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出血リスクを十分に考慮し、
薬物的予防法と理学的予防法を選択

西宮市立中央病院長 左近 賢人 先生  

 静脈血栓塞栓症(VTE)に関する米国のACCP(American College of Chest Physicians)ガイドライン第8版での大きな変更は、予防方法によって患者を層別化した点です。特別なVTE予防が不要な患者、理学的予防法のみの患者、抗凝固薬による薬物的予防法が必要な患者、より強力な薬物的予防法が必要な患者などに分けられました。

 例えば、一般外科手術ではVTEの付加的危険因子のない患者、泌尿器科手術では経尿道的手術や低リスクの泌尿器科手術を受ける患者は、早期の頻回な歩行以外の特別なVTE予防を行わないことが推奨されています。一方、それ以外の一般外科手術あるいは泌尿器科手術を受ける患者はすべて、原則、抗凝固療薬を主体としたVTE予防をルーチンに行うことが推奨されています(下 表1表2)。

 第7版までは、各患者の素因、原疾患や治療法などに基づいて、低・中・高・最高リスクの4群に分類し、予防法が提示されていました。しかし、深部静脈血栓症リスク評価モデルが煩雑なので、実際の臨床ではほとんど活用されませんでした。第8版では、より臨床に則した分類になったといえるでしょう。

 周術期管理におけるVTE対策は治療ではなく、あくまでも予防ですから、出血のリスクも考えて抗凝固療法を行う必要があります。ACCP第8版でも、VTEリスクの層別化に「出血リスクが高い」ことが加えられ、一般外科手術や泌尿器科手術を受けた患者で出血リスクが高い場合は、弾性ストッキング(GCS)または間欠的空気圧迫法(IPC)あるいは両者の併用による理学的予防法を適切に行います。そして出血リスクが低下したら抗凝固療法への切替えまたは追加が推奨されています。

 出血リスクの高さは、患者側の要因だけでなく、手術時の止血方法にも左右されます。この点は執刀医が最もよく知っていますから、出血リスクの高さは執刀医が判断し、VTE予防の対策方法を決めるべきでしょう。

 薬物的予防法に用いる抗凝固療薬について、第8版では、低用量未分画ヘパリン(LDUH)、低分子量ヘパリン(LMWH)、フォンダパリヌクスの3つが推奨されています。私自身はLMWHを多用しています。プロトタイプであるLDUH は個体によって効き目に差がありますが、LMWHは薬物動態が安定し、生物学的利用率が高いからです。

LMWH :低分子量ヘパリン
LDUH :低用量未分画ヘパリン
GCS :弾性ストッキング
IPC :間欠的空気圧迫法

表1

一般外科手術における勧告(ACCPガイドライン第8版より)

  1. 一般外科手術を受ける低リスクで、血栓塞栓の付加的危険因子のない患者には、早期の頻回な歩行以外の特別な血栓予防を行わないことを推奨する(Grade 1A)。
  2. 良性疾患に対して大手術を受ける中リスクの一般外科手術患者では、LMWH、LDUHまたはフォンダパリヌクスによる血栓予防を推奨する(いずれもGrade 1A)。
  3. 癌に対する大手術を受ける高リスクの一般外科手術患者では、LMWH、LDUHの1日3回投与またはフォンダパリヌクスによる血栓予防を推奨する(いずれもGrade 1A)。
  4. 複数のVTE危険因子を有し、特に高リスクと考えられる一般外科手術患者には、薬剤による血栓予防(LMWH、LDUHの1日3回投与またはフォンダパリヌクス)と適切な理学的予防法[GCSおよびIPC]の併用を推奨する(Grade 1C)。
  5. 出血リスクの高い一般外科手術患者には、適切に装着されたGCSまたはIPCによる最適化された理学的血栓予防を用いることを推奨する(Grade 1A)。高い出血リスクが低下した場合には、薬剤による血栓予防に切り替える、あるいは理学的血栓予防に薬剤による血栓予防を追加することを推奨する(Grade 1C)。
  6. 一般外科大手術を受けた患者では、退院まで血栓予防を継続することを推奨する(Grade 1A)。癌の大手術患者またはVTEの既往のある患者など、リスクの高い一部の一般外科手術患者では、退院後も最大28日間のLMWHによる血栓予防の継続を考慮することを提案する(Grade 2A)。

表2

泌尿器科手術における勧告(ACCPガイドライン第8版より)

  1. 経尿道的泌尿器科手術または他の低リスクの泌尿器科手術を受ける患者には、早期の頻回な歩行以外、特別な血栓予防を行わないことを推奨する(Grade 1A)。
  2. 開腹による泌尿器科大手術を受ける患者には、血栓予防をルーチンに行うことを推奨する(Grade 1A)。
  3. 開腹による泌尿器科大手術を受ける患者には、LDUHの1日2回または1日3回投与(Grade 1B)、手術直前から歩行可能となるまで継続するGCS、IPCの単独使用あるいは併用(Grade 1B)、LMWH(Grade 1C)、フォンダパリヌクス(Grade 1C)、あるいは薬理学的予防(LMWH、LDUHまたはフォンダパリヌクス)と理学的予防(GCS and/or IPC)の併用(Grade 1C)によるルーチンな血栓予防を行うことを推奨する。
  4. 出血している、または出血リスクのきわめて高い泌尿器科手術患者では、少なくとも出血リスクが低下するまで、GCSまたはIPC(あるいはその併用)による理学的血栓予防を適切に行うことを推奨する(Grade 1A)。高い出血リスクが低下した場合には、薬剤による血栓予防に切り替える、あるいは理学的血栓予防に薬剤による血栓予防を追加することを推奨する(Grade 1C)。

ACCPガイドライン 第8版 静脈血栓塞栓症の予防,
Medical Front International Limited, 2009 より引用

2010.2.12 記事提供:日経メディカル