高血圧の背後に潜む
原発性アルドステロン症を疑え

原発性アルドステロン症診療の新常識

 従来、患者はごく少数と考えられていた原発性アルドステロン症PA)。しかし、血漿アルドステロン濃度血漿レニン活性の測定が一般化したことで、極めて多くの患者が存在することが分かった。関係学会はPAの拾い上げに向け、ガイドラインの整備などに力を入れている。


 「アルドステロンが危険因子だということを念頭に、もっと積極的に原発性アルドステロン症を疑うべきだ」――。横浜労災病院院長の西川哲男氏はこう話す。

  原発性アルドステロン症(Primary Aldosteronism:PA)とは、副腎皮質に腺腫や過形成が生じ、それらの病変によりアルドステロンの過剰分泌を来す疾患だ。アルドステロンの過剰分泌は、ナトリウムの貯留による高血圧やカリウムの排泄増加による低カリウム血症をもたらす。

低カリウム血症を示さない症例も
  PAを取り巻く状況は、ここ10年で一変した。従来PAはまれな疾患と考えられていたが、実際は患者数が極めて多いことが分かったのだ。

  従来、PAの診断に欠かせない血漿アルドステロン濃度(PAC)と血漿レニン活性(PRA)の測定は、安静臥床など様々な条件が付けられており煩雑だった上、検査費用も高かった。主に低カリウム血症を呈する患者のみを対象に行われていたため、確定診断される患者は限られていた。

  ところが、PACとPRAの測定が容易になり、一般医家でも可能になった。高アルドステロン血症、低レニン血症を拾い上げる指標としてアルドステロン/レニン比(PAC/PRA、ARR)も導入され、より多くの高血圧患者でPAのスクリーニングが行われるようになった。その結果、低カリウム血症のないPAが少なくないことが判明。PAのうち低カリウム血症を呈する割合は約10〜40%程度と考えられるようになった。西川氏は「2005年ごろには、PAはまれな疾患ではないと認識されるようになった」と話す。

  報告によって異なるものの、国内のPAの頻度は高血圧患者の3.3〜10%前後。高血圧患者は国内に3500万〜4000万人といわれており、PAの推定患者数は200万〜400万人。特に治療抵抗性の高血圧患者の30〜40%を占めると考えられており、PAは2次性高血圧の中で、最も頻度の高い疾患となっている。

  さらにPA患者は、本態性高血圧患者に比べて、脳卒中や心房細動、左心室肥大など心血管系の合併症を高率に発症することも報告されている。最近ではアルドステロンが心血管系で局所産生され、直接心筋や血管などに作用して線維化を進めることも明らかになった。PAは臓器障害のリスクファクターとして認識されつつある。

内分泌学会がGL公表へ
  PAを取り巻く状況が変化したことで、関連学会による診療ガイドラインの整備も進んだ。米国内分泌学会は2008年、PAのガイドラインを作成。国内では日本内分泌学会が、臨床重要課題の1つとしてPAを取り上げ、06年に「原発性アルドステロン症診断の手引き」を公表。同学会は、診断の手引きを発展させた「原発性アルドステロン症の診断治療ガイドライン」を今年6月20日付で発刊した。

同ガイドラインによれば、PAの1次スクリーニングは、初診全高血圧症例でPACとPRAを測定し、ARRを調べることとされている。同学会原発性アルドステロン症検討委員会委員長でもある西川氏は、「ガイドラインでは、ARR>200(PACの単位がpg/mlの場合)をスクリーニングの基準とした。ただし、PRA<1.0ng/ml/hrかつPAC>10.0ng/dlであっても、PAを疑うべきだ」と話す。30分以上前から安静臥位での採血が望ましいとされているが、座位での採血でもよい。

  ちなみに降圧薬の中でも、利尿薬抗アルドステロン薬β遮断薬を服用している場合は、血圧に注意しながら利尿薬と抗アルドステロン薬は6週間以上、β遮断薬は2週間以上前に、ほかの降圧薬に変更し、ARRを測定する。ほかの降圧薬としては、血管拡張薬ブドララジン(商品名:ブテラジン)、一部のα遮断薬やカルシウム拮抗薬が挙げられている(図1)。

図1 一般医家向けの原発性アルドステロン症診断の手引き

図1

ちなみにアンジオテンシンII受容体拮抗薬ARB)、アンジオテンシン変換酵素ACE)阻害薬についても中止とするが、服用中止が困難な症例では服用したままARRを測定してもよいことになっている。

  PACとPRAの測定の結果、PAが疑われれば専門医療機関へ紹介し、外来で確定診断のための負荷試験を行う。カプトプリル負荷試験フロセミド立位負荷試験生理食塩水負荷試験のいずれか2種以上を行い、診断する(図2)。

図2 専門医療機関向けのスクリーニングと確定診断の流れ

図2

 PAと確定診断された場合は、外科手術または薬物療法を行うことになる。外科手術が可能な身体状況であり、患者が外科手術を希望する場合は、腹部CT検査で病変や血管走行を調べ、副腎静脈サンプリングAVS副腎静脈採血)を実施して病変が一側性か両側性かを判定する。AVSはカテーテルを大腿静脈から挿入し、副腎静脈のコルチゾール濃度などを測定して、過剰アルドステロン産生部位を判定する。

  AVSで一側性であることが確認できれば、腹腔鏡下副腎切除術を行い病変のある副腎を切除する。その効果について西川氏は、「外科手術を行った患者の60〜70%は、降圧薬の投与から解放される。また、そうでない場合も、降圧薬の内服量や種類を減らすことができる」と話す(5ページ症例1参照)。

  ただし、すべての患者で降圧薬が不要になるわけではない。高血圧の病歴が長い症例や、臓器障害を合併した症例、肥満者では完治しづらい。また、対側副腎に後日病変が出現することもあり、副腎切除術後も注意して経過観察することが重要だ。

一方、AVSの結果、病変が両側性だった場合や、外科手術を希望しない場合は薬物療法を行う。抗アルドステロン薬スピロノラクトンアルダクトンAほか)、エプレレノンセララ)に、必要に応じてCa拮抗薬などの降圧薬を組み合わせる(図3)。

  なお、国内では日本高血圧学会も「高血圧治療ガイドライン2009」の中で、内分泌性高血圧の1つとしてPAについて取り上げているが、1次スクリーニングの対象や病変が一側性か両側性か判定する方法などについては、日本内分泌学会のガイドラインと一部異なっている。

図3 専門医療機関向けの局在診断と治療の流れ

図3

原発性アルドステロン症の1例
(提供:東北大病院腎・高血圧・内分泌科講師の佐藤文俊氏)

CT検査で長径23mmの左副腎結節が確認された。ただし、副腎静脈サンプリングにより結節は非機能性と判明した。CT検査で確認された腺腫が非機能性であるようなケースは少なくない。
■症例 32歳、女性。
■主訴 夜間尿を伴う高血圧
■既往歴 2型糖尿病、気管支喘息
■現病歴 27歳時から高血圧を指摘されており、CT検査(写真1)で左副腎に長径約2cmの腫瘍を指摘されたため、精査目的で2007年10月に当科紹介。
■経過 外来でのカプトリル負荷試験等で原発性アルドステロン症と確定診断。2008年1月、副腎静脈サンプリングを施行し、CT検査で確認された長径23mmの左副腎結節は非機能性であり、アルドステロン過剰の局在は右副腎であると診断した。
 本人の都合もあり同年7月に右副腎の摘出術を施行。術後の病理診断およびステロイドホルモン合成酵素の免疫組織化学的検討により、長径2mmの微小アルドステロン産生腺腫を確認した(写真2)。
 術前に抗アルドステロン薬のエプレレノン100mg、カルシウム拮抗薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬、α1阻害薬を要したが、術後は降圧薬は不要となり、家庭血圧は110/70mmHg台となった。1年後の外来時もBP118/74mmHgであった。

写真2

右副腎の摘出術後の免疫組織化学的検討で、長径2mmの微小アルドステロン産生腺腫は3βHSDの発現は陽性、P450c17の発現は陰性で、アルドステロン産生の条件を満たしていた。


2010.06.25 記事提供:日経メディカル