肩こり、高血圧、動悸(き)――。程度の差こそあれ、中高年ともなれば他人事ではないこんな症状。原因はさまざまだが、実は毎日の呼吸の仕方に注意するだけで症状が緩和されるケースも多いという。ヒントはヨガ(ヨーガ)の深く長い呼吸法。手軽にできる呼吸法を身につけ、健康増進に役立てたい。

鼻からゆっくりと
自律神経の乱れを整える

「手足がぽかぽかして背中がすっと軽くなる」。東京・武蔵野市の市立体育館で1時間半のヨガをしてきた主婦(55)はすっきりとした笑顔で話す。ヨガを始めてほぼ1年。更年期障害による自律神経失調症で、5年余りも不眠や不安感などに悩まされているが、最近は精神安定剤や睡眠薬に頼る回数も減ったという。

20年以上、東京・杉並でヨガの指導にあたってきた友永淳子・友永ヨーガ学院長は「ヨーガの基本は呼吸。深く長い呼吸が自律神経の乱れを整え、本来あるべき状態にしてくれるんです」と解説する。

ゆっくりと深い息をするには

1.あおむけに寝てひざを腰幅に開き、右手を軽くおなかの上にのせる。腹、胸、肩の順に空気を出すイメージで尾てい骨が浮くくらいまで息を吐く(5秒間)。そして3秒間自然に息を止める。

2.こう門や腹の力を緩め下腹からみぞおち、肺をイメージしながらゆっくりと息を吸う(5秒間)。いっぱいになったら肩の力を抜いて3秒間軽く息を止め、再び息をゆっくり吐く。
※友永淳子学院長の話を基に作成。
息が苦しくならないように注意

ヨガはインド発祥の健康増進法。独特の呼吸法と全身の曲げ伸ばし、瞑想(めいそう)などを組み合わせて心身を鍛える。ポーズなどは一見難しそうだが、ゆったりした動きで特別な道具も要らず、だれもが手軽に始められる。

ではその呼吸法とはどんなものだろう。ヨガの基本は鼻呼吸。丹田(たんでん)と呼ぶおへそのすぐ下あたりに力を入れ、気管支や肺に残っている空気を出すつもりで5秒間、鼻から息を吐く。3秒間止め、丹田を緩めるようにして5秒間鼻から息を吸い込む。呼吸の回数は1分間に4、5回。これを朝夕20回ずつ繰り返す。

最初は思いのほか息を出せないし、呼吸の回数が少なくて戸惑うかもしれない。ストレスの多い生活では呼吸は速まる傾向があるので、普通は1分間に16−20回位呼吸をしている人が多いためだ。無理に息を止めたり長くしたりすると力んでしまって血圧が上がるので、かえって危険。あくまでも心地よい状態でなるべく長く息をするよう心がけよう。

動悸を落ち着かせたい時には正座かイスに座って5秒ずつ、やはり鼻から息を吸って吐く。
息を吐いてから人さし指と中指を眉間に(みけん)に当て、薬指でそっと肩鼻ずつ軽く抑える。ゆっくりと左側から吸って右側から吐き、次は逆にと交互に繰り返す。片鼻で息をするなど意識することもないが、少し練習すればできると友永学院長はいう。これを朝晩5分ほど続けるとリラックス効果はよい大きくなる。

呼吸は自律神経の支配下にある。自律神経とは、意志とは無関係に内臓の働きを支配し、調節する神経。心臓や呼吸器系の働きを活発にする交感神経と、逆に心臓などの働きを抑えてリラックスさせる副交感神経からなり、この2つが拮抗(きっこう)している。

自律神経の支配下だとはいえ、呼吸はある程度、意識的に制御できる。東洋医学に造けいが深く、自らも13年間ヨガを続けている医師で、富山県国際健康プラザの上馬場(うえばば)和夫・国際伝統医学センター次長は、息を吐く時は副交感神経が、吸う時は交感神経が強く作用すると解説する。つまり「呼吸を通じて交感、副交感神経を意識的に刺激し、意志では支配できない自律神経を揺さぶり、鍛えることができる」という。

ストレスによる自律神経の失調では、交感神経が過剰に緊張し、心臓が強く働きすぎて高血圧や肩こりなどの症状を招くことが多いという。細く長い呼気で副交感神経を刺激し、体をリラックスさせれば症状を緩和できるというわけだ。

しかも大脳に新鮮な血液がいき渡り、神経伝達物質の一種で充足すると満足感をもたらすとされるセロトニンの分泌が盛んになるともいわれる。

「長息(ながいき)は長生きにつながる」(上馬場さん)。季節の変わり目で自律神経のバランスが崩れやすい時。早速きょうから試してみてはいかが。

(2001.5.12 日本経済新聞)