼ横ばい。むしろジニ係数のような所得分配の不平等の差が国民の健康状態や寿命を左右するようになる。これが相対所得仮説と呼ばれる考え方だ」

――社会的な格差と健康の間に相関関係があるといっても、因果関係はまた別問題ではないのですか。

「灰皿のある家庭だと肺がん発症率は高くなるという相関関係があるが、悪いのはたばこであって灰皿ではない。格差の拡大がなぜ健康を脅かすのか、因果関係の検証が必要だ」

「格差が大きい社会ほどストレスが大きくなるとはいえるだろう。講演会で次のような質問をする。あなたの年収が600万円で周囲の人の平均より100万円少ないケースと、年収が500万円で周囲より100万円多いケースとでは、どちらがストレスを感じなくてすみますか。8−9割の人が絶対額が少ないのに後者を選ぶ。人と比べて相対的に低いという状況を避けたいようだ」

「競争社会が激しくなると、『勝ち組』もいつ『負け組』に転じるか不安になる。格差が広がるほど『勝ち組』にも大きなストレスがかかる。メタボリックシンドロームになる割合は生活習慣の違いを考慮しても強い職業性ストレス(仕事上のストレス)にさらされている人がそうでない人より2.39倍という英国の研究データもある」

――どう対処すれば?
「多くの国民、特に社会的な弱者が自分の健康に不安を感じるような現状は改善されるべきだ」


検証と議論 十分に 海外は是正への動きも
先進国をむしばむ生活習慣病はストレスや食生活などで病気のなりやすさも大きく変わる。収入などの社会的要因が健康を左右するかもしれないというのは何となく実感できる。国の21世紀COEプログラムの一端として近藤氏らは、疫学研究の手法で日本でも「健康の不平等」が起きている可能性を示した。
ただ、格差が本当に国民の健康を脅かすのか、まだ、検証が不十分。相対所得仮説への異論を唱える専門家もいる。
英国やオランダなどは政府が健康格差の存在を認め、是正へ向けて動き出した。世界保健機関(WHO)も委員会を立ち上げた。日本でも国がきちんと議論すべき時期に来ている。
(矢野寿彦)



2007.1.28 日本経済新聞