徳島文理大学・医療薬学専攻教授  村上 透

近年、高脂血症の病態の理解は、血漿レベルだけでなく血管生物学のレベルでとらえられている。さらに高脂血症による心血管イベント発症の抑制機構や、プラークの安定/不安定性に関わる種々の因子についての理解も深まった。イギリスのDaviesらは、剖検例で詳細な検討を行い、破裂しやすいプラークの特徴として、1)脂質コア成分の割合が高く、2)マクロファージに富み、3)血管平滑筋細胞に乏しく、4)被膜の繊維性成分が少ない点を指摘した。

そのような特徴を有するプラークは、冠動脈狭窄の程度がたとえ軽度でも破裂しやすく、引き続き起こる血栓形成を基盤としてイベント発症が生じるものと考えられる。さらに、マクロファージに富んだ領域では組織因子やMMP・1、2、9など種々のプロテアーゼが発現し、プラーク破綻に密接に関与している可能性が示された。MMP−2の発現が強い領域ではMT1(membrane type 1)−MMPの発現が増強していること、酸化LDL濃度の増加とともにMMP−9の発現が増強する確認されている。これらの結果は、血漿LDL増加プラークの破綻ひいては心血管イベント発症に対して、さらにどのような生物学的作用が関与しているかを説明したものである。

一方、プラーク破綻とともにイベント発症に重要な役割を果たしているものに組織因子がある。組織因子はマクロファージに富んだ領域において強く発現することが示されている。最近、脂質低下療法を行うことにより組織因子の発現が低下することも示された。以上より、LDL低下を中心としたコレステロール低下療法はプラーク破綻とその後の血栓形成という一連の過程に対して重要な意義を有しており、イベント発症に対し抑制的に作用するものであることを示唆している。

次に、血漿HDLの質的変化や機能に関し、コレステロール低下療法あるいはトリグリセリド低下がどのような作用を示すかについて報告されている。スタチンは一般的にHDLのCE(choresteryl ester)転送を低下させる作用を有している。この作用がとくに、CETP遺伝子多型B1B1を有する例で動脈硬化進展抑制に対し有益であることをREGRESS(regression/growth evaluation statin study)のサブ解析結果が示している。

一方、CETPに依存しないCE転送低下が血漿トリグリセリド低下とくにTG−richであるVLDL1減少と強い相関を有していること、従って血血漿トリグリセリド低下作用を有するスタチンは動脈硬化抑制に対しこれまでのスタチンに比べて高い有効性を持つ薬剤である可能性が指摘されている。Small LDL particle低下作用も、これまでのスタチンにはみられない作用として注目に値する。

日本人の代謝病態はこの50年間で著しい返還を遂げた。高脂血症や肥満が増加し、高血圧や糖尿病は遺伝子的要因に加えて環境的因子の関与が強くなった。動脈硬化病巣の内容や質的な面にも変化が認められる。プラークを形成する成分として、50年前は繊維主体であったものが最近は脂質の占める割合が増加していることが大きな特徴であり、そのことが剖検で確認されている。その背景に、これまで理解されなったような種々のリポ蛋白代謝異常が存在していることも次々に明らかにされた。

今後は、LDL低下を中心とした従来の治療や高脂血症の病態の理解の仕方が踏襲されて行く一方で、蓄積したコレステロールをいかにして取り去り、コレステロール逆転系を活性化させるかという側面から治療のあり方を捉え、種々の高脂血症治療薬の生物学的作用について考察する必要があると考えられている。

(2000.6.5 神奈川県保険医新聞)