乳酸菌研究発表会 免疫力アップなど高まる期待
人の腸内には約500種に及ぶ細菌類がいる。その中で「善玉菌」の代表格とされ、注目度の高い「乳酸菌」の最新の研究成果などを報告する「乳酸菌研究発表会」(信和薬品=富山市=主催)が11月17日、東京都内であった。乳酸菌は腸内での「働き」で脚光を集め、広く健康飲料などで使われているが、発表会では「人が摂取する乳酸菌は生菌である必要はあるのか」など、最先端の研究成果が披露された。
◆特別講演「バイオジェニックスの時代へ」--東京大学名誉教授・光岡知足さん
◇「生きた菌」に限定せず働きを研究
私は1997年に「バイオジェニックス」を提唱した。
それまでは、腸内の細菌叢(そう)(フローラ=群生)によって体に良い効果をもたらす「プロバイオティックス」と、腸内の有用菌の増殖や活性化を促す「プレバイオティックス」という考え方が一般的だった。この二つが、細菌・微生物や食品関係の研究者に広く受け入れられていた。
これに対し、私たちのバイオジェニックスは「腸内細菌叢の助けを借りる」「細菌叢を介して」という発想は取らない。むしろ、整腸作用やコレステロール低下作用などの生体調節・防御、疾病予防・回復などに「ダイレクトに働く」という着眼に立つものである。
1908年、免疫の先駆的な研究でノーベル生理学医学賞を受賞したのがロシア生まれのメチニコフ博士。彼はブルガリアに長寿者が多いという事実に着目し、乳酸菌をたっぷり含むヨーグルトの「長命効果」を示唆したことは有名だ。ただしこれまで、乳酸菌・飲料の研究では「生きた菌」こそが有用という考え方が根強く、プロバイオティックスは「生きた細菌・微生物」に限定した方向で研究・開発が進められている。
だが、私はそうは考えなかった。菌が生きているか死んでいるかは関係なく、さまざまな働きは菌体成分そのものに由来するからだ。この点、実はメチニコフも「死んだ菌でもいい(働きがある)」と書き残している。
生後すぐの乳児の腸は無菌状態だが、1日過ぎると大腸菌や「善玉菌」の代表・ビフィズス菌が出現し、やがてビフィズス菌が優勢になって腸内を安定させる。ビフィズス菌には腐敗菌などを抑え、腸の活動を活発化させる働きがあり、同時に、乳酸を作る力もあるので関心が集まった。
例えば、生きた乳酸菌を含む飲料と変わらない人気を持つ殺菌乳製品では、乳酸菌は生きていない。つまり、乳製品は必ずしも、乳酸菌の生死に制約されていないのが実情だ。そればかりか、死んだ菌の方が腸内の免疫機能を高める力が強いという見解もある。
食品の機能には、生存のため栄養を補給すること、味覚を楽しむことなどがある。しかし、90年代に入って、栄養や味覚以外の目的を掲げた「機能性食品」が登場し、脚光を浴びることになった。この流れの中から、腸内のバランス改善を図るプロバイオティックスや、腸内細菌叢の調節や強化を狙うプレバイオティックスに注目が集まった。
そして、私たちのバイオジェニックスには、前二者にはない機能、働きが期待できる。いま多くの研究が進められているが、目標になっているのは例えば、腸内の免疫機能の強化、あるいは発がん性物質の吸着、生活習慣病の予防などである。現代生活はストレスが多く、ストレスはアドレナリンを多く出して、交感神経を刺激する。その結果、免疫力が弱まる。バイオジェニックスは、こうした分野でも力を発揮するだろう。
と同時に、機能がプラスに働くのに必要な菌の量はどれほどか、安全性の問題はクリアできているか、なども大きな課題になると考えられる。
◆ナノ型ラブレ菌の可能性--NPO法人日本サプリメント臨床研究会代表理事・長谷川秀夫さん
私たちは植物性乳酸菌の一種、ラブレ菌の「ナノ化」(極小化)に成功した。改めてここでその概要を報告し、併せてその意義について説明したい。
ラブレ菌は財団法人・京都パストゥール研究所(現ルイ・パストゥール医学研究センター)の故岸田綱太郎博士が、京都の酸茎漬(すぐきづけ)から分離・発見した乳酸菌だ。
一方、体に侵入したウイルスが細胞を刺激すると「産生」され、そのウイルスの増殖を抑えるのが体内の「インターフェロン」で、ラブレ菌には、このうちインターフェロンαの「産生能」を高める働きがあることが認められている。また、ラブレ菌には、リンパ球の免疫に携わる細胞の活動を活性化する働きがあることも立証されている。
ただ、ラブレ菌の粒子の大きさが8-10ミクロンを超えると、こうした免疫力が弱まることも分かっていた。体内のインターフェロンαも、このラブレ菌が小さいほど、その産生能が高まっていくことが判明している。
そこで、私たちはラブレ菌の表面がプラスに荷電していることに着目し、菌体を1ミクロン以下に小さくすることに成功した。ラブレ菌には凝集する傾向があるので「ナノ化」のための技術は容易ではなかったが、培養・加工工程をある特定の条件に調整することで実現できた。
この結果、新型のラブレ菌は数ミクロンの従来菌に比べ、インターフェロンαの産生能を5・6倍に高めることができた。
また、本日の発表会で光岡、菅両博士が指摘されたように、このナノ型ラブレ菌の働きは、生きていても死んでいても同程度であることも分かってきた。
私たちのラブレ菌を巡る研究は、これまでに乳酸菌加工品として結実してきたが、今後は、より高機能のナノ型ラブレ菌を用いた機能性食品の追求の一方、医学・薬学の世界も視野に入れた活動を心掛けていきたい。
◆複雑な腸内作用を追って--NPO法人日本サプリメント臨床研究会理事・菅辰彦さん
ヨーグルトなどに含まれる乳酸菌は、消化器内で出る胃酸や胆汁で死ぬ。これに対し、私が長い間、ずっと研究を続けてきた乳酸菌飲料は、特殊な、胃酸や胆汁では死なない乳酸菌が基になっている。
乳酸菌はいわば、食物を「腐敗」から「発酵」へと移行させる働きを持ち、整腸効果もそこに由来する。腸内で増殖し、多くの量の有機酸を出すことで有害菌の増殖を抑え、腸内を正常化して、ひいては腸管の動きを活発化させる、と言われてきた。
だが、乳酸菌が腸内で生き続け、増殖するという証拠はいまだに報告されていない。乳酸菌飲料を飲むことで乳酸菌が増殖するのなら、ある日1本を飲めば、後は自然に乳酸菌が増えるのを待てばいいことになる。実際、2-6歳の幼児に乳酸菌飲料を飲ませて便を調べると、乳酸菌の70%は生きていなかった。
小腸を食物が通過するのは3時間ほどなので、乳酸菌が増える時間的な余裕はない。また、大腸内では、1000倍にも及ぶビフィズス菌などとの栄養の取り合いに乳酸菌が勝てる余地はない。
これらを踏まえると、(1)生きた乳酸菌を腸内に入れても増殖しない(2)生菌にも死菌にも整腸効果がある(3)生菌の中に混ざっている死菌が整腸効果に寄与している可能性が高い??ことなどが推測される。
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■人物略歴
◇光岡知足さん(みつおか・ともたり)
1958年東大大学院修了。同農学部教授を経て名誉教授。フラクトオリゴ糖の腸内フローラ改善効果を発表。バイオジェニックス連絡協議会特別顧問。農学博士。専攻は細菌分類学、微生物生態学。2003年安藤百福賞大賞、07年メチニコフ賞。78年刊行の「腸内細菌の話」(岩波新書)はロングセラー。
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■人物略歴
◇長谷川秀夫さん(はせがわ・ひでお)
1988年京大大学院修了。バイオジェニックス連絡協議会議長、明海大歯学部客員准教授、理化学研究所客員研究員などを兼務。薬学博士。2001年和漢医薬学会奨励賞、03年韓国薬学大賞。
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■人物略歴
◇菅辰彦さん(かん・たつひこ)
バイオジェニックス連絡協議会議員を兼務。農学博士