2004年、オーストラリアの先住民アボリジニに対する調査研究で、深刻な健康状態が判明した。早速、栄養改善研究に乗り出そうとしたが、なかなかうまくいかない。

研究に協力してもらえる人たちを、大豆入りのパンを食べるグループと、見た目は同じで大豆の入っていないパンを食べるグループに分けようとしたところ「不公平だ」という声が相次いだ。研究の科学性を保つには集団を無作為に二分してどちらか分からずに食べてもらうが、大豆入りが体にいいのなら、そちらを食べたいとみんな主張した。

さらに糖尿病患者の多さが改善研究の壁となって立ちはだかった。血糖値が基準値を少し超えた境界域レベルの軽症であれば問題はないが、尿にたんぱくが出るほど腎機能が低下していると、大豆は高たんぱくな食なためむしろ病状を悪化させかねない。

こうした糖尿病患者は改善研究の対象から除外しなければならないが、その割合は全体の約4割にのぼる。しかも年配者に糖尿病が多く「年長者への敬意」を重んじるアボリジニにとって長老をはずすことはもってのほかと映ったようだ。

たまたま、われわれが運動や食事を指導して健康状態が大幅に改善した70代のオーストラリア男性が地元テレビに紹介され、アボリジニの目にとまった。胴回り・体形の変化は著しく、「こんなに成果が期待できるのであれば」ということで、進んで2種類のパンを食べてくれた。
腎臓への負担を減らすため、大豆そのものでなく大豆の健康成分のイソフラボンやサポニン、マグネシウムやカルシウムなど入ったものをタブレット(錠剤)にして飲んでもらうことにしたところ、長老も満足してくれた。

アボリジニは歴史的に様々な権利を奪われてきた。土地を取り戻し、大豆を植えて大豆生産拠点を築き、経済的自立を目指す。自らもそれを食することで健康への基盤も整えられていく。アボリジニが健康を取り戻すのに少しでも力になることができればと考えている。

(武庫川女子大国際健康開発研究所長  家森 幸男)

2006.12.17 日本経済新聞