ラクトフェリンは糖たんぱくの一種で動物の乳汁に多く含まれる物です。
効果は下記サイトからの抜粋ですが以下のような物があります。
・B・C型肝炎治療薬・インターフェロン併用薬・ウイルスの減少効果
・免疫強化・ウイルスに対しての殺菌効果
・抗がん剤に対して、副作用の抑制と改善
・肺がんの予防・転移の抑制
・大腸がんの予防・抑制効果
・大腸菌の増殖抑制と殺菌効果
・アトピー性皮膚炎の抑制と改善
・水虫・腋臭(ワキガ)の抑制と改善
・整腸機能の活性化
・口内炎の改善
・分泌物の悪臭抑制
ミルクの中に入ってはいるのですが熱に弱く、市販の牛乳やチーズのような加熱殺菌してある物からは取りにくいようです。
ラクトフェリンの製剤は抽出された物なので量も多く摂れますね。
基本的に他の健康食品や薬剤との飲み合わせは大丈夫のようですが、主治医と相談された方が良いと思います。
(下記サイトに抗がん剤との併用も記されています)
注意点は乳製品ですので牛乳アレルギーの人は摂らないこと。
飲み始めに主に胃腸に体質の変化が現れるようなので、様子を見ながら適宜増減という所でしょうか
ラクトフェリン
ラクトフェリンは、哺乳動物のミルクに含まれるタンパク質の一種です。特に出産後の数日間に出る初乳の中には、抵抗力が弱い赤ちゃんをウイルスや細菌から守ってくれる成分がたくさん含まれていますが、ラクトフェリンはその中のひとつです。
ラクトフェリンは、ウイルスと接着することで、ウイルスの細胞感染を防いでくれます。
また、胃、十二指腸潰瘍の原因とされるピロリ菌とも接着してピロリ菌が胃の粘膜に付着するのを抑えて、そのまま、体外へ排泄してくれる働きももっています。
ラクトフェリン免疫
【ラクトフェリン免疫とは】
・ラクトフェリンは、哺乳動物の唾液や乳、涙などの分泌物に含まれているタンパク質である。ラクトフェリンは特に母乳に多く含まれ、抵抗力の弱い乳児を細菌やウイルスから守る働きを持っているのだ。
・ラクトフェリン免疫は、成人に対してもこの作用は同じように働き、ラクトフェリンは免疫機能強化、抗炎症、抗菌、抗がん作用効果などがある。
【ラクトフェリンの効果・効能】
・ラクトフェリンは、ペプシンという胃の中に存在する酵素で分解され、一部はラクトフェリシンという抗菌ペプチドとなる。この物質が、大腸菌という悪玉菌やO-157、カンジダ菌、ヘリコバクターピロリ菌などに対して強い殺菌効果を発揮する。この抗菌作用は、最近ではC型肝炎にも有効だという研究結果もある。
・ラクトフェリン免疫は、ウイルスに対して防御力を強く発揮することで、免疫機能を高めていると考えられている。また白血球の活性を高める働きもあると指摘されており、がん細胞に対しても効果があるとみられている。
・さらにラクトフェリン免疫には、鉄とくっつく性質があるのだ。鉄分が欠乏しているときには腸からの鉄の吸収を促進し、逆に鉄が余剰サイドのときには鉄の吸収を抑えるように働くため、例えば貧血気味の人には効果が期待できる。
【ラクトフェリンの摂取のポイント】
・ラクトフェリンには熱に弱い性質を持っているので、食品から摂取するのは難しい。サプリメントとして摂取するのが効果的であろう。
・免疫力を高めたいなど、日常生活に取り入れるなら、1日500mg〜1.2gが目安といわれている。ただし牛乳に対してアレルギーのある人は控えたほうがよいであろう。
ラクトフェリンの効果
ラクトフェリンは乳や唾液、涙などに含まれる抗菌作用のあるたんぱく質です。体内で微生物が鉄と結びつくのを妨害し、微生物の増殖を防ぎます。大腸菌の増殖を抑制してビフィズス菌を増やすといわれ、身体の調子を保ち、免疫を増強する働きがあるといわれています。またラクトフェリンは炎症を抑える働きもあり、肺炎などの炎症系疾患によいとされています。ラクトフェリンは牛乳や乳製品に多く含まれており、チーズやヨーグルトにアイスクリームなどからも摂取できます。
免疫ミルクとは?
人間は成長の過程で、様々な感染症を経験し抗体を持ちますが、女性は妊娠すると、母親になるまでに持った抗体の中のいくつかを、妊娠中は胎盤から、出産直後は初乳中に与えることができます。
この原理を乳牛に応用して開発された粉ミルクが免疫ミルクです。
免疫ミルクは、乳牛に26種類の病原菌(人間の感染症の原因菌)を抗原として与え、乳牛の体内に26種類の病原菌に対する抗体を産生するようにし、その乳牛のミルクを搾乳し、最終的にスキムミルクにしています。
免疫ミルクは、さまざまな生理活性物質が含まれており、牛乳にはあまり含まれないラクトフェリンも多く含んでいます。
免疫ミルクの摂取法
免疫ミルクの1日の摂取量は定められていません。
栄養補助食品として摂取する場合は、製品の表示をお確かめください。
50℃以上の温度では成分がそこなわれます。
免疫ミルクを摂取する際の注意点
一度に多く摂ると、下痢気味になることがあります。
乳児用ミルクとしては、使うことはできません。
先天性乳糖不耐症の方、腎臓病で医師から栄養摂取を制限されている方、重い肝臓病の方、牛乳アレルギーや食物アレルギーの方は、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
なぜ健康食品としてのラクトフェリンに注目しているのでしょうか。
なぜラクトフェリンか
腸溶性ラクトフェリン研究会では、健康食品としてのラクトフェリンの生理活性に興味を抱き研究してきました。それは図1に示すようにラクトフェリンが" (1) 異物認識に始まる自然免疫発動から (2) 獲得免疫へと連鎖反応する免疫カスケード"を賦活する(あるいは正常化する)ことが、まだ頼りないレベルですが、動物実験及び分子生物学的に証明されているからです。
世をあげて免疫ブームですが、このような作用を持った物質は他に知られていません。さらに素晴らしいことに、経口投与されたラクトフェリンは腸管吸収を経て血液脳幹門を越え、内因性オピオイドの作用を増強します。つまり、疼痛や不安など諸々のストレッサー(ストレスの原因となるもの)からわれわれの神経を守ってくれます(図2)。μオピオイド受容体をノックアウトしたマウスの行動を観察することにより、オピオイドの作用がより明確になりました。つまり、オピオイドは単に疼痛を緩和するだけでなく哺乳類の精神活動にまで及ぶことが明らかにされつつあります。
病気を治療するベネフィットだけのクスリはないでしょうか?
クスリのリスクとベネフィット
製薬会社の研究所では日夜いろいろの化合物をクスリの候補として研究開発していますが、リスク、つまり、副作用がない化合物はクスリにならないというぬきがたい固定観念があります。クスリはもともとベネフィットとリスクとで成り立つ外来物質です。"副作用の心配がまったくなく、病気を治療するベネフィットだけを持つクスリはないだろうか?"という考えこそがまさに長期にわたって我々をラクトフェリンに執着させた原動力です。
1968年、東京大学と某大手製薬会社の研究グループは、ミコフェノール酸という抗生物質が抗ウイルス活性、抗ガン活性、免疫抑制作用を示すことを発見しました。この物質は100年以上も前に発見されていたにもかかわらず、これといった用途もないまま放置されていたのです。この物質がどれほど魅力的であったかは、世界で同時に米、英、デンマーク、日本の製薬会社が抗ガン剤として秘密裏に研究開発していたことでもわかります。その大手製薬会社と東京大学医科研は1969年に、ミコフェノール酸がユニークな免疫抑制作用を示すことも発表しましたが、当時の我が国は臓器移植用の免疫抑制剤の市場(ニーズ)がありませんでした。その後、世界的な大手製薬会社であるロシュが、ミコフェノール酸誘導体を免疫抑制剤として開発し、1995年には腎臓、心臓及び肝臓移植時の免疫抑制剤として、米国を始めとする先進諸国で行政から許可を取得しました。いま、その誘導体(商品名:セルセプト)は移植臓器の免疫的な拒絶反応を防ぐ標準的な治療薬の一つで、ロシュのドル箱製品になっています。
ミコフェノール酸は、イノシン酸リン酸をグアニル酸リン酸に変換する反応に関与する酵素、IMP dehydrogenaseの阻害剤で、GTPあるいはdeoxyGTPの合成を阻害します。
毒物ですが、拒絶反応に関与するリンパ球が適応的に生合成するIMP dehydrogenase IIを特異的に阻害することで選択的に拒絶反応を防いでいるといわれています。当然のことながら、このクスリは移植臓器を拒絶反応から守るだけでなく、病原微生物の感染から身体を守る免疫系も抑制します。つまり、移植臓器を拒絶反応から守るベネフィットと、感染症にかかるリスクとが背中合わせになっているのです。免疫抑制剤がなければ患者は死ぬという状況下では、免疫抑制剤は必要悪です。この例が示すように、末期ガンや臓器移植のように生命維持が危機に瀕したときに使われるクスリほどリスクが高い傾向にあります。
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増加の一途をたどる現代人の慢性病ですが、その治療薬は安全でしょうか。
慢性病治療薬のリスク
西洋薬に限界を感ずる理由の一つに慢性病の治療薬があります。人体を構成する諸組織には、もともと「大きな余力」と「恒常性を維持するための強い復元力」があるはずです。慢性病の発症は、余力が使い尽くされた身体が耐えきれなくなって、悲鳴を上げている状態ではないでしょうか?増加の一途をたどっている動脈硬化、II型糖尿病、高血圧の成人病御三家とガンは、数十年もかかって発症する典型的な慢性病です。ところが現代医療が提供するクスリのほとんどは、比較的短時間で結論が出る実験動物の病態モデルで選ばれてきました。新薬の臨床試験にしても、慢性病に苦しむ患者の"生活の質(QOL)"を改善し、病態を治癒に向かわせていることが分かるほど充分な時間をかけて結論を出す経済的な余力はありません。多国籍で巨大化したメガファーマですら同様です。
このような過程を経て選ばれた治療薬を長年フォローしてゆくと、病を治すどころか、むしろ重くする悪循環をもたらすことがありえるのではないでしょうか。慢性病治療薬の現状が必ずしも満足すべきものでないことは、最先端をゆく人工心臓の研究者が代替医療にのめり込んでいることからも明らかでしょう。
我々がラクトフェリンの研究開発に執着した理由も、ラクトフェリンがまったくリスクなしに"免疫"と"脳神経"という動物の生命維持にとって必須の機能に影響を及ぼしているように思われたからです。
ラクトフェリンは、鉄の毒性と妥協し、それを飼い慣らすために生まれた古い起源を持つタンパク質です。
ラクトフェリンは、鉄の毒性と妥協し、それを飼い慣らすために生まれた古い起源を持つタンパク質です。
ラクトフェリンの起源と構造
ラクトフェリンは、1939年に「牛乳の赤いタンパク質」として、スウェーデンの学者が発見しました。ヒトを含む哺乳類の乳、分泌液、成熟好中球の顆粒に含まれる分子量約8万ダルトンのタンパク質で、2〜3個のシアル酸からなる糖鎖(分子量の10%程度)を持っています。ラクトフェリンは血液中の鉄蛋白であるトランスフェリンと同様、Fe3+を二個分子内にキレートする性質があります。原始的な生命が誕生した地球は、現在と比べると酸素濃度が低く、環境に多量のFe3+イオンが存在したと云われています。Fe3+は不飽和脂肪酸、糖類と共存すると急速に連鎖反応を起こし脂肪酸を過酸化することからも分かる通り猛毒ですが、ヘモグロビンに含まれる鉄は生命維持に必須です。
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図4 ヒト・ラクトフェリンの構造 |
1986年、ニュージーランド、マッセイ大E. ベーカー教授提供
トランスフェリン−ラクトフェリン属タンパク質は、鉄の毒性と妥協し、それを飼い慣らすために生まれた古い起源を持つタンパク質と思われます。その証拠には母乳の鉄飽和度は5〜7%、牛乳では11〜15%、成熟好中球のラクトフェリンは0〜2%で、遊離のFe3+が生体内の微少環境に放出されるや否や、即刻Fe3+をキレートして有害な影響をマスクする体制が整っています。いつ頃、トランスフェリンとラクトフェリンの分化が起こったのかは明らかでありません。Fe3+に対する親和性はトランスフェリンと比べて300倍強く、両者を一緒にインキュベートするとトランスフェリンのFe3+はすべてラクトフェリンに移行します。したがって、感染局所のようにFe3+が病原微生物の増殖を促し致命的に作用する場合、Fe3+をキレートして有害な影響を除去するのはトランスフェリンではなくラクトフェリンと考えられます。すでに、ヒト、ウシ、ラクダ、ウマのラクトフェリンは、結晶X線回折により構造が決まっています(図3)。それによると、ラクトフェリンは700以上のアミノ酸が結合した一本鎖のポリペプチドで、ほぼ同じ数のアミノ酸からなるC末端とN末端はジスルフィド結合(-S-S-)で球状に丸まり、二つの球体が団子状にくっついた構造をしています。
ラクトフェリンには34から36のシステインが含まれているからです。各球体の中心には、キレート結合によりFe3+が固定されています。
表1 ラクトフェリンの濃度 |
ヒトにおける濃度 |
乳中のラクトフェリン濃度(mg/ml) |
唾液 |
5-10μg/ml |
涙 |
0.7-2.2mg/ml |
胆汁 |
10-40μg/ml |
膵液 |
0.50mg/ml |
尿 |
1μg/ml |
血漿 |
0.1-2.5μg/ml |
好中球 |
3.45μg/ml |
|
ヒト |
初乳 |
6-8 |
常乳 |
2-4 |
ウシ |
初乳 |
<1 |
常乳 |
0.02-0.35 |
|
|
ラクトフェリンは哺乳動物の乳、粘膜を被覆する粘液に含まれており、とくにヒトの赤ちゃんが生まれた直後に摂取する初乳に多く含まれています。赤ちゃんが母乳から摂取するラクトフェリン量は、一日あたり7〜10gにも達します。この量は乳の主要蛋白であるカゼインに次いで多いのです。出生直後の人類はラクトフェリンにもっとも依存度が高い動物種と言うことができます。
このことはラクトフェリンが単に栄養を充足するタンパク質として母親から与えられるだけでなく、何らかの機能を持っていることを示唆します。また、涙や子宮の分泌液などのように直接的に外界の異物と高い頻度で接触する最前線の粘液に多量に含まれています。好中球106個あたり3〜5μgも含まれているとする論文もあり、好中球は毎日1012個入れ替わっていますから、成人は一日あたり3-5gくらい合成している勘定になります。つまり、人体のラクトフェリン合成量は、血清アルブミンに次ぐと言ってよいでしょう。それにもかかわらず役割については、ほとんど分かっていません。これから数回に分けて、ラクトフェリン研究開発の状況をご説明することにします。
ラクトフェリンは母親が愛児に与える天然の生体防御物質です。
ラクトフェリンは図1に示すように「免疫賦活作用」、「鎮痛・抗ストレス作用」、「脂質代謝改善と基礎代謝昂進」等々、優れた効能・効果を持ちながら、素晴らしさが世の中に認識されていません。それは経口投与したラクトフェリンの吸収・代謝を巡り混乱した状態が続いているからです。この章では混乱の原因と腸溶製剤の必要性を説明します。
タンパク質医薬
昔から日本には清酒、醤油、味噌など発酵食品製造の伝統があります。これらの食品が如何に優れていたかは、醤油が欧米の食文化に定着し、スーパーマーケットの定番商品になっていることからもわかります。その源流が中国南部の照葉樹林地帯にあったとしても、現在のような洗練された食品に仕上げたのは、我が国固有の文化的伝統でした。この発酵食品の伝統は、医薬品産業にも生かされています。古くは滞米中の高峰譲吉博士が着目したのは、清酒醸造に使われる麹の消化酵素でした。清酒醸造は麹カビがつくる消化酵素を巧みに利用する産業で、米飯に多量のアミラーゼ、プロテアーゼを含む麹を混ぜデンプンとタンパク質を分解します。消化剤として一世を風靡したタカジアスターゼは、清酒醸造の伝統なしには考えられませんでした。この伝統は現在でも生きています。
例えば、世界でもっとも売上高が大きい医薬品は、人体用が血清コレステロール低下剤"スタチン類",動物用がイヌのフィラリア治療に使う"イベルメクチン"ですが、双方の起源が日本で発見された発酵生産物にあることは意外と知られていません。また、臓器移植時における拒絶反応を抑制する"タクロリムス"も、国産の発酵による薬剤です。
一方、我が国ではタンパク質を広義のクスリとして活用してきました。例えば、昔は風邪をひくと清酒に生卵を混ぜた"月見酒"を呑む習慣がありました。月見酒は今日から見ても驚くほど合理的です。アルコールは体を温めてくれますし、卵白には溶菌酵素であるリゾチームとニワトリのラクトフェリンに相当するコンアルブミンが多量に含まれているからです。今日、多くの総合感冒薬にリゾチームが含まれていることからも月見酒の有効性は明らかでしょう。それではラクトフェリンではどうでしょうか?成人がラクトフェリンを経口摂取し、赤ちゃんと同じ効能効果を発揮させるための前提を考えてみることにします。
乳児の胃はレンネットを分泌して乳をカードと乳清に分けますが、ラクトフェリンは大部分が乳清に残存し、小腸に送り込まれます。
乳児の胃 - レンネット(凝乳酵素)
皆さんは乳児が嘔吐すると、吐瀉物に白い塊があることを記憶されていると思います。白い塊はカードと言います。乳のカゼインにレンネットが作用しκ-カゼインと呼ばれるペプタイドを切り離すと、残りの部分は乳脂肪を巻き込みながら凝集してカードを形成するのです。この現象は、われわれの食生活と大きな関係を持っています。
遊牧あるいは酪農と呼ばれる乳利用の食糧生産にとって、牡獣は常に厄介物でした。種付けは優秀な牡1頭でこと足りますし、発情期の牡は雌を巡って激しく闘争し、群が制御不能になるので、ウシ、ヤギの牡は出生直後に食用になる運命にありました。ところが、人類はいつの頃からか多量のレンネットを含む牡幼獣の第四胃を乾燥保存し、チーズづくりに使うようになったのです。乳に乳酸菌を加えて発酵させ、頃合いを見計い第四胃の粉末を加えると、乳は豆腐のような白色の塊(カード)と黄色い半透明の液体(乳清)に分かれます。
その際、ラクトフェリンは大部分が乳清に残存します。赤ちゃんの胃でも同じです。つまり、乳児の胃はレンネットを分泌して乳をカードと乳清に分け、小腸に送り込むのです。このことはラクトフェリンが作用する場が、胃ではなく小腸以下の消化管であることを意味しています。ラクトフェリンは小腸では比較的安定で、トリプシン、キモトリプシンが作用しても簡単に分解することはありません。また、乳児の糞便にヒト-ラクトフェリンを加え、嫌気的な条件下で37℃に保温し1週間ほど放置してもほとんど分解されません。
ラクトフェリンは蛋白分解酵素に対して抵抗性がありますが、唯一の例外はペプシンです。
離乳後の胃 - タンパク質分解システム
ところが離乳後は胃における消化システムが全く異なってきます。胃酸が分泌されるようになりpHは1.2に低下します。また、レンニンに代わり強酸性で蛋白質を分解するペプシンがはたらくようになります。ペプシンは食物蛋白を断片化し、小腸における消化吸収を助けますが、同時に食物を殺菌する役割を担っています。微生物の胞子は例外ですが、食物に含まれるほとんどの微生物は強酸性でペプシンが作用すると死滅します。ラクトフェリンは蛋白分解酵素に対して抵抗性がありますが、唯一の例外はペプシンです。胃の中におけるラクトフェリンの半減期は7〜8分です。食物は胃に2時間以上滞留しますから、消化された食物塊が幽門から小腸に流下する頃にはラクトフェリンは1/215、つまり0.0001%以下しか残存しません。
空腹時にラクトフェリンを水溶液として呑むと、溶質は比較的分解を受けずに空腸に到達することが知られています。その場合でも、分解を受けずに到達するラクトフェリンは、摂取量の半分以下です。成人でも胃における分解を回避し、ラクトフェリンを小腸に送り込むことはできないものでしょうか?
経口投与したラクトフェリンに効能・効果を発揮させるためには、腸溶製剤として投与することが絶対条件です。
ラクトフェリンの吸収・代謝をめぐる混乱
ラクトフェリンを細胞生物学あるいは動物実験で評価すると、往々にして素晴らしい効果が認められます。しかし、動物実験の成績がヒトの臨床効果に反映されるかといえば、必ずしもそうとは云えないのが現状です。
ラクトフェリンのペプシン水解物が、実験動物の癌転移モデル並びに化学発ガンモデルでラクトフェリンと同等の効果を発揮したという結果から、一部の専門家は、ラクトフェリンのペプシン加水分解により生ずるラクトフェリシンが、生物活性の本体と主張しています。ラクトフェリシンは塩基性アミノ酸に富むラクトフェリンN末端から切り出される強塩基性ペプタイドです。
L-リジンの重合物、α-ポリリジンは強塩基性のペプタイドですが、1960年代、in vitroで強い抗菌、抗ウイルス活性を示すことが知られていました。興味深いことに、ある種の放線菌はω-アミノ基が重合したポリリジンを生産し、ω-ポリリジンはコンビニエンスストアのオニギリ用防腐剤として実用化されています。コンビニのオニギリを食べて「免疫能が賦活された」、「感染症が治癒した」と言うことは聴いたことがありません。ラクトフェリシンが活性本体と主張する専門家は、乳児がなぜラクトフェリンを分解せずに小腸に送り込んでいるのか説明する必要があります。
仮に、ラクトフェリンのペプシン水解物が、実験動物の癌転移モデル並びに化学発ガンモデルでラクトフェリンと同等の効果を示すとしても、それはマウス、ラットでのことで、ヒトでの臨床に外捜できるかどうか疑問です。経口投与したラクトフェリンあるいはペプシン水解物が効能・効果を発揮するのは、小腸粘膜への結合を介してであることに関しては誰しも異論がありません。問題は幽門から十二指腸に流下したペプシン水解物が、効率よく空腸下部と回腸に到達できるかどうかです。水解物はラクトフェリンと比べ、小腸ではるかに速やかに消化分解され、栄養物として吸収されるからです。
マウス、ラットの小腸は、たかだか数センチ〜数十センチに過ぎません。その程度の移動距離であれば、ある程度のラクトフェリシンが消化を免れて空腸下部と回腸部に到達するでしょう。ところが人の小腸はラットの数倍、6メートルもあり、ペプシン水解物がそのままの形で下部の回腸まで到達できるとは考えられません。経口投与したラクトフェリンに効能・効果を発揮させるためには、腸溶製剤として投与することが絶対条件です。
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ラクトフェリン腸溶錠の研究開発に成功しています。
腸溶製剤
腸溶製剤はアスピリンのように胃壁を荒らす薬物あるいは胃の中で破壊される薬物を保護し、小腸に到達して始めて薬物が溶け出すように設計したDDS技術の産物です。経口製剤の錠剤、カプセル剤、顆粒剤などは、腸溶性皮膜で被覆されます。皮膜は胃の酸性では溶けず、小腸に到達して始めて崩壊するセルローズ誘導体が使われています。ところが我が国では腸溶性皮膜をつくるセルローズ誘導体を食品分野に応用することは禁じられているので、貝殻虫のロウであるシェラックあるいはトウモロコシの穀粒に含まれるタンパク質、ツェインが使われています。シェラック、ツェインは天然物ですから品質にばらつきがあり、完璧な腸溶製剤をつくるには"名人芸"が必要ですが、ある会社ではラクトフェリン腸溶錠の研究開発に成功し、数年前から製造販売を手がけています。
ラクトフェリンは人体に寄生している弱毒病原体増殖に由来する炎症を抑え込む。
牛乳から抽出したラクトフェリンが育児用調製粉乳に添加され、健康食品として出回ってから既に15年以上経過しています。この間、ラクトフェリンの研究開発を主導したのは、タンパク質を医薬品化した経験がある製薬会社ではありませんでした。医薬品的な発想でタンパク質の効能・効果を有効に発揮させようとすると、まず投与法をどうするかということからアプローチして行くことになります。
Medlineでラクトフェリンを調べると4,500近い論文が集積しており、隔年開催のラクトフェリン国際シンポジウムが第七回を迎えることでもわかるとおり、このタンパク質は研究者にとって魅力あるテーマの一つであることは確かです。事実、集積された幾多の論文が示すように、動物実験におけるラクトフェリンの効果は素晴らしいものです。しかし、齧歯類動物を実験動物として示された実験成績が、必ずしもヒトで再現されないことが問題でした。この章ではそれらの素晴らしい研究成果を社会に還元するにはどうしたらよいか、還元されるとどのようなことが起こるかを考えてみます。
研究の成果
イタリー・パドバ大学の研究者達は、Helicobacter pyloriを胃から除菌する二重盲検臨床試験で、従来の三剤併用療法にラクトフェリンを付加するとほぼ完全に除菌できることを発見したのです(表1)。
表1 標準治療法に付加されたラクトフェリンの除菌率に及ぼす影響 |
薬剤 |
投与期間 |
除菌率(%) |
統計上の有意差 |
3剤+ラクトフェリン |
7日間 |
95.9 |
- |
3剤 |
7日間 |
72.5 |
<0.005 |
3剤 |
10日間 |
75.0 |
<0.005 |
|
ラクトフェリン(50 mg/ml)含有のヘミンとメナジオン添加Brain Heart Infusion培地を調製した。
ラクトフェリンの希釈系列は最高濃度を培地
で2倍希釈して作成した。菌を移植し、96時間グローブボックスで培養したのち、菌の成長を観察した。 |
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Dig Liver Disease. 2003. Oct; 35(10): 706-10から抜粋。150名のH. pylori感染者が参加した二重盲検臨床試験。(PPI,ラベプラゾール)、(抗生物
質、クラリスロマイシン)、(駆虫剤、ティンダゾール)3剤併用。(ラクトフェリン、牛乳由来)。投与 8週後に13C-urea breath testないし糞便中のH. pylori抗原テストで除
菌を判定
この治験は腸溶性のラクトフェリンは使っていませんが、胃酸産生を強力に阻止するプロトンポンプ阻害剤が治験薬に含まれています。したがって、胃のpHが高くペプシンは作用しないので内服したラクトフェリンは胃で分解されません。Helicobacter pyloriはβラクタム、テトラサイクリン、マクロライドなどの抗生物質に高い感受性を示す典型的な弱毒性の病原菌です。感染しても何らの症状も呈さない場合が殆どですが、消化性潰瘍の発症に加え、疫学研究は胃ガン、心臓の動脈硬化等の慢性病との相関を指摘しています。このような弱毒の病原菌あるいは病原性ウイルス(これ以降は弱毒病原体といいます)は未発見のものを含め多数あると予測されます。筆者は次に述べることから、人体に寄生している弱毒病原体を排除する、あるいは増殖に由来する炎症を抑え込む方法の確立が、高齢社会にあって健康で働ける期間を延長するうえで決定打になりうると考えています。
なぜ弱毒病原体が問題か。
弱毒病原体の生命への影響
なぜ弱毒病原体が問題かを考えてみましょう。見逃せないのは弱毒病原体(日和見病原体)が老化および癌を始めとする各種の慢性病と無関係ではないことです。1960年代、無菌操作技術が発展して無菌動物がつくりだされ、完全な無菌条件で無菌動物を飼育継代できるようになりました。とりわけ、狭い場所に多数を飼育できるマウスを使って、無菌環境が寿命に及ぼす影響が研究されました。
無菌マウスと親のSPFマウスの寿命を比較すると、前者はSPFより少なくとも1.3倍長寿であり、加齢による老衰もなく一斉に揃って死ぬことがわかりました(図2)。
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SPFはspecific pathgen freeの略で、急性で激烈な感染症を起こす潜伏病原体は除去されていると云う意味で、腸内細菌を始め弱毒の病原体は寄生しています。無菌マウスの死因は腸死でした。腸死とは小腸吸収上皮細胞の幹細胞が分裂増殖することができなくなり、栄養物を吸収できないので餓死するという意味です。吸収上皮細胞は寿命がもっとも短い細胞の一つで、24時間で腸管腔に脱落死滅します。したがって、その幹細胞はもっとも頻繁に分裂を繰り返し酷使されるので、身体を構成する200種あまりの細胞のなかで一番早く寿命が尽きるのです。一方、SPFは無菌と比べ老化が促進され、癌を始め腎障害、肺炎などの慢性病で早い時期からだらだらと死んで行きます。使われた無菌マウスとSPFマウスは、一卵性双生児と同様に完全に同じ遺伝子をもっています。また、双方とも温度22℃、湿度50%、無菌空気を送り込む清浄な環境で、食物繊維を含む完全栄養飼料を与えられ理想的な生活環境になっています。
両者がおかれている条件は同じですから、SPFマウスの老化促進と慢性病による早期死亡は、明らかに寄生している弱毒病原体と関係があります。弱毒の病原体は、強毒の病原体のように激しい感染症を起こすことはないが、身体の処々方々に定着し増殖する過程で炎症をひきおこします。炎症は限局されているので直ちに命取りになることはありませんが、炎症が繰り返されると、臓器・組織に癌を始めとする慢性病を発症させるのではないでしょうか。SPFが無菌マウスと比べ有意に短命で、無菌マウスにはない癌及びその他の慢性病に罹るのは、弱毒病原体による炎症が原因と考えられます。
人間はマウスと違うという反論は当然です。われわれの身体には100種以上で150兆個に達する腸内微生物を始め、皮膚、気道を始めいろいろな場所に多種多様な微生物・ウイルスが寄生しています。そうだとすれば、弱毒病原体が身体に侵入するのを防ぎ、既に体内にコロニーをつくっている場合には、それがさらに増殖して炎症を起こさせないように抑え込むことが加齢を防ぎ、慢性病発症のリスクを軽減するのではないでしょうか。
自然免疫から獲得免疫にいたるカスケードを賦活する。
ラクトフェリンの免疫賦活作用
細菌、真菌、原虫およびウイルスなどの弱毒病原体が体内に侵入するのを防御し、定着したコロニー内の病原体が暴れ出すのを抑え込むのはinnate immunityの役割です。Innate immunityには幾つかの訳語がありますが、ここでは獲得免疫(acquired immunity)に並立する概念として自然免疫といっておきます。ラクトフェリンは、この自然免疫を賦活する数少ない物質の一つです。これまでのラクトフェリン研究が陥った陥穽の一つは、有効性が直接作用に由来すると考えたことにありました。昔からラクトフェリンは抗菌活性物質といわれてきたことが先入観になり、解釈を誤らせたのでしょう。実際にはラクトフェリンが生育を抑制する病原体でも、抗生物質あるいは抗ウイルス物資と比べると、生育阻止濃度は数万倍から数百万倍です。しかも、ラクトフェリンの抗菌作用は静菌作用であり、大腸菌などは一定時間を経過すると何事もなかったように増殖してきます。実験動物の感染実験で認められるラクトフェリンの感染防御作用は、自然免疫から獲得免疫にいたるカスケードを賦活したためと考えるのが妥当です。
表2 ラクトフェリンの実験的感染症に対する感染防御効果 |
実験動物 |
病原体 |
感染経路 |
防御効果の内容 |
マウス |
大腸菌群 |
腹腔内 |
βラクタム抗生物質の効力を5〜100倍増強 |
マウス |
大腸菌群 |
尿路 |
同上、病原菌の腎定着を阻止 |
マウス |
腸内細菌群 |
腸粘膜 |
5-FU投与によるBacterial translocationを阻害、敗血症死を阻止(抗菌剤を使用せず) |
マウス |
肺炎桿菌 |
鼻腔 |
肺炎を予防(抗菌剤を使用せず) |
マウス、スナネズミ |
Helicobacter |
胃 |
胃における定着を阻害(抗菌剤を使用せず) |
マウス |
T型ヘルペス |
全身 |
感染死を予防(抗菌剤を使用せず) |
マウス |
キャンディダ |
腹腔内 |
感染死を予防(抗菌剤を使用せず) |
マウス、家兎 |
大腸菌 |
子宮内 |
流産を予防(抗菌剤を使用せず。局所投与) |
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ラクトフェリンが感染防御効果を示す実験動物の感染実験は数多くあります(表2)。思い出すままにあげると、(1) 肺炎桿菌のマウス腹腔内感染による敗血症死、(2) 真菌の一種で典型的な日和見病原菌であるキャンディダ・アルビカンスのマウスにおける感染症、(3) ヘルペス・シムプレックス-T型感染によるマウスの感染死、(4) ヘリコバ
クター属細菌の胃内感染・・・・・マウスばかりでなくスナネズミでも同様の効果があることが報告されている・・・・・・・、大腸菌をマウスと家兎の子宮内感染等々、等があります。
ラクトフェリンが加齢と慢性病の発症予防に持つ意義。
研究成果の社会への還元
図3にマウスの腹腔内に肺炎桿菌を感染させると起こる敗血症死に対するラクトフェリンの効果を説明します。肺炎桿菌を感染させると、対照群マウスは24時間以内に敗血症で死亡します。ラクトフェリンを与えても結果は同じです。一方、セファロスポリン系抗生物質のセフォポドキシムを与えると、マウスの生存期間は延長しますが、最終的には 6匹のうちの 1匹しか助か
りません。しかし、セフォポドキシムとラクトフェリンを一緒に経口投与すると、6匹すべてを救命することができました。すなわち、ラクトフェリンはセファロスポリン系抗生物質の効果を相乗的に増強する作用があります。この相乗効果をしらべてみると、次のようなことがわかりました。
(1) 経口投与によるラクトフェリンの最小有効量は純品換算で2.0 mg/kg以下
(2) 感染の7〜10日前に投与しなければ無効のOK-432,ペプチドグリカン、クレスチンとは異なり、感染1日前〜感染と同時に投与しないと効果がない
(3) 静菌的なβラクタム、テトラサイクリン、マクロライドとは相乗効果があるが、キノロン、アミノ配糖体のような殺菌的な抗菌剤とは相乗効果がない
(2) はラクトフェリンの作用機作がこれまでの免疫賦活剤とはまったく異なることを意味します。(3) はラクトフェリンの防御効果が生殺し病原菌(プロトプラスト) の免疫的な排除の促進にあることを示唆しています。
さらに、ラクトフェリンは抗菌剤を併用しなくても、bacterial translocation抑制及びラット、家兎の早流産予防から明らかなように、単独でも病原体に対する感染防御効果を示します。表2(前頁)はエンド・ポイントが明確で急激な感染症が惹起される実験系が選択されていますが、実は誰にでも起こりうる日和見病原体の感染症です。ラクトフェリンは少ない量を経口的に摂取しただけで、弱毒病原体の増殖・炎症を抑え込むことができます。このことが加齢と慢性病の発症予防に大きな意義を持っていることをお気づきでしょう。かりに健康で働ける期間が70歳から90歳に延長されれば、国としての活力を再び取り戻すことになるかもしれません。
ラクトフェリンは異物認識を高めます。ガン抗原に対してはどうでしょうか。
ラクトフェリンと感染防御
わが国における死因の第一位は癌であり、癌の発生、転移、再発に対する予防法の確立は重要な課題です。そこで今回はラクトフェリンとガンとの関係を採りあげることにしました。前章の"ラクトフェリンと自然免疫"では感染実験の結果からラクトフェリンは(1)自然免疫の賦活因子と考えられること、(2)単に自然免疫を賦活するだけでなく獲得免疫の活性を増幅していること、(3)その結果、実験動物における弱毒性の病原微生物及びウイルス(病原体)による感染症を防御すること、(4)無菌マウスの寿命を親であるSPFと比較した実験から、生体における弱毒病原体の増殖に伴う炎症は、老化、発ガンと慢性病発症の原因と考えられること等々をご説明しました。ラクトフェリンはヒトに持続感染している弱毒病原体(日和見病原体)による炎症を抑制すると考えられるので、老化を抑制し健康で働ける期間を延長する可能性があります。
図1はラクトフェリンが感染防御にどうかかかわっているか、実験データから考察して示しました。
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図1に示す異物は、病原微生物あるいは病原ウイルスが感染した細胞です。どうやら、ラクトフェリンは抗原提示細胞の抗原認識を賦活し、異物を貪食する際に放出するインターロイキン-18、インターフェロン-γにより好中球、ナチュラル・キラー細胞(NK)を活性化し、さらに所属リンパ節に流入した抗原提示細胞が抗原情報をヘルパーT細胞に提示し、キラーT細胞が増殖する過程を強化しているようにみえます。それではラクトフェリンがガン抗原の異物認識を高めるでしょうか。
ラクトフェリン研究のなかでもっとも進んでいるのは、国立がんセンターによる"ガンの化学予防"といわれる領域です。ガンが免疫的に異物かどうかについては議論が分かれるとことです。もちろん、同系(syngenic)マウスの移植ガンが、免疫的に排除されたという論文はたくさんあります。同系マウスは一卵性双生児と同様お互いに遺伝子が同じですから、免疫系は自己から生じたガンも異物として認識している、つまり、ガンには異物として認識される抗原があるという証拠になっています。しかし、抗原認識を受け持つ樹状細胞の受容体(Toll-Like
Receptors: TLR)が認識できる抗原は決まっています。ガンのように自己から発生し、抗原が千変万化する自己の細胞を異物として認識できるかどうかについては疑問があります。
ラクトフェリンは化学発ガン剤による発ガンを抑制することが分かっています。
ガンの化学予防
ラクトフェリンを使って"ガンの化学予防"と言われる領域を開拓してきた国立がんセンターは、動物実験で経口投与したラクトフェリンが化学発ガン剤による発ガンを抑制すること、ガン転移を予防することを確かめています。ガンの化学予防とは、ある物質を食物に加えて積極的に発ガン予防を成功させようと云う試みです。これまでも魚油に含まれる多価不飽和脂肪酸、人参・トマトなどの赤い色素カロチノイド、お茶の渋みカテキン、植物のポリフェノールなどが動物実験で発ガン予防効果があることがわかっています。しかし、それらは発ガン予防の有効量を動物に与えると毒性が出る、標的以外の臓器に発癌プロモーション作用などがあらわれる等々のリスクが払拭できませんでした。例えば、カロチノイドに関する大規模な二重盲検試験でも、決定的な発ガン予防効果は認められず、動物実験で示された効果がヒトの臨床試験で再現されていません。したがって、実際面での応用まで進められている例は少ないのが実状です。
国立がんセンターが報告しているヘテロサイクリックアミンによる大腸ガン発ガンに対するラクトフェリンの予防効果を要約すると図2のとおりです。
図に示すように50%を越える対照群のラットが大腸ガンを発ガンするのに対し、飼料にラクトフェリンを0.2〜2%添加して飼育した群では、発ガン率は半分から1/4以下に抑制されています。ラクトフェリンは、化学発ガン剤による大腸、膀胱、胃、食道、舌、肝臓、乳腺、肺等々の発ガンを抑制するので、予防効果は臓器特異的ではありません。また、ヘテロサイクリックアミンだけでなく、4-ニトロソキノリン-N-オキサイドのように機作が異なる発ガン剤による発ガンを抑制しますから、その発ガン抑制は、発ガン剤の種類を問わず非特異性と思われます。化学発ガン剤の種類を問わず臓器非特異的に発ガン予防効果があることは、ラクトフェリンを化学発ガン予防のために実用化するに際し、とても都合がよい性質です。大腸ガンは非常に再発しやすいガンです。したがって、外科手術でガンを摘出した後にラクトフェリンを与えると、再発が予防できるのではないかと誰でも考えます。事実、国立がんセンターは、ラクトフェリンを使った大腸ガンの二次予防を目的とする二重盲検試験が発足していることをホームページで報じています。
ラクトフェリンはなぜ発ガンを抑制するのでしょうか?
発ガン抑制の仕組
抗ガン剤とは異なりラクトフェリンはガン細胞に対して何らの細胞毒性も示しません。分子量が8万ダルトンを越える巨大分子ですから、経口摂取しても体内に取り込まれないと云うのが従来の定説でした。なぜ発ガンを抑制するのでしょうか?図3に示すマウスのB16-BL6メラノーマに対するラクトフェリンの作用にヒントが隠されています。
この実験では皮下注射したラクトフェリンは、移植したメラノーマの生育を阻害していません。それにもかかわらず、投与スケジュールの如何にかかわらず肺への転移は有意に抑制しています。この他にもメラノーマ細胞をマウスに静脈から移植し、肺に定着して生じたコロニーを数えたアジェニクス社のデータでも、遺伝子組替ヒト-ラクトフェリンを移植1日前ないし同時に投与するとコロニー数は1/50から1/100に激減しています。容易に肺転移を起こすマウスの大腸ガンColon26を使った実験でも、ラクトフェリンは移植ガンの生育には影響を与えないが、肺転移の数を劇減させる効果が認められます。したがって、ラクトフェリンは原発巣や時間がたってある程度の大きさに達した転移ガンに生育抑制効果を示さないが、ガンの転移は抑制するだろうと予想できます。事実、これまで末期ガン患者が腸溶性ラクトフェリンを内服した例でも、原発巣を縮小させる効果はないが、小さな転移巣は消失させる効果が認められています。
牛乳から抽出したラクトフェリンは、メラノーマが誘導する血管新生を有意に抑制する効果を示しました。
転移を抑制する効果
ラクトフェリンの転移を抑制する効果は、どのような作用に由来するのでしょうか?図4にマウスに移植されたB16-BL6メラノーマが誘導する血管の数に及ぼすラクトフェリンの影響を示します。ガン細胞は自己を宿主に養わせるため、血管新生を命令するはたらきがあります。
図4に示すように、牛乳から抽出したラクトフェリン(apo-LF)は、メラノーマが誘導する血管新生を有意に抑制する効果を示しました。apo-LF は、キレート結合している三価鉄イオン (Fe3+)を完全に除去したラクトフェリン、holo-LF はFe3+を100%飽和させたラクトフェリンです。血管新生を阻害されたガンのコロニーは、栄養と酸素の供給を断たれ、生育が停止し死滅します。つまり、ラクトフェリンはガンの泣き所である血管新生を抑制し、ガンを兵糧攻めにするのです。しかし、同じラクトフェリンでありながらFe3+を飽和したholo-LFがなぜ効果がないのかはわかっていません。
癌の血管新生を阻害する物質の研究は40年ほどの歴史があります。現在、臨床治験中の化合物はありますが、これまでのところ失敗の連続でした。臨床的に何らの毒性もないラクトフェリンがガンの血管新生を阻害することが証明されれば、医療にとって大きな福音になることは間違いありません。血管新生はガンばかりでなく失明に至る糖尿病性網膜症、黄斑性網膜変性症などの病因だけでなく、関節リューマチ、変形性関節症を悪化させる原因となっていることが証明されているからです。
ラクトフェリンの抗炎症作用が発ガン抑制の一因になっている可能性があります
化学発ガン予防に関与する因子
図5に国立がんセンターの津田等が提唱するラクトフェリンによる化学発ガン予防に関与する因子を示します。
ラクトフェリンがガン細胞が誘導する血管新生を阻害することは既に述べました。また、ラクトフェリンを経口投与すると、小腸上皮でインターロイキン-18の産生を誘導し、小腸粘膜固有層でNK細胞、キラーTリンパ球、ヘルパーTリンパ球、インターフェロンγ陽性のリンパ球出現を誘導します。これらの細胞がどのような経路をたどってガンの局所に集積し、サイトカインを放出して転移したガン細胞を死滅させるかは明らかでありません。ギリシャ語のガンは、語源がカニを意味したそうです。皮膚ガンが体表に拡がり、局所的に発熱して茹でたカニのようにみえたからでしょう。つまり、ガンは炎症です。ラクトフェリンは、抗炎症作用があり、ラットのアジュバント関節炎を抑制し、ヒトでは関節リューマチ及びシェーグレン症候群を改善します。したがって、その抗炎症作用が発ガン抑制の一因になっている可能性があります。ラクトフェリンは発ガン剤を肝臓で活性化する酵素の誘導を阻害したり、発ガン剤で処理した大腸上皮でアポトーシスを誘導する作用を示しますが、発ガン抑制にどのように関与しているかは不明です。
これまで申しあげたように、ラクトフェリンは他の健康食品と比べガンとの関係が多面的に検討され、動物実験で血管新生の阻害を始め免疫賦活、抗炎症作用などを呈することがわかっている数少ない健康素材です。例えば、血管新生の阻害をとっても、前述のように癌の予防だけでなく、難病である失明に至る眼疾患、関節リューマチ、変形性関節症などの治療に応用できる可能性があります。それらの研究成果を社会に還元するためには、製剤的な検討、投与のタイミングなど実地の医療に即した研究が待たれるところです
痛みを和らげる鎮痛作用や、母乳をのんで満腹した赤ちゃんの満ち足りた表情は何に由来するのでしょうか。
21世紀最大のフロンティア「脳科学」
現在、脳はもっとも活気に満ちた研究分野、脳科学はライフサイエンスに残された最大のフロンティアと呼ばれています。ラクトフェリンは大きな糖蛋白質ですから、脳研究に一役買うことになるとは正直なところ考えてもみませんでした。15年前のことです。口内炎に悩まされて食事がとれない末期ガン患者にラクトフェリンの顆粒を差し上げたことがありました。その後「痛みが緩和され食事がとれるようになった」と泣いて感謝されたのです。予想すらしていなかった結果に驚くばかりでした。それ以来、我々にとってラクトフェリンの鎮痛作用は、たいへん面白いテーマとなりました。
1960年代に脳にモルヒネのμ受容体が発見され、オピオイド研究は大きな変貌を遂げました。モルヒネが神経節のμ受容体に結合すると、疼痛シグナルの伝達が遮断されて痛みが緩和されるのです。
末梢で生じた痛みのシグナルは神経細胞を脳へ伝わるのですが、電線と違って神経細胞のあいだには隙間(シナプス、図1)があります。シナプスはラクトフェリンの脳・神経作用に重要な役割を果たしていることがわかってきました。
一方、この研究には大きな副産物がありました。我々の脳もモルヒネ受容体と結合する鎮痛ペプタイドを合成していたのです。それらはエンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィン等と呼ばれています。ここではモルヒネ、コデインのように植物性麻薬を外因性オピオイド、脳内で合成される鎮痛物質を内因性オピオイドとそれぞれ呼ぶことにします。麻薬は多幸感・恍惚感を生み出すので、耽溺して依存性に陥る悲惨な中毒患者が後を絶ちません。「生体内でつくられる内因性オピオイドなら中毒と関係がないだろう」と考える方もおられるでしょう。ところが皮肉なことに、内因性オピオイドにも耽溺性があるのです。
母乳を飲んでいる赤ちゃんは、満腹になると満ち足りた表情ですぐに寝入ります。この現象は乳中に内因性オピオイドの存在を暗示します。事実、カゼインの酵素分解物にはオピオイド受容体に結合するペプタイド(カゼモルフィン)が含まれていました。しかし、カゼモルフィンが母乳の快楽物質ではありません。"血液・脳関門"を越え脳脊髄液に取り込まれないからです。ラクトフェリンこそが乳の快楽物質だったのです。
強い痛みやストレスを受けると、内因性オピオイドが脳下垂体から放出され、疼痛やストレスを緩和すると云われています。
強い痛みやストレスを受けると、内因性オピオイドが脳下垂体か
ら放出され、疼痛やストレスを緩和すると云われています。
ラクトフェリンの鎮痛効果とオピオイド
表1にラクトフェリンの鎮痛効果をスクリーニングした動物実験の結果を要約します。いずれの方法でも、ラクトフェリンは鎮痛効果を示しました。そこでラットのフォルマリン・テストを使い鎮痛効果をさらに検討しました。図2の縦軸は第二相の足振り回数、すなわち鎮痛の度合いを示します。ラクトフェリン(経口投与)は、用量依存性に鎮痛効果を示しました。
表1 ラクトフェリンの鎮痛効果スクリーニング |
試験法 |
動物種 |
方法の概要 |
鎮痛効果 |
酢酸writhng・テスト1) |
マウス |
酢酸を腹腔内投与、身を捩る回数 |
+ |
ホットプレート・テスト2) |
マウス |
53℃の熱板上においたマウスが飛び上がる回数 |
+ |
フォルマリン・テスト3) |
ラット |
フォルマリンをfootpadに注射、痛がって足を振る回数 |
+ |
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1)マウスの腹腔内に酢酸を注射し、単位時間に痛がって身を捩る回数を数える方法。
2)単位時間に飛び上がる回数を数える
3)第一層(フォルマリン注射1〜10分)と第二相(10〜60分)に分かれる。第一層は物理的あるいは化学的な痛覚刺激が加わった直後に感ずる痛み、第二相は刺激が加えられた局所が炎症を起こした際に感ずる痛み。
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次に第二相に対するモルヒネの鎮痛効果を調べました。図3は横軸がモルヒネ投与量、縦軸は単位時間に足を振った回数を示します。投与法はラットの頭蓋骨にあけた穴から椎骨までカニューレを通し、そこから投薬する髄腔内投与です。モルヒネ10,000 ngを椎骨に注入してから痛がって足を振る回数は第一相で1/3、第二相で1/5に抑制されます。ラクトフェリンを1.25 pmol注入しても、少量ですから鎮痛効果を示しません。ところが鎮痛効果を示さない100 ngのモルヒネにラクトフェリン1.25 pmolを混合すると、鎮痛効果は再び極大になります。つまりラクトフェリンは、モルヒネの鎮痛効果を相乗的に高めるのです。
ラクトフェリンはμオピオイド受容体に結合しないので、どのようなメカニズムで鎮痛作用を示すのでしょうか。モルヒネの拮抗物質、ナロキソンはラクトフェリンの鎮痛作用を用量依存性に阻害します。また、内因性オピオイドの拮抗物質、CTOP(D-Phe-Cys-Tyr-D-Trp-Orn-Thr-NH2)もラクトフェリンの鎮痛効果を阻害します。したがってその鎮痛効果は、内因性オピオイドの作用を増強するためであることがわかりました。さらに一酸化窒素(NO)の合成阻害剤であるNG-nitro-L-arginine-methyl ester (L-NAME)と与えると、ラクトフェリンの鎮痛効
果は阻害されます。つまりラクトフェリンの鎮痛作用は、シナプスにおいてNO産生を増量し、オピオイドの効果を高めていることがわかります。
図4は持続点滴して身体が常にモルヒネあるいはラクトフェリンにさらされた場合に鎮痛効果がどのくらい持続するかをtail-flick testで調べた結果です。この試験法はラットの尾を50℃の温湯に浸し、熱さを我慢できず尾を跳ね上げるまでの時間を調べます。対照ラットが尾を浸しておける時間は、ほぼ4秒くらいです。モルヒネを持続点滴すると一日目は14秒も我慢できますが、それ以降、耐えられる時間が次第に短縮し、4日目でまったく効果がなくなりました。一方、ラクトフェリン点滴群は12秒前後とほとんど一定しており、耐薬性を生じませんでした。
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我々の脳・神経は内因性オピオイドを作っていますが、自分自身は特に意識することはありません。しかし、強い痛みやストレスを受けると内因性オピオイドが脳下垂体から放出され、疼痛やストレスを緩和すると言われています。例えば分娩中には血液中のエンドルフィン濃度は通常の2〜3倍に増加し、ピークでは6倍になると報告されています。出産の痛みもある程度は脳内麻薬物質で緩和することができるのです。
内因性オピオイドは精神活動にも影響を及ぼしています。
μオピオイドは母仔の絆
モルヒネは鎮痛作用だけでなく、多幸感や恍惚感を醸成します。内因性オピオイドが精神活動にどのような影響を及ぼすかは、カテコールアミン、セロトニン、GABAなどと比べ未だはっきりしていません。ラクトフェリンの鎮痛効果を発見した原田等は、内因性オピオイドが精神活動に影響を及ぼしている例証として、ラットの新生仔を母親から引き離した際の影響を報告しています(Brain Res.
25: 216-224, 2003)。母親から引き離すと新生仔は親を捜して活発に動き回り、超音波で泣き叫び母親を呼びます。ところが引き離す前にラクトフェリンを新生仔に投与すると、捜索行動と鳴き声が有意に低下するのです。この行動変化はモルヒネ拮抗物質ナロキソンないしNO産生を阻害するL-NAMEの同時投与により消失します。つまり母乳をのんだ赤ちゃんが満ち足りたりてすぐに寝入るのは、まさにラクトフェリンがオピオイド作用を増強した効果です。
今年になってμオピオイドが親子の絆をつくりあげている決定的な証拠が報告されました。イタリーのダマト等はμオピオイド受容体を欠損させたマウスをつくり出し、新生仔を母親から引き離して影響を調べたのです(SCIENCE
304: 1888-1891, 2004)。結果は予想通りでした。μ受容体欠損マウスは母親から引き離しても泣き叫ばず、母親の匂いが染みついたと床敷を恋しがりませんでした。つまり、内因性オピオイドは母親と子供の間の精神的な絆をつくり出していたのです。
外因性オピオイドである麻薬は耽溺して依存性に陥る危険があります。内因性オピオイドにも耽溺性がありますが…。
オピオイドは容易に枯渇する
内因性オピオイドについては面白いことがわかってきました。原田等(私信)によると、正常ラットは低温にさらしても体温低下が起こらないが、身動きならぬよう1時間拘束しただけで低温にさらすと、体温が有意に低下するのです。拘束ラットにおける体温低下はラクトフェリンを予め投与すると阻止することができます。この事実は脳内に貯えられたオピオイド量が意外に少なく1時間で使い尽くされることを示唆します。神の摂理といいますか、依存性を起こさないよう、我々の脳はオピオイドを僅かしか産生しないようです。
幸福物質とよばれるオピオイドとセロトニンの作用を比べると、その差は歴然としています。セロトニンは多量に摂取しても健常人には何の影響もありません。
ラクトフェリンによる内因性オピオイドの作用増強がヒトの精神活動、ココロにどのような影響を持っているかの研究はまだ始まったばかりです。老齢社会の大きな課題である痴呆、若年層に深刻な影響を与える統合失調症、躁鬱病、テンカン、ひきこもり症候群などにラクトフェリンがどのような影響を及ぼすかは、これから徐々に解明されることでしょう。15年来の宿願は、徐々にではありますが解明され始めました。今は小さな流れにすぎませんが、ラクトフェリンがココロの働きを解き明かす道具として、また、精神障害者が病気から立ち直るための一助となることを願っています。
ラクトフェリンには、乳児の脳の成長に欠かせないブドウ糖を優先的に脳に供給する働きがあると思われます。
ラクトフェリンによるマウスのエネルギー代謝調節
これまで説明したようにラクトフェリンの役割は、単に乳児に栄養を補給するだけではありません。母親が新生児に与える生体防御物質であり、その効果は単に病原微生物の感染防御に止まらず、病原性ウイルスからガンの防御にまで拡がっています。さらに、脳・神経系に働いて疼痛を鎮め、母子の絆を強め、ストレスに抗して体温を維持する働きまで持っています。最終的には良質蛋白質として栄養源になるのですから、その役割は実に多面的です。
内因性オピオイドが体温調節に働いているとすれば、その作用を増幅するラクトフェリンも乳児の代謝に何らかの影響を及ぼしているはずです。急速に発達する乳児の脳は、乳の乳糖だけでは発育に必要なエネルギーを賄いきれません。成人の脳重量は体重の 2%にすぎませんが、全代謝エネルギーの 20%を消費していま
す。脳はエネルギー浪費型組織なのです。脳成長が活発な乳児では、脳のエネルギー消費は 50%に達します。脳がエネルギー源として利用できるのはブドウ糖だけですから、乳児には脳を成長させるため、ブドウ糖を脳に優先的に供給する仕組みが備わっているはずです。
そこで、幼若マウス(5週令)にラクトフェリンを4週間摂取させ、脂質代謝へ及ぼす影響を調べました(図1)。その結果、ラクトフェリン群も対照群とほぼ同等の体重増加がありましたが、図1右に示す肝臓の脂質含量は、ラクトフェリン投与により対照群と比べ中性脂肪が 41.9%(P<0.01)、総コレステロールが 33.2%(P<0.01)
減少しました。この変化に呼応するように、図1左に示す血漿HDLコレステロールが
24.8%(P<0.01)増加し、血漿中性脂肪は 21.4%減少しました(P<0.05)。
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体表面積/身体が大きいマウスは、単位容積あたりの熱産生が大型哺乳類の10倍以上に達します。熱の放散による体温低下は代謝の恒常性を損ない最悪の場合には死に至るので、ブドウ糖と脂肪酸を燃料とするマウスのボイラーは常に焚きっぱなしです。両群の摂取エネルギー量は同じですから、ラクトフェリン群は蓄積脂肪が減った分だけエネルギーを他に振り向けたことになります。振り向け先の一つとして、エネルギー消費増大による体温上昇があります。ラクトフェリン摂取により体温が僅かに上昇する可能性があるのです。ヒトでの試験でラクトフェリン内服群は、対照群と比べ起床時と食後一時間の体温が有意に高いからです。
ラクトフェリンにはコレステロールの排泄を促進する働きがあります。
血清コレステロール低下の作用機作
ラクトフェリンの脂質代謝に及ぼす影響について作用機作を推定してみました(図2)。マウスにラクトフェリンを摂取させると、肝の脂質含量が大きく低下します。ラクトフェリンはブドウ糖利用を節減するため、もっぱら脂肪酸を燃焼させているようです。一方、強塩基性蛋白であるラクトフェリンは、胆汁酸とキレートをつくります。キレートは回腸部における再吸収を免れ便に排泄されますから、胆汁酸の損失が増加します。損失は肝臓におけるコレステロールから胆汁酸への変換を増加させて補うことができますが、損失が日々重なると、原料のコレステロールは肝臓で生合成されるだけでは賄いきれなくなります。そこで、末梢組織に貯蔵されていたコレステロールを高比重リポ蛋白(HDL)に取り込んで肝臓に逆輸送し、不足分を補うようになります。ラクトフェリン群の血漿HDL-コレステロールが有意に増加するのは、肝臓におけるコレステロール消費が合成を上回ったためです。つまり、ラクトフェリンは、コレステロールの排泄を促進するのです。
ラクトフェリンは、血清コレステロールが高値の場合には有意に低下させます。
ラクトフェリンはヒトの血清総コレステロールを低下させる
図3はボランティアーにラクトフェリン腸溶錠を 4週間投与した際における血清総コレステロールの変動を示します。血清総コレステロールのレベルが 200 mg/dlを越えた 6人では 4週後
には低下しました(P<0.005)。つまり、ラクトフェリンは血清コレステロールが正常域の場合には低下させないが、高値の場合には有意に低下させます。
余談ですが、白人のコレステロールに対する恐怖心は、われわれの想像を絶しています。北欧人の約七割が冠動脈硬化による心臓病で死亡するのですから、彼らの子孫であるアメリカ人がコレステロールを怖がるのも無理ありません。そのためスタチン系と言われる血清コレステロール低下剤は、予防薬でありながら米国だけで年間売上が二兆円を超えるクスリの王様です。
20年ほど前まで動脈硬化は"コレステロール蓄積により動脈壁に生じた粥腫(アテローマ)が盛り上がり動脈を閉塞するために起こる"と考えられていました。ところが最近になって図4のように"粥腫の血管内血管が炎症のために破綻・出血し、血液が凝固した血栓が動脈を閉塞するために起こる"と修正されたのです。
図5に血管障害の危険因子である高コレステロール血症を X軸、慢性炎症の指標であるCRPを Y軸、心筋梗塞・脳卒中などの血管障害が発症するリスクを Z軸にとり、三者の相関を示したのが図5です。正常値のリスクを 1として、危険因子が単独の場合、血管障害のリスクは最高の高コレステロール血症で 4.2倍、CRPが最高の場合でも 2.2倍に高まるだけです。しかし、両者が重複すると危険率は 8.7倍に急上昇します。
もともと欧米では冠動脈硬化による虚血性心疾患の治療・予防にアスピリンに代表される血小板凝集阻害剤が用いられてきました。図5は米国における疫学調査がもとにしているので、脳卒中のリスクも高コレステロール血症、慢性炎症と相関しています。昔の日本のように低蛋白食、食塩の多量摂取が脳卒中を多発させていた頃は、高血圧が脳卒中の最大の危険因子でした。高血圧により誘発された脳卒中も、血圧上昇による脳血管内皮のtight junction破綻、それに伴う血漿成分の動脈壁しみ込みにより誘発される炎症が引き金になっているので、脳卒中発症に血管炎症が関与していることも確実です。
ラクトフェリンによる血清コレステロール低下はどのような意味を持っているでしょうか。
ラクトフェリンによる慢性炎症の改善
ラクトフェリンによる血清コレステロール低下はどのような意味を持っているでしょうか。図6に関節リューマチの病態モデルであるアジュバント関節炎に対するラクトフェリンの抗炎症作用を示します。アジュバントをラットの foot pad に注射すると、足の関節が腫れ上がり典型的な慢性炎症が起こります。
しかし、特効薬であるデキサメサゾンを注射すると、足の炎症は軽度に抑制されます。ラクトフェリンを経口投与しても関節の腫脹は有意に抑制されますが、その効果はデキサメサゾンには及びません。しかし、デキサメサゾンは強力な免疫抑制剤なので長期投与は困難です。また、関節炎ラットにグラム陰性菌のリポ多糖を投与し、炎症性サイトカインの代表として TNF-α、抗炎症性サイトカインとして IL-10 を選び、両者の血中濃度をしらべました。図7に示すように強力な免疫抑制剤であるデキサメサゾンは、両サイトカインの血中への出現を完全に抑制しました。ラクトフェリンは用量依存性に TNF-α を抑制、
IL-10 を増加させ、その効果は単回の経口投与でも認められました。つまり、ラクトフェリンは消炎性に働くのです。
スタチンは白人の心臓病に対する恐怖心を緩和することに成功しました。しかも、メカニズムは不明ですが動脈炎症を軽減すると言う論文まであらわれ、血清コレステロール低下だけでなく慢性炎症も抑制すると主張しています。さらに、血清中性脂肪まで同時に低下させる新型スタチンも出現しました。数千から数万人が参加する大規模な二重盲検試験の結果が報告されており、大規模な臨床試験は現在も進行中です。それらの結果を見ると、その効果は心筋梗塞死を半分に減少させるほど劇的ではなく、せいぜい 30〜40%程度減少させるにすぎません。しかも全死亡率の比較では、実薬群と偽薬群のあいだに差異がないのが普通です。つまり、心筋梗塞死を免れた参加者は、他の病気で亡くなっているのです。
それではラクトフェリンはどうでしょうか?本章で説明したようにラクトフェリンは、血清総コレステロール低下作用、同HDL-コレステロールの上昇作用、慢性炎症に対する抗炎症作用を示し、スタチンとは異なりコレステロールの排泄を促進するのが作用機作です。腸溶性ラクトフェリンが動脈硬化の救世主になる日が来るかもしれないのです。
日和見感染症としての歯周病に対するラクトフェリンの応用
「8020運動」
歯周病は成人のほとんどが罹患する感染症でありながら、保健衛生上における重要性が正しく認識されていません。第三章で述べられたように、ラクトフェリンは実験的な日和見感染症に有効であり、いろいろな応用の場が考えられます。口腔には300種類以上の微生物が定着しており、宿主の免疫能とバランスを保ちながら口腔細菌叢とも云うべき共同体をつくっています。それらは必ずしも善玉ばかりではありません。宿主の免疫能が低下すると、侵入して歯周病を起こす日和見病原菌群も含まれています。今回は日和見感染症としての歯周病に対するラクトフェリンの応用に焦点を当ててみました。
皆さんは8020運動をご存知でしょうか?"8020"は"ハチ・マル・二イ・マル"と読み、 "80歳になっても20本以上自分の歯を保とう"という運動です。平成元年、厚生省(現・厚生労働省)と 日本歯科医師会が提唱し、自治体、各種団体、企業、そして広く国民に呼びかけ、平成12年には運動を推進する(財)8020推進財団が結成されました。
なぜ、8020なのでしょうか?その理由は、親知らずを除く28本 の歯のうち、自分の歯が最低で20本以上あれば、食物をおいしく食べられるからです。年をとるほど、生活に占める食の比重は増して行きます。自分の歯が20本以上ある人と、19本以下の人とでは、食事の内容や咀嚼機能の満足度に大きな差があることが判っているのです。
平均的な日本人は80才を越えると自前の歯は僅か7本、半数が全歯を喪失し総入歯なしには食物の咀嚼もままなりません(図1)。成人が歯を失う一番の理由は歯周病によるものであり、歯を喪失するほど痴呆とか寝たきり老人になり介護の手を患わす確率が高まります。ヒトの老化には大きな個人差がありますから、老化は加齢とともに訪れる自然現象ではありません。老化が病気であるとは言い切れませんが、幾つかの老化促進因子があることは確実です。
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なかでも脳の老化、すなわち、痴呆を促進するのは歯の喪失が危険因子と考えられています。いずれにせよ、老化を遅らせ、健康で人生をエンジョイできる期間を延長することは、個々人にとって重要なだけではなく、これからの日本にとって必須です。2065年には三人に一人が65歳以上の高齢者になり、女性が生涯にわたり産む子供の数が1.3人を切る現実をわれわれは直視しなければなりません。生産人口を維持するには、元気に人生と仕事をエンジョイできる期間を延長し、職場に80才の高齢者も珍しくない世の中になる必要があるのです。医療費を無制限に膨張させずに、超高齢社会の生産人口を維持する手だてがあるでしょうか。
歯を残すことが痴呆予防につながる
歯の喪失と痴呆
歯の喪失とボケの関係を(社)日本歯科医師会のホームページから引用してみました。東北大学の渡邉誠教授等は高齢者の歯数やかみ合わせの状態が痴呆予防にどのくらい関係しているかに関する研究を行い、歯を残すことが痴呆予防につながる可能性を指摘しています。この研究は、平成14年度に仙台市内に住む70歳以上の高齢者を対象とした医科および歯科の総合的な健康診断の結果をもとにしています。健診で行ったMMSE(痴呆の程度を測る30点満点の聞き取り式テスト)の点数をもとに、受診した高齢者1,167名を、正常群 (28点以上)652名
(56%)、痴呆予備軍と考えられる軽度認知障害疑い群(22〜27点)460名(39%)、痴呆疑い群(21点以下)55名(5%)の3つのグループに分類しました(表1)。そこで各グループの現在歯数(残っている歯の数)を比較したところ、正常群から順に、14.9本、13.2本、9.4本となり、MMSEの点数が低いグループ ほど現在歯数が少ない結果となりました(「高齢者の歯と痴呆」 (東北大学大学院歯学研究科 渡邉誠教授等:日歯広報2月 25日号(1316号))。
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さらに、高齢者195名のMRI(核磁気共鳴画像法)で撮影した脳の画像を用いて、歯やかみ合わせの状態と脳の萎縮との関係を調べました。その結果、歯やかみ合わせを支持する場所の数が少ないほど、記憶に密接に関係する海馬を含む側頭葉内側部や、計算や思考、空間の認識などの高次機能と関係する前頭・頭頂連合野に相当する領域の容積が明らかに減少することを確認しました(図2)。アルツハイマー病はこれらの部位の萎縮が起こることで知られています。
日本は、世界に例を見ない速さで人口の高齢化が進んでいます。1人あたりの歯の数は、40歳で25本、それ以降は2年に1本の割合で歯が失われ、60歳で15本、80歳でわずか3本という惨状です。「8020運動」の目標は、QOL(Quality of Life、生活の質)の確保・向上だけではありません。老化を遅らせ健康な生活をエンジョイするためには、歯と歯茎の健康は欠かせないものなのです。さらに噛む事によって、唾液の分泌が多くなりますが、唾液にはパロチンという老化を抑制するホルモンが含まれています。また、噛むほどに満腹中枢が刺激され過食を抑制するので、肥満から起こる生活習慣病の予防にもなります。日本は世界一の長寿国になりましたが、問われているのは寿命の長さではありません。寿命(健康)の質なのです。
ラクトフェリンは日和見病原菌の実験的感染を抑制する作用を示します
歯周病は日和見感染症
今日、成人が歯を喪失する原因の90%以上が歯周病です。歯周病は自然治癒がなく、かなり進行するまで自覚されにくいため、気付いたときには手遅れが現状です。歯周病が口腔に定着・生息する嫌気性細菌による日和見感染症であることは確かです。容疑がかかる病原菌は10種ほどですが、真犯人を同定することは難しいようです。
コッホの三原則と言って、病原微生物の同定は「病巣から分離できる」「in vitroで培養できる」「動物に感染させると感染症を再現できる」の三つを満たすことが必要なためです。歯周病の病原菌はin vitroでは抗菌剤に高い感受性を示すので、簡単に退治できると思われるかもしれません。ところが、病原菌はバイオフィルム(Biofilm)に包まれているので抗菌剤に対し高度に抵抗性です。歯周病の発症と進行は、さまざまな危険因子が関与します。危険因子は局所のバイオフィルム形成を促進する因子の他に、閉経期における女性ホルモンの変化、糖尿病、好中球機能不全、HIV感染症、その他の免疫能を低下させる全身疾患、遺伝的素因、ストレス、喫煙、多量の飲酒、食習慣、運動不足等で、複雑な背景のもとに多様な病態を呈します。歯周病は混合感染と云われますが、成人に歯周病を起こす真犯人の一つと目されるのは、Porphyromonas gingivalisです(図2)。
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この菌は宿主が 健康であれば、歯溝、舌背部のヒダのような酸素が届かない部位に定着し細々と生息しています。しかし、宿主の免疫能低下、あるいは環境因子の激変により生活条件がよくなると、歯溝で急速に増殖し歯肉に侵入して、歯を支える歯槽骨を溶かし始めます。支えてくれる骨が溶けると、歯は歯茎から脱落してしまいます。
歯溝に病原菌が繁殖しバイオフィルムのプラーク(歯垢)をつくり始めてから、歯が抜け落ちるまでには長い時間がかかり、その間、歯肉では炎症の寛快と再燃が繰り返され悪化して行きます。歯周病の主要な治療は、"歯茎の病巣を切り取る"、あるいは"歯垢を掻き取り"感染源を断つ方法です。それに加えてβラクタム系抗生物質の全身投与、テトラサイクリン系抗生物質の歯周ポケット投与による病原菌の増殖抑制が試みられてきました。つまり、従来の治療は病巣の切除と抗菌剤療法により病原菌を減らす方法です。
しかし、歯周病の根本的な原因が全身ないし口腔の免疫能低下にあるのですが、治療法に免疫能改善の視点が欠落していました。
ラクトフェリンは日和見病原菌の実験的感染を抑制する作用を示しますので、P. gingivalis ATCC 33277に対する抗菌活性を測定してみました(図 3)。
図3から分かるように、鉄飽和ラクトフェリン、鉄除去ラクトフェリンおよび製剤化したラクトフェリンは、P. gingivalisに対し殺菌作用を示しません。この実験とは別にP. gingivalis ATCC 33236を被検菌として、生育を阻止する最少濃度を求める試験を行いましたが、最高の50 mg/mlでも生育を阻害しませんでした(表2)。
表2.ラクトフェリンのP. gingivalis ATCC 33236に対する最少阻止濃度 |
試験法 |
ラクトフェリン |
濃度(mg/ml) |
50 |
25 |
12.5 |
6.3 |
3.1 |
1.6 |
0 |
生育 |
+++ |
+++ |
+++ |
+++ |
+++ |
+++ |
+++ |
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ラクトフェリン(50 mg/ml)含有のヘミンとメナジオン添加Brain Heart Infusion培地を調製した。
ラクトフェリンの希釈系列は最高濃度を培地
で2倍希釈して作成した。菌を移植し、96時間グローブボックスで培養したのち、菌の成長を観察した。 |
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ラクトフェリンは抗菌性蛋白として知られていますが、図3と表2から明らかなようにP. gingivalisに対し全く抗菌活性がないのです。
ラクトフェリンは歯周炎患者における炎症および浮腫などの臨床的な他覚症状を明らかに改善する効果を示しました
ラクトフェリンは歯周病による炎症、浮腫を改善する
牛乳から抽出したラクトフェリンは、育児用調製粉乳、ヨーグルト、牛乳に添加されて市販されているだけでなく、健康食品としても全国的に普及しています。つまり、ラクトフェリンは用法・用量に制限がない食品であり、事故は皆無ですから倫理的な制約なしに治験を実施できます。そこで筆者はラクトフェリンを120 mg含有する顆粒を調製し、歯周炎患者の同意を得て症状の改善効果を検証する臨床治験を実施しました。
治験はラクトフェリン顆粒を一日二回、口中に水を含んで内服し、顆粒を水に溶かしながらウガイの要領で30〜60秒間口中を往復させた後、飲み下してもらう方法を採りました。投与期間は5〜7日間です。βラクタム抗生物質の全身投与およびテトラサイクリンの局所投与は併用しませんでした。臨床的な評価は、ラクトフェリン治療前後における歯肉の炎症および浮腫の程度です。結果は表2に示すように、ラクトフェリンは歯周炎患者における炎症および浮腫などの臨床的な他覚症状を明らかに改善する効果を示しました。
長年の臨床家としての体験からみて、歯周炎は発症原因を除去することなしには、自然治癒は認められません。ここに認められる改善効果は、ラクトフェリンに由来するものと思われます。さらに、予想の通り副作用はいっさい認められませんでした。 "局所の疼痛""歯茎の腫れ""浮腫による歯のぐらつき"などの自覚症状も、僅か1週間以内に過半数で改善されています。治療期間が短期間だったことを考慮すると、この改善効果は注目に値します。この臨床治験は小規模であり、二重盲検方式を採用していません。したがって、ラクトフェリンの歯周病に対する効能・効果を医療の世界で認識させ、病苦に悩む患者を救済するためには、広汎な二重盲検試験が必須です。また、ラクトフェリンの作用機作を解明する必要があります。一方、経口投与したラクトフェリンは胃で短時間に消化させるため、腸溶製剤あるいは舌下錠のように口腔に保持してラクトフェリンを徐々に放出させる口腔貼付錠などの製剤的な検討が必要です。
二重盲検法を採用しなかった不備はあるにせよ、筆者が観察した歯周病に対するラクトフェリンの改善効果は明確です。歯周炎は免疫能が低下した際に起こる日和見感染症であるからには、免疫賦活による治療のアプローチがなされるべきです。
"超高齢社会と歯周病"と"少産少子社会と不妊治療"は、今日的な話題です
日和見病原菌の排除
弱毒の日和見病原菌ですが、歯周病の病原菌はデンタルプラーク、あるいは、歯肉に限局して増殖するほどお人好しではありません。血流にのって移動し、いろいろな組織にバイオフィルムのコロニーをつくって定着します。通常の病原菌であれば獲得免疫と補体系によりたちまち取り押さえられます。
悪いことに、歯周病を惹起する細菌群はもともと血漿とほぼ同じ成分である歯肉溝液の中で生存しています。血液の中に入り込んでもあまり殺菌・貪食されずに、しばらくは生き延びられます。そのような特殊な環境下でも生存できる菌だからこそ歯周組織でも生存でき、それがたまたま歯周病の病巣で最初にみつかったため歯周病菌と呼ばれるようになったのです。毒素をまき散らし、宿主側の免疫細胞に炎症性サイトカイを産生させて、いろいろな疾病を惹起することが分かってきました(図4)。これらの疾病のなかでも歯周病と因果関係が明確なのは、細菌性心内膜炎、早流産と低体重児出産、動脈硬化と高齢者の誤嚥性肺炎でしょう。
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詳細は次号以降にしますが、"ラクトフェリンと早流産と低体重児出産"の関連については、興味深い研究が行われています。昭和大医学部産婦人科の大槻克文博士等のグループは、マウスおよび家兎を用いて早流産モデルを作成し、ヒト・ラクトフェリン遺伝子を組替えた麹菌Aspergillus awamoriが生産したヒト遺伝子組替ラクトフェリン
(rh-LF)を投与して早流産に及ぼすrh-LFの作用を検討しています。ヒト並びにウシの天然型のラクトフェリンは、分子量の約10%に相当するシアル酸型糖鎖をもっていますが、rh-LFは糖鎖がポリマンノースである点で違っています。しかし、蛋白部分のアミノ酸配列は、天然型のヒト・ラクトフェリン(h-LF)と同一であり、X線回折法で解明された分子構造も両者は同じでした。したがって、rh-LFは質的にh-LFと同一の生物活性を持っていると考えてよいでしょう。
妊娠マウスに大腸菌のリポ多糖(LPS)を投与して作成する早産モデルに対し、rh-LFの腹腔内投与は、LPS単独投与群に対し有意に妊娠期間を延長し、母獣の血清および羊水における炎症性サイトカインであるインターロイキン-6(IL-6)とTNF-αの濃度上昇を抑制しました。さらに、妊娠家兎の子宮頸管に大腸菌を感染させる流産モデルでも、rh-LFの投与量は僅か2.5 mg/kgですが、妊娠期
間および仔死亡率の有意な改善を認めています。この研究は歯周炎の妊婦に起こる早産とは異なり、病態モデルは細菌性膣炎や頸管炎から病原菌が上向性に感染する絨毛膜羊膜炎(chorioamnionitis)を想定し作成されました。しかし、大腸菌も日和見病原菌ですから、感染した羊膜に炎症を起こし、その結果として早流産を惹起すると云う点で、歯周病菌と同種の現象をみている可能性が高いと思います。
"超高齢社会と歯周病"と"少産少子社会と不妊治療"は、今日的な話題です。両者とも日和見感染症が原因でありながら、治療における免疫からのアプローチが忘れられていました。本章で提供した話題は、二重盲検の治験による検証が必要です。牛乳から抽出するラクトフェリンは低コストで量産が可能であり、安全性に不安がありません。二重盲検による治験も、創薬のような巨額の研究開発投資は不要でしょう。この章をお読みいただきラクトフェリンに興味を抱かれた先生方は、ぜひとも研究にご参加いただきたいと思います。この興味ある素材が一日も早く陽の目を見ることを願って本章の終わりとします。
日本では中途失明の原因として最も多いのが糖尿病性網膜症です。
動物のセンサーである"視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚"を五感と呼んでいます。どのセンサーも正常な生活を営むうえで必須ですが、視覚の喪失は日常生活にもっとも大きな被害を与えることは確かです。聴覚を喪失した場合を考えてみましょう。ベートーベンとスメタナが、不朽の名作「第九交響曲」と交響詩「我が祖国」を作曲したのは、聴覚を喪失してからでした。加えて、聴覚を失ったスメタナは、弦楽四重奏の傑作「我が生涯より」と同第二番を残しました。これらの曲に表現された"聴覚を失った悲しみ"は聴くものの魂を揺さぶります。音が聞こえなくても、大作曲家は心に刻んだ音のイメージだけで作曲することができたのでしょう。ところが盲目の画家が傑作を残したと云う話しは聴いたことがありません。それどころか、中年期以降に視覚を失うと、他人の援助なしには生活もままならなくなります。一挙に身体障害者に転落するのですから、中年期以降に盲目になった人々の悲痛は察するにあまりあります。
糖尿病網膜症と加齢黄斑変性症
ところで、わが国でも年間に数千人が視覚を喪失していることをご存知でしょうか。しかも、医学の進歩が寿命の延長に追いつけないため、中途失明率は日米などの先進国で増大しています。わが国では中途失明の原因として最も多いのが糖尿病性網膜症(DME)、厚生労働省の統計によると年間2500〜3000人が失明しています。米国に目を転ずると、DMEにも増して猛威を振るっている眼病があります。加齢黄斑変性症(AMD)、特に滲出型AMD(wet AMD)です。AMD治療薬を開発している米国Eye Tech社のホームページによると、全米のAMD患者は1500万人、診断確定の数ヶ月〜2年以内に深刻な視力損失ないし全盲に見舞われる滲出型は160万人です。50才以降に発症するので、ベビーブーマー世代がAMDを好発する年齢に達したため、毎年20万人の新しいwet AMD患者が加わります。
糖尿病が多発する欧米ではDMEも深刻な失明原因です。全米の患者数は50万人、毎年新に7万5千人が網膜症を発症します。ヨーロッパ・ユニオンも米国と同様な状況にあると言われているので、wet AMDとDMEは社会的に大問題なのです。さらに悪いことに、wet AMDとDMEに対しては有効な治療手段がありません。
wet AMDとDMEは、ガン、アテローマ性動脈硬化、関節炎等とならんで血管新生病に分類されています。つまり、網膜の炎症に栄養と酸素を供給するため、炎症巣に向かって血管が新生します。この新生血管は出来損ないで、血管壁からの血漿成分の漏出、さらに、容易に破綻して出血が起こります。その結果、周囲の細胞が壊死して深刻な視力障害が起こり、最悪のケースでは失明します。前記、Eye Tech社は、血管内皮細胞の選択的な増殖因子であるVEGFを捕捉して受容体との結合を阻止する低分子量のRNAをwet AMDとDMEの治療薬として研究開発しているベンチャー企業です。
ビタミンA、C,Eと亜鉛の組合せにより加齢黄斑変性症の進行が抑制できる。
加齢と眼疾患
慶應義塾大(医)眼科の坪田一男教授は、眼疾患のかなりの部分が加齢によると次のように述べています。「加齢黄斑変性、緑内障、白内障、ドライアイ、老視などは、加齢が最大のリスクファクターである。加齢が原因であれば、加齢そのものに干渉することによって眼の病気を発症させないようにできないものか、誰でも思う。実は、加齢黄斑変性症において活性酸素のスカベンジャーといわれるビタミンA、C,Eと亜鉛の組合せにより進行が抑制できることが、最近、大がかりな研究でわかってきた」。
加齢による老化の大きな原因として酸化ストレスがあげられています。酸化ストレスとは活性酸素による生体組織の障害をいい、活性酸素とは「酸素原子を含む反応性の高い化合物の総称」と定義されます。具体的には、スーパーオキサイド、ヒドロパーオキシル、過酸化水素、ヒドロキシラジカル等ですか、さらに、窒素と硫黄を含むラジカルを含みます。生体内には活性酸素を消去し無毒化する防御系として、スーパーオキサイド・ディスムターゼ(SOD)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼ等があります。
米国で実施された無作為で偽薬を対照とするAMDの治療・予防に関する二重盲検試験で、抗酸化物質が加齢性疾患の進行を遅らせることが明確に証明されました。3,600人の患者をプラセボ群903名、ビタミン服用群945名、ビタミンと亜鉛服用群888名にわけ、進行および視力の推移を経過観察したのです。平均経過観察期間6.3年におよび、脱落者は2.4%でした1)。その結果、ビタミンと亜鉛服用群はプラセボ群と比較して視力低下及び進行が抑制されました。ちなみに、亜鉛は、銅、鉄などの重金属イオンが腸管から吸収されるのを阻害するのでウイルソン病の治療薬としても使われています。
引用文献
1) Age-related Eye Disease Study Research Group: ARES report no. 9. Arch. Ophthalmol., 119: 1439-1452, 2001
三価鉄イオンと錯化合物をつくり、体外に排泄させるキレート剤はないものでしょうか?
三価鉄イオンは酸化ストレスの元凶か?
鉄は生体にとって必須の元素ですが、一方では強力な活性酸素発生源です。生体内の鉄イオンは、フェリチンやトランスフェリンと結合し活性がマスクされていますが、遊離の三価鉄イオンは過酸化水素から細胞障害性の強いヒドロキシラジカル発生反応を触媒する猛毒です。最近、AMD患者の網膜に鉄が過剰に沈着していることが報告されています2)。
また、鉄の輸送をつかさどる遺伝子をノックアウトしたマウスで、AMD様の網膜萎縮発症、加齢にともない体内に重金属が蓄積することが報告されました3)。
つまり、遊離の三価鉄イオンが酸化ストレスの元凶であることが示唆されたのです。加齢にともなって重金属が体内に蓄積することも知られています。ラジカルの発生源である三価鉄イオンと錯化合物(キレート)を形成して除去する安全無害な化合物があれば、網膜の酸化ストレスを減らすことができると誰でも考えるでしょう。最近、米国ではキレーションセラピーと称して二価金属イオンと錯化合物を形成し、体外に排泄させる作用がある低分子化合物が加齢の治療に使われ話題になっています。低分子化合物はカルシウムイオンと錯化合物を形成することで有名なEDTAですから三価鉄イオンをキレートして排泄させることはできません。三価鉄イオンと錯化合物をつくり、体外に排泄させるキレート剤はないものでしょうか?
引用文献
2) Hahn, P. et al.: Arch. Ophtalmol. 121: 1099-1105, 2003
3) Hahn, P. et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101: 13850-13855, 2004
ラクトフェリンは4週間与えただけで、老齢ラットの涙腺を若返らせることがわかりました。
ラクトフェリンは老齢ラットの涙腺を若返らせる(1)
東京医科歯科大歯学部の山下靖雄教授等は4)、2年齢を越える雌の老齢ラットを無作為に2群にわけ、一方を対照群、他方をラクトフェリン群としました。ラットの寿命はほぼ2年半ですから、2年を越える個体は、人間では70〜80才の高齢者に相当します。ラットは粉末飼料を与えて4週間飼育し、ラクトフェリン群には粉末飼料に2%のラクトフェリンを添加して飼育しました。これらとは別に、5頭の生後10週令雌ラットに粉末飼料を与えて飼育し、若齢対照群としました。4週後、涙腺の光学顕微鏡写真を対比したのが図3です。図3から明らかなように、若齢と老齢対照群のあいだには、分泌顆粒のサイズについて大きな差異が認められます。若齢群の涙腺細胞には大きさがまちまちの小型(A顆粒)、中型の顆粒(B顆粒)が認められ、涙の成分を活発に生合成している様子がうかがえます。ところが、老齢対照群には小型顆粒しか存在しません。つまり、老齢対照群の涙腺は涙の成分を合成する機能が著しく衰えていることを示唆します。一方、老齢ラットにラクトフェリンを与えると、若齢ラットと同様に大きさがまちまちのAおよびB顆粒が出現します。それに加え若齢群と同様に涙液成分を送り出す導管構造も認められます。
表1はこの実験結果を要約して示しました。老齢ラットは個体差が大きく、例外的に若齢対照と同様に活発な涙液成分を合成している個体もありますが、大部分は涙液成分の合成が大きく低下していることがわかります。対照的にラクトフェリンを投与すると、若齢群と同じように涙液成分を活発に合成するようになります。
表1. 涙腺細胞のB顆粒出現頻度 |
対象群 |
ラクトフェリン群 |
個体番号 |
B顆粒 |
個体番号 |
B顆粒 |
C-4 |
- |
L-4 |
++ |
C-5 |
+ |
L-6 |
++ |
C-6 |
- |
L-7 |
++ |
C-7 |
+ |
L-8 |
+++ |
C-8 |
- |
L-9 |
++ |
C-9 |
++ |
|
|
|
|
図4に示す透過型電子顕微鏡写真は、ラクトフェリンの涙腺機能回復効果を裏付けています。光学顕微鏡による観察と同様に、A顆粒だけがみられた涙腺細胞は、ラクトフェリンを投与するとB顆粒、B顆粒が融合した像、成分を涙管に送り出す導管構造などが認められるようになります。この結果からラクトフェリンは4週間与えただけで、老齢ラットの涙腺を若返らせることがわかりました。
引用文献
4) 山下靖雄等、日本解剖学会講演、2005年
ラクトフェリンによる涙腺の若返りは、どのようなメカニズムで起こるのでしょうか。
ラクトフェリンは老齢ラットの涙腺を若返らせる(2)
それではラクトフェリンによる涙腺の若返りは、どのようなメカニズムで起こるのでしょうか。筆者は三価鉄イオンと強固な錯化合物を形成するラクトフェリンの性質が、眼の酸化ストレスを緩和したためであろうと考えています。
1987年、ニュージーランド、マッセイ大のベーカー教授等は、母乳ラクトフェリンから調製した3価鉄イオンをキレートしたヒト・ホロラクトフェリン炭酸塩の結晶構造をX線回折により解明しました。その構造は図5に示すように蝶番に相当するペプタイド鎖を介してほぼ均等な二つの球状部分から成り、カルボキシル末端をC-ローブ、アミノ基末端をN-ローブと呼ぶことになりました。中空の各ローブ内には3価鉄イオンがイオン結合、水素結合とイオン・ダイポールなどの静電的結合によりローブ内に固定され、錯化合物を形成するのです。ラクトフェリンは3価鉄イオンに対する親和性が非常に高く、結合恒数は1022M、つまり、ラクトフェリン共存下では遊離3価鉄イオンは10-18M以上の濃度では存在できません。
引き続くラクトフェリンの構造研究は、動物種の違いにもかかわらず驚くべき構造的な相同性を示すことが明らかになりました。今日では牛乳から得たウシラクトフェリン、バファロー・ミルクのラクトフェリンおよび馬乳ラクトフェリンが、X線回折により構造が決定されており、それらの三次元構造はヒトのラクトフェリンと同じであることが確定しています。さらに、興味深いことに、ラクトフェリンは2価銅イオンとも強固な錯化合物を形成し、その構造は3価鉄イオンとの錯化合物とほとんど同じであることも分かっています。ラクトフェリンは3価鉄イオンだけでなく、銅、ニッケル、コバルト、クロム、マンガン、水銀などの重金属イオンとも錯化合物を形成するのです。
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眼は角膜を介して外気と接触しているので、もっとも酸化ストレスを受けやすい組織です。ラクトフェリンは酸化ストレスを緩和する作用があることは以前からわかっていました。しかし、なぜ酸化ストレスを緩和するのかは不明です。単純ですが容易に受け入れられる仮説は、経口投与したラクトフェリンが遊離の3価鉄イオンと錯化合物を形成し、3価鉄イオンを胆管経由で体外に排出するメカニズムです。かなり乱暴ですが、丸ごとのラクトフェリンがパイエル板M細胞から吸収され、M細胞に包み込まれた単球とリンパ球の受容体と結合して循環系に入り、涙腺に到達し遊離の3価鉄イオンと錯化合物を形成して胆管経由で体外に排出するという仮説は非常に魅力的です。
さらに、ラクトフェリンは血管新生を抑制する作用を示します。国立がんセンターの津田等5)は、CAM法およびDAS法でウシ・ラクトフェリンおよびラクトフェリシンが強い血管新生阻害効果を示すことを認めています。CAM法は、6から10日の孵化鶏卵胎児を使い血管新生阻害効果をアッセイする方法として使われています。一方、彼らはラクトフェリンが培養ウシ血管内皮細胞BPAEの管腔形成を阻害すること、VEGF刺激によるマウス血管内皮細胞の増殖をラクトフェリンが阻害することを報告しています。筆者も腸溶性ラクトフェリン製剤を服用した末期ガン患者のガン転移巣が消失し、患者の主治医が不思議がった経験を数回持っています。
本章で報告したようにラクトフェリンが体内で酸化ストレスを緩和し、慢性炎症に伴う血管新生を抑制することもほぼ確実です。このような素材が、臨床的に検討され、中途失明を予防できる日が来ることを願って終わりとします。
引用文献
5) 津田洋幸等、ミルクサイエンス53:271-272, 2005年
ラクトフェリンは内服すると舌苔を正常化して口臭を軽減する。
昭和大学歯学部歯科理工学教室講師
歯科ラクトフェリン研究会代表
清水 友 |
昔から口臭は社交的な人々にとって悩みの種でした。ものすごい口臭をまき散らす人と電車で隣り合わせになると、鼻をつまんで逃げ出したい衝動に駆られます。今月封切りになるドイツ映画「ヒトラー〜最後の12日間〜」の主人公、アドルフ・ヒトラーは吸い込まれるような瞳の持ち主で、見つめられると殆どの人は、催眠術をかけられたように言いなりになったそうです。反ナチス派将校でヒトラー暗殺グループに属しながら生き残ったシュタールベルグは、上官に随行してヒトラーと会った際の印象を次のように描写しています。「他の伝令将校と話に夢中になっていた私は、不意に自分の右肩に手が置かれるのを感じた。見上げると、そこにはヒトラーの顔があった。私は立とうとしたが、彼は私の肩を押さえて、「座ったままでいい、中尉。ケーキはうまいかね」と言った。私はりんごを誉めた。それから彼は次のテーブルに移り私はほっとした。ものすごい口臭を発していたからだ」1)。昼夜逆転の生活で世界を相手の戦争を指揮した彼は、極度のストレスから慢性的に胃が悪く、侍医から常に胃のクスリを処方されていました。
周囲を辟易させた彼の口臭は、ストレスによる神経性胃炎のためだったのでしょう。当時、ドイツで最高の侍医団も、彼の口臭を治療できなかったのです。この状況は現代も大きく変わったとは云えません。口臭を発生させるメカニズムが今一つ明確でないためでしょうか。
以前からラクトフェリン腸溶錠を内服した人々のなかから「口の中がツルツルになる」とか「舌がスベスベになった」などの声が上がっていました。これらの声は舌を厚く覆っていた舌苔が薄くなり、正常化したためであることに気付いたのはごく最近のことです。この発見には予期しないメリットがともなっていました。異常に厚い舌苔は口臭の原因だからです。舌苔をブラシで掻き落としたり、パパインのようなタンパク分解酵素で消化すると、一時的に口臭を減らすことができます。しかし、それはあくまで一時しのぎの対症療法で、舌苔をとり過ぎるとかえって弊害があるとも云われています。ところが、ラクトフェリンは内服すると舌苔を正常化して口臭を軽減するのですから原因療法です。今回は「ラクトフェリン
引用文献
1) アレキサンダー・シュタールベルグ著(鈴木直訳);"回想の第三帝国"反ヒトラー派将校の証言1932-1945、228ページ、1995年、(株)平凡社」と「舌苔」「口臭」の関係に焦点を当ててみました。
ラクトフェリンは種々のストレスに起因する病態モデルで病態を緩和する効果を示す。
上部消化管障害
口臭について調査すると、決まって上部消化管障害と関係があると書かれています。そこで、原田等が古典的な病態モデルであるラットのストレス潰瘍に対しラクトフェリンが有効であることを証明した実験を紹介します2)。この潰瘍モデルは、アルコールを飲ませたラットを身動きできないよう拘束ケージに収容し、23℃の温水に2時間浸す単純な実験です。拘束して6時間水浸するだけでも胃粘膜にビランと出血を生じますが、同時にアルコールを経口投与すると短時間で胃潰瘍が増強されます。溺死の恐怖に駆られたラットは、胃粘膜に強いビランと出血を起こすのです。つまり、この病態モデルは、アルコールの潰瘍誘発作用に加え、拘束と溺死の恐怖という強度のストレスが発症の原因になっています。
図1はラットにアルコールを飲ませ2時間後の胃粘膜を示しました。図左に示すように、アルコールを飲ませるだけで胃粘膜のビランと数カ所に小さな出血が認められ、胃潰瘍が起こっていることがわかります。図2右に示すように、拘束ストレスを与えなかったラクトフェリン群ラットの胃粘膜は出血が認められません。つまり、ラクトフェリンはラットのアルコールにより誘発される胃潰瘍を防御する効果を示します。さらに拘束ストレスを加えると、胃潰瘍はいっそう増悪します。
図2に示すようにラクトフェリン投与は潰瘍数と面積を対照と比べ約60%減少させました。これらの例から明らかなように、ラクトフェリンはストレスによる胃粘膜の障害を予防します。ラクトフェリンは種々のストレスに起因する病態モデルで病態を緩和する効果を示すので、このストレス潰瘍防御効果は内因性μオピオイド作用の増強に基づいているのでしょう。
図3はBALB/c系無菌マウスにHelicobacter pylori EU317p株を感染させ、それぞれ鉄フリー・ラクトフェリンと鉄飽和ラクトフェリンを感染4週後から一日あたり400 mg/kg、10日間連続経口投与して、胃粘膜上のヘリコバクター・
コロニーを数えた成績を示します3)。対照群マウスのコロニー数は胃全体で287ですが、ラクトフェリンを投与した群はいずれも50以下(P<0.01)でした。つまり、ラクトフェリンは胃に定着したH. pyloriの増殖を強く抑制することがわかります。ラクトフェリンはストレスによる胃粘膜の障害およびヘリコバクターの胃粘膜感染を予防・改善するのです。
引用文献
2) 原田悦守等;未発表
3) Wadstrom et al.; J Med Microbiol. 50: 430-435, 2001
日本歯科医師会のホームページでは口臭に大きなウエイトを割いています。
日本歯科医師会ホームページ
日本歯科医師会(http://www.jda.or.jp/)は啓蒙のためホームページを設けています。採りあげられているのは、(1)歯周病、(2)ムシ歯、(3)口臭、(4)顎関節症の4テーマですから、口臭に如何に大きなウエイトを割いているかわかります。その一部をご紹介しましょう。
表1. 口臭の自己判断 |
自己診断〜こんなことが当てはまったら要注意!〜
○ 自分で口臭があると思う
○ 家族や他人に口臭を指摘されたことがある
○ たばこをよく吸う
○ 食事後すぐには歯を磨かない
○ 治療をしていないむし歯がある
○ 歯石がある
○ 舌が白っぽい
○ 口の中がネバネバする
○ 歯ぐきから膿がでる
○ 食べ物がよく歯にはさまる |
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口臭予防は現代人のエチケット
口臭に悩む人は少なくありません。口臭は悩むより、まず正しい知識をもつことが大切です(表1)。実際に口臭がある場合には必ず原因があり、その原因を解決することで口臭は解消できます。
口臭を生ずる最大の原因は舌苔の異常です。
口臭のメカニズム
口腔には500種類以上の細菌が1兆個ぐらい生活しています。これら細菌の一部である偏性嫌気性菌が舌苔、食べカスなどを分解する際に悪臭物質を作り出します。主な悪臭成分は3種類の揮発性硫黄化合物、硫化水素、メチルカプタン、ジメチルサルファイド等です(図4)。図から明らかなように、三つはよく似た化合物です。腐った卵の匂いである硫化水素は、火山ガスにも含まれ日本の山でも登山者が遭難死するほどの猛毒です。今年5月20日の読売新聞は、日本歯科大歯学部の八重垣健教授(衛生学)らが硫化水素に発がん性があることを突き止めたと報道しました。硫化水素は活性酸素を除去する酵素を失活させるので、酸化ストレスにより発ガンを増加させるという仮説が根拠になっています。
舌苔
口臭を生ずる最大の原因は舌苔の異常です(図5)。舌苔は舌表面の糸状乳頭という上皮組織が毛の様に伸び、そこに口腔粘膜の剥離上皮、白血球、食物残渣、細菌などが付着して白っぽく見えるようになったものです。
乳頭は、食物を食べたり口に物をくわえたりしたときに舌が傷付かないように保護するためと食物を舌の表面でしっかりと捉えるためにあると考えられています。糸状乳頭の先端は毎日少しずつ伸びていますが、咀嚼や会話などの舌運動に伴って少しずつ削られるので、通常は落屑と再生の平衡が保たれ、短い毛のように見えます。入れ歯が適合していないと、食事に際してあまりしっかり噛んで食べられないため、糸状乳頭の先端が削り落とされることがなく、どんどん伸びてしまって舌表面に白っぽい毛のようなものがびっしり生え、そこに口腔内の種々のものが付着して舌表面に苔が生えたように見えるようになります。これが異常な舌苔です。
異常な舌苔が付着しやすい誘因として、ドライマウス、シェーグレン症候群、胃腸障害、糖尿病、腎疾患、血液疾患、喫煙、抗生物質連用、飲酒などが挙げられていますが、これらと舌苔との関係は必ずしも明確ではありません。舌苔の異常な伸長は、防御反応として起こるようです。上部消化管の吸収障害がある場合、舌糸状乳頭の栄養血管に糖や蛋白質が増え、糸状乳頭の角質化が亢進して舌苔が伸長します。これに白血球、食べ滓が付いて舌苔が出来ます。これは吸収障害で弱った粘膜を保護する目的と、消化管に食物があまり来ないようにするためと考えられます。したがって、上部消化管の症状を改善させれば、舌苔の症状は改善できるはずです(図6)。
ラクトフェリンは舌苔を正常化し口臭を軽減する。
ラクトフェリン内服による舌苔の変化と口臭の軽減
歯科医が分厚い舌苔に遭遇する機会は多いとは云えません。患者は起床すると歯のブラッシングと口腔洗浄を済ませ、食事を摂取して来院するからです。当然、舌苔は削り落とされるので、起床時とはかけ離れた状態で来院します。そこで口臭のある患者に治験の主旨を説明し、同意を得た上で起床後の歯のブラッシング、ウガイおよび朝食を省略して来院してもらいました。そのような患者の一例を図7で示しました。ラクトフェリン内服前は舌面奥が分厚い舌苔で覆われていることがわかります。このような状態では、起床時の呼気に含まれる硫化水素、メチルメルカプタンの濃度は非常に高く不快な口臭があります。ところが図7下に示すように、腸溶性ラクトフェリンを300 mg/day服用し6日後には分厚い舌苔が健常人並の状態になっていました。データは省略しますが、この患者の舌苔が正常化するのにつれて、呼気硫化水素とメチルメルカプタン濃度が大幅に低下していることが明らかになりました。
現在、この治験は多数の患者が参加して進行中です。図8に示したのは別の患者の早朝における呼気の硫化水素とメチルメルカプタン濃度を示しました。この患者の場合には、ラクトフェリン腸溶錠の服用は、一日に150
mgから始めました。2週間後に硫化水素濃度が約半分、メチルメルカプタンが2/3に低下しましたが、低下率が低いのでラクトフェリンを600 mg/dayに増量しました。6週目からは再び投与量を150mg/dayに戻し10週間投与しました。
10週目にラクトフェリン投与をうち切り、12週目の揮発性硫黄化合物濃度を測定したところ、正常のレベルにまで低下したので、24週後に再び呼気を測定しました。図から明らかなように揮発性硫黄化合物は正常なレベルを維持していました。現在、口臭がひどい患者の同意を得て腸溶性ラクトフェリンの治験を継続中で、すでに相当数の症例数を得ています。ラクトフェリンが舌苔を正常化し、口臭を軽減することはデータを統計処理しても高度に有意ですから確定的です。ラクトフェリン服用者が云っていた「口の中がツルツルになった」とか「舌がスベスベになった」などの声は、厚かった舌苔が正常化したためだったのです。ネズミは口をきいてくれません。このような新しい発見は、トランスレイショナル臨床治験だから可能だったのです。何万匹のネズミを使ったところで、舌苔と口臭の研究は動物実験では不可能だったことでしょう。
引用文献
4) 使用した機器:アビリット株式会社製、商品名;オーラルクロマ。簡易ガスクロマトグラフィー方式により揮発性硫黄化合物を分離検出する。
口臭に関する研究では日本が世界をリードしています。
ラクトフェリンと舌苔
舌診は漢方で重視される診断基準で、口腔は全身的な健康状態を映す鏡です。そこで舌苔をキーワードとしてMedlineで調査してみました。驚いたことに、舌苔および口臭の研究は他の分野と比べ著しく遅れています。関連する幾つかのキーワードをクロスして、本研究と関連する研究も調べてみました。ドライマウスに関する論文はさすがに多く、9300あまりです。ドライマウスとラクトフェリンをクロスさせると、論文数は53に激減します。これらの論文はドライマウス患者の唾液に含まれるラクトフェリンを測定したもので、ドライマウス患者の舌苔を正常化し、口臭をラクトフェリンによって治療しようとする臨床治験は皆無でした。口臭症(halitosis)をキーワードとする論文も、715を数えます。その中で口臭とラクトフェリンの二つのキーワードが揃った論文は僅かに一つ、しかも、シェーグレン症候群の患者にN-acetylcysteineを投与した二重盲検治験の論文でした。患者の唾液ではラクトフェリン濃度が上昇し、涙ではリゾチーム濃度が低下していると述べており、舌苔および口臭の治療とは無関係でした。また、口臭症と舌苔について研究した論文は二つありましたが、薬物治療で舌苔を正常化できるという視点が欠けています。
口臭に関する研究で心強いことは、わが国の研究が世界をリードしていることです。東京歯科大学、東京医科歯科大学、大阪大学、北海道大学、九州歯科大学、鹿児島大学、その他多くの大学歯学部と歯科大学が口臭を研究しており、わが国の研究がいずれ世界標準になることでしょう。
筆者等の研究は「ラクトフェリンが舌苔の異常成長とを改善できること、舌苔の正常化は口臭の軽減をもたらすことを証明した最初の研究」です。今後、多数の症例を集め統計処理した結果を専門誌に発表することになっています。
Q |
ラクトフェリンとは何ですか?また、どのような性質をもっていますか? |
A |
ラクトフェリンは、母親が生まれたばかりの愛児に微生物、ウイルスなどの外敵から身体を守るために与えるたんぱく質の一種です。人間の母乳で特に赤ちゃんを出産直後の三日間に出る母乳には特別多量に含まれています。 |
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Q |
なぜ腸溶性が優れているのですか? |
A |
ラクトフェリンは熱に弱く、また、酸や酵素で分解されやすい性質を持っています。生後間もない赤ちゃんであれば、胃がまだ十分発達していないために、ラクトフェリンはそのまま腸まで届きますが、成人の場合、ラクトフェリンを飲んでも大部分が胃で分解されてしまいます。腸溶性ラクトフェリンは胃で分解されずに、小腸以下の消化管(受容体に結合)で作用するので腸まで届くことが重要なポイントなのです。
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Q |
ラクトフェリンは、何に効きますか? |
A |
ラクトフェリンは多機能蛋白と言われるとおり、体の調子が悪い方の生活の質を改善し、いろいろな病気に効果・効能を現します。ほとんどの効果は、ラクトフェリンが免疫を高めることに由来します。具体的には本研究会ホームページの図を参照してください。免疫を高めることに由来する効果とは別に、ラクトフェリンは痛みを和らげ、精神障害を改善する効果が見つかっています。うつ病、ストレス、ひきこもり、歯周病、がん性疼痛、がん治療と予防、関節炎.ドライアイ、ドライマウス等々の効能・効果は多岐にわたっています。有効な例がいろいろあります。 |
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Q |
アトピー性皮膚炎のようなアレルギー性疾患にも効果があるでしょうか? |
A |
ラクトフェリンは、動物実験でアレルギーの原因である物質の生産を抑制する効果が確認されています。また、ボランティアによる臨床試験では、花粉症、アトピー性皮膚炎、喘息などのアレルギーに有効なことが確認されています。 |
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Q |
眼が疲れやすくドライアイなので頻繁に目薬を差しています。ラクトフェリンは効果がありますか? |
A |
ラクトフェリン腸溶剤は、疲れ眼やドライアイに有効です。昔は疲れ眼、ドライアイなどは病気とは考えられず、眼を休めれば回復すると考えられてきました。しかし、現代はコンピューター、テレビなど眼を酷使することが多く、眼を休める暇はなかなかとれません。ラクトフェリンが疲れ目やドライアイに有効なことは、慶應義塾大学医学部眼科学教室で行われた臨床試験で確認されています。 |
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Q |
健康維持に飲んでもよろしいのでしょうか? |
A |
副作用の心配はありませんので毎日続けられます。ラクトフェリンは少ない量を経口的に摂取するだけで、弱毒病原体の増殖・炎症を抑え込むことができます。 |
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Q |
ラクトフェリンは便秘に有効ですか? |
A |
便秘の方にラクトフェリン腸溶製剤はお奨めできます。ただし、ラクトフェリンが便秘を改善するのは、乳糖とは無関係です。なぜ便秘によいかは完全に解明されていませんが、ラクトフェリンが回腸部で胆汁酸とゆるく結合することが遠因と考えられています。ラクトフェリンと胆汁酸の結合物は、悪玉菌と呼ばれるクロトリジウム菌、大腸菌等の生育を阻害し、善玉菌であるビフィズス菌、乳酸菌の増殖を助けます。したがって、ラクトフェリン腸溶剤を摂取すると、クロトリジウム、大腸菌が原因となっている便の悪臭が消えます。それのつれて、便秘が解消され、規則正しい排便があるようになります。 |
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Q |
抗がん剤を飲んでいますが、薬と一緒に服用しても大丈夫ですか? |
A |
ラクトフェリンは健康食品ですから大丈夫ですが医師に相談してからのほうが安心です。 |
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Q |
ラクトフェリンはがんに効きますか? |
A |
外科手術でがんを摘出した後にラクトフェリンを与えると、再発が予防できるのではないかと誰でも考えます。事実、国立がんセンターは、ラクトフェリンを使った大腸がんの二次予防を目的とする二重盲検試験が発足していることをホームページで報じています。
ラクトフェリンは原発巣や時間がたってある程度の大きさに達した転移がんに生育抑制効果を示さないが、がんの転移は抑制するだろうと予想できます。事実、これまで末期がん患者が腸溶性ラクトフェリンを内服した例でも、原発巣を縮小させる効果はないが、小さな転移巣は消失させる効果が認められています。 |
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Q |
毎日続けて飲まないと効果が出ませんか? |
A |
ラクトフェリン腸溶製剤の特徴は、他の健康食品と比べ効果は早く出現することです。一方、効果が消失するのも早く、摂取しないと一週間もすれば再び症状が現れます。したがって、ご質問のような摂取法でも無駄になることはありませんが、規則正しく摂取するのがよいでしょう。 |
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Q |
続けて飲んでいて量を増やしていかないと効果は薄れてきますか? |
A |
一般の薬は続けて内服すると次第に効果は消失します。これを耐薬性と呼んでいます。しかし、幸いなことにラクトフェリン腸溶製剤の場合には急速な耐薬性が発現することはないようです。 |
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Q |
スーパーやコンビニでラクトフェリン入りヨーグルトや飲み物など見かけるのですが、腸溶製剤と同じ効果があるでしょうか? |
A |
食物に添加されたラクトフェリンは、食物の胃内滞留時間である2〜3時間でほぼ完全に分解されてしまいます。ラクトフェリンの分解物が有効であると主張する論文もありますが、一般的には分解されてしまえば効能・効果が消失すると考えてよいと思います。したがって、単に嗜好品として摂取する場合を除き、効能・効果を期待する場合には腸溶製剤を摂取するのをお奨めします。 |
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