重度の食物アレルギーが治った!
注目集める特異的経口耐性誘導療法(2009.4.17補足)
原因食物の除去を続け、自然な耐性獲得を待つばかりだった食物アレルギーへの対処法。しかし、近年、世界では根本治療へ向けた研究が盛んに行われている。国内でも特異的経口耐性誘導療法の臨床研究が増えており、重度の食物アレルギーが治ったという症例も報告されている。
--------------------------------------------
「子供はケーキやクッキーを喜んで食べている。家族で外食することもできるようになった」――。重度の卵アレルギーだった9歳8カ月の女児の母親は、治療後の変化を報告し、泣いて喜んだ。女児は、ある臨床研究に参加し、短期間で卵が食べられるようになったのだ。
この臨床研究を行っているのが、神奈川県立こども医療センターアレルギー科の栗原和幸氏(同科部長)と伊藤直香氏だ(伊藤氏は2009年4月から東大医科学研究所炎症免疫学分野に所属)。栗原氏らは、アナフィラキシー型の食物アレルギーを持つ学童期以降の患者を対象に、耐性を誘導して食物アレルギーを治す治療法の研究を進めている。
これまで、食物アレルギーに対する根本的な治療法はなく、原因食物の除去を続けながら自然に耐性を獲得するのを待つしかなかった。一般に、食物アレルギー患者の約70%は6歳までに耐性を獲得するといわれている。ただし、耐性を獲得できない重度の食物アレルギー患者の中には、誤食の危険におびえながらひたすら除去を続けるケースも多く、それらの患者に対する治療法の開発が求められている。
ここ数年、食物アレルギー患者に原因食物を食べさせて耐性を誘導するさまざまな特異的経口耐性誘導療法(SOTI)の研究が世界的に行われ、「新たな治療法になるかもしれないという期待が高まっている」と栗原氏は話す。
被検者全員が卵1個を食べられるように
栗原氏らは、07年9月から、卵白の二重盲検食物負荷試験で明らかな症状が確認された7歳以上の患者に対して、短期間で原因食物を増量して耐性を誘導する急速特異的経口耐性誘導療法(rush SOTI)の臨床研究を実施している。神奈川県立こども医療センターでスギなどに対する免疫療法を行った経験から、食物アレルギーでも急速法のSOTIが効果的なのではないかと考えたためだ。
rush SOTIでは、入院の上、まず乾燥卵白粉末を混ぜた飲料と混ぜていない飲料を使って二重盲検で食物負荷試験を行い、症状が出る閾値を決定。閾値以下の量から投与を開始し、1日5回を目標に、毎日漸増した乾燥卵白粉末を摂取する。乾燥卵白粉末の摂取量が一定量まで達したら、加熱卵の摂取に変更し、卵1個(加熱卵白約60g)の摂取を目指す。アレルギー症状が出た際には、必要に応じて治療を行う。
臨床研究に参加した前出の女児は、周囲の人間が卵を割るのを見ただけで顔面の腫脹が見られるような、重度の卵アレルギーだった。嘔吐などの消化器症状や口腔内違和感を認め、卵だけでなく、ピーナッツ、イカ、タコ、エビ、カニ、メロンの除去を継続。「従来であれば、卵は一生食べさせられないような症例だ」(栗原氏)。
入院時の抗原特異的IgE抗体検査では、卵白、ピーナッツ、エビ、カニ、イカ、タコに対する特異的IgE抗体検査はどれもクラス3以上。二重盲検食物負荷試験での症状出現閾値は乾燥卵白粉末45mgだった。
女児は、0.5mgの乾燥卵白粉末から摂取を開始し、徐々に増量。治療開始後18日目(増量を行わなかった外泊日数を除くと13日目)に、全卵1個に相当する加熱卵白60gを食べられるようになり、30日目に退院した。治療中、頻回の膨疹と腹痛、1回の軽度喘鳴を認め、膨疹に対して1回抗ヒスタミン薬を内服したほか、軽度喘鳴に対して1回気管支拡張薬を吸入したが、重篤なアレルギー症状は認めなかった。
栗原氏らはこれまで、卵アレルギーのある7歳から12歳の6人の患者に対してrush SOTIを実施。年齢の中央値は9歳8カ月で、症状誘発閾値の中央値は0.152gだった。治療中には、喘鳴や膨疹、下痢などの症状を認め、必要に応じて抗ヒスタミン薬(多数回)や気管支拡張薬(2人に対して合計3回)などによる薬物治療を行ったが、アナフィラキシーなど重篤なアレルギー症状はなく、「平均9日、外泊による増量中断を含めた実日数では平均12日で、全員が卵1個に対する耐性を獲得した」(伊藤氏、図1)。
|
図1 卵1個以上に対する耐性獲得までの経過 神奈川県立こども医療センターでrush SOTIを実施した患者6人のデータ。全員が卵1個(加熱卵白60g)を食べられるようになった。投与量は卵白量で表示(乾燥卵白粉末1gは卵白8gに相当)。 |
6人とも既に治療から1年が経過したが、経過は引き続き良好だ。栗原氏らは現在、さらに症例を重ねるとともに、卵以外の食物アレルギーに対してもrush SOTIを実施している。
重症食物アレルギーへの画期的治療法になる可能性
栗原氏らの研究結果について、独協医大小児科准教授の吉原重美氏は、「短期間で治療を実施したことや、耐性獲得が難しいとされている7歳以上を対象としていることから、自然に耐性が獲得されたのではなく、rush SOTIによって耐性が獲得されたと考えられる」と話し、「アナフィラキシーを何度も起こしているような重度の食物アレルギー患者に対する、画期的な治療法になる可能性がある」と評価する。こういった方法で耐性が誘導できることがはっきりすれば、「将来は薬物で症状を抑えながら、SOTIを行うことも必要かもしれない」(吉原氏)。
とはいえ、rush SOTIはまだ研究の緒についたばかり。そもそもSOTIでなぜ耐性が誘導されるのかが分かっていないことに加え、「退院後は、週に2回、卵1個を摂取するように指示しているものの、いつまでどの程度の原因食物を摂取すればいいのか、よく分からない」(栗原氏)など、解決すべき課題も多い。「アナフィラキシーを起こす可能性もあり、当院では入院の上、医師が付きっきりで慎重に実施している。安易に行うと非常に危険だ」と栗原氏は話す。
ここ数年、世界で本格化してきたSOTIの研究。国内でもいくつかの医療機関がSOTIの研究を実施しており、結果が明らかになりつつある。研究が蓄積され、有効性が示されれば、将来、食物アレルギーが当たり前に治せる日が来るかもしれない。
■補足 2009年4月17日に以下の点を補足しました。
・2ページ目最後の伊藤氏のコメントにある耐性獲得までの平均日数について、「外泊による増量中断を含めた実日数では平均12日」と補足しました。
久保田 文
|