Lesson9

埴岡 隆 はにおか たかし
大阪大学歯学部講師(予防歯科学講座) 医学博士
1981年大阪大学歯学部卒業
1990〜91年米国テキサス大学留学
1956年10月生まれ、大阪府出身
著書:喫煙に関連した口腔疾患のスクリーニングガイド(共著)、他
主研究テーマ:歯肉微小循環機能、口腔保健医療従事者による禁煙サポート、他
雫石 聰 しずくいし さとし
大阪大学歯学部教授(予防歯科学講座) 医学博士
1971年大阪大学歯学部卒業
1978年〜80年米国テキサス大学留学
1947年2月生まれ、大阪府出身
著書:口腔保健学(共著)、歯周病学(共著)、他
主研究テーマ:歯周病とライフスタイルとの関連性、歯周病原性と唾液タンパク質との相互作用
要約

疫学手法の進歩により、歯肉炎症はあまり強くないがアタッチメントロスや歯槽骨の吸収が大きいなど、喫煙者に特徴的な歯周病が生ずることが明らかにされ、喫煙が歯周病の重要なリスクファクターとして注目されている。歯周病患者には喫煙者が多く、喫煙者の歯周治療の必要性は大きいが、予後は非喫煙者と比べて劣る。歯肉縁下プラーク細菌叢には明らかな差は認められず、喫煙は、歯周組織における宿主の応答あるいは組織修復に影響を及ぼすと考えられる。禁煙プログラムの効果については未だ明確にはされていないが、疫学研究の結果から、禁煙することが歯周病を予防し、歯周治療の成果を高め、患者の歯周保健に寄与することが期待できる。

キーワード
歯周病(Periodontal disease)/喫煙(Smoking)/
リスクファクター(Risk factor)
1.はじめに
喫煙は、全身の種々の癌の最も重要な環境要因のひとつであり、わが国の癌死亡の約32%に寄与する1)といわれている。特に、肺癌については、喫煙が寄与する割合は男性で71.5%と非常に高く、部位別の癌死亡数でも1994年に胃癌を抜きトップにたった。喫煙の全身への健康影響は吸い始めてから相当の歳月を経てからでないと現れないが、わが国の成人男性の喫煙率が高いレベルで継続していることがその理由と考えられている。喫煙は、癌のほか、循環器・呼吸器・消化器系の様々な疾患の発症・有病と直接関連があることが多くの疫学研究の結果から明らかにされている。

最近になって、歯周病がこのリストに新たに加えられようとしている。喫煙の歯周組織への影響は比較的若い年代に始まり、しかも発見しやすい部位にあるという点では、他の臓器に及ぼす影響とは異なる歯科疾患としての特徴でもある。また、近年、歯の喪失とも関連があることも示されている。わが国の成人男性の59%が喫煙者であり、近年、女性の喫煙者も増加傾向にあることから、喫煙は、21世紀の口腔保健を考える上で見逃せない問題である。

本稿では、まず、喫煙と歯周病についての疫学的研究の成果と喫煙患者の歯周病の臨床像について紹介する。そして、歯周治療における問題点と喫煙による歯周組織破壊のメカニズムについて考察し、最後に歯科臨床における禁煙サポートについても触れてみたい。
2.喫煙と歯周病
喫煙と歯周病に関して最も古い記述は、おそらく、1947年のデンマークの疫学研究であろう。この研究では、喫煙と急性潰瘍性歯肉炎の有病との関連が示されたが5)、この後、1970年代にかけて行われた疫学研究では、喫煙と歯周病との関連性については必ずしも明確にならなかった。たとえば、喫煙者は非喫煙者と比べてプラークが多いとするものと、差がなかったとの報告があり、また、喫煙とプロービングの深さや歯槽骨の喪失との関係についても関連が認められたという報告に対して、明確な関連はなかったとの報告がある。

喫煙者には口腔衛生状態の悪いものが多いことに焦点があてられた当時の結論は、「喫煙患者には、禁煙を勧めるというより、口腔清掃の動機付けを強化するとよい」、と考えられていた。

1980年代にはいって、新しい分析手法を用いてプラークの要因を統計学的に保証することが可能になったため、喫煙と歯周病との関連性が明確に示されるようになった。これらの研究では、喫煙者ではポケットの深い部位が多く、また、ポケットの深さも深いこと、歯槽骨の吸収が大きく、特に高齢者では顕著であった。

表1は、各地域における調査結果から示された歯周病に対する喫煙のリスクをオッズ比で比べたものである。オッズ比とは分かりやすくいえば、ある要因に暴露される場合、されない場合と比べて何倍その疾患に対してリスクがあるかを示している。

いずれに研究でも、歯周病への喫煙者のリスクは非喫煙者に比べて約2〜9倍と大きいことが分かる。オッズ比の数値に幅があるのは歯周病の判定基準や対照集団のとり方が調査により異なることによると思われる。また、元喫煙者のリスクをみると、その値はおおむね2倍と現在喫煙している者のリスクより低く、禁煙すると歯周病のリスクは低下することを示している。 

図1に喫煙習慣と歯槽骨の吸収程度との関係を調べた調査結果を示した。喫煙者は非喫煙者よりも歯槽骨の吸収が大きく両者の差は歯周病が進行すると共に明瞭になること(A)、また、歯科衛生士を対象にした調査(B)では、たとえ口腔清掃状態がよくても喫煙者の方が歯槽骨の吸収が大きく、両者の差は、年齢と共に大きくなることが判明した。

表2に疫学研究の結果明らかになった喫煙者にみられる歯周病の特徴をまとめた。喫煙者では歯槽骨の吸収が大きいことやアタッチメントロスが大きいことが、大規模な断面調査や長期の追跡調査においても確認されている。

最近、疾病予防の観点から歯周病を見直した、新しいパラダイムが提唱されている(図2)。この概念は、歯周病の発病、進行から歯の喪失に至る過程には様々なリスクファクターが関与しており、歯周病の発病・進行の各段階において影響するリスクファクターを解明することにより、的確で効果的な歯周病の予防ができるようになるというものである。
近年行われた大規模な疫学調査では、全身疾患など歯周病と関連する可能性のあるリスクファクターを調査項目に用い、疾患のリスクがオッズ比を用いて分析されるようになったために、喫煙がどの程度影響しているかがより明確になっていきた

図3はその代表的な研究結果であり、アタッチメントロスと歯槽骨の吸収に関連するリスクファクターが関与する強さをオッズ比で比較したところ、喫煙の影響が強いこと、しかも、歯槽骨の吸収にはごく軽度の喫煙でもリスクがあることが判明した。歯周病との関連する可能性のあるリスクファクターを用いた研究結果をみると、喫煙は他のファクターと比べて十分特異的であることが分かる。

図4は喫煙量とアタッチメントロスとの関係を示したものである。地域住民を調査対象とした研究では、アタッチメントロスの大きい者の生涯喫煙量は多かった(A)。また。歯周病患者を調査対象とした研究24)では、30歳以下の非喫煙者のアタッチメントロスを基準にして換算すると、各年齢層で1日の喫煙本数とアタッチメントロスとの相関性が認められた (B) 。

この研究では、1日の喫煙本数が増えるに従い、どの程度アタッチメントロスが増加するかが示され、30歳以下の年齢層では、1日1本で0.5%、10本で5.1%、20本で10.4%もアタッチメントロスが増加することが判明した。この他、喫煙と歯周病との量−反応関係を示す結果は多くの研究で示されている。
3.喫煙患者の歯周治療
喫煙者は、非喫煙者に比べて歯周病の治療の機会がより多くなる。一般歯科を受診した患者層に比べて、歯周病専門医を受診した中等度歯周病および重度歯周病の患者層では、現在喫煙者が有意に多いことが示された。また、歯周治療の必要度を表す指標(CPITN)を用いて喫煙者と非喫煙者を比べると、喫煙者の必要度が高かったことも示されている。臨床の現場からは、特に喫煙と関連する歯周病という意味で、表3に示されるような臨床像を特徴とする喫煙関連性歯周炎が最近提案された。

喫煙の影響は若年層でより顕著であることが示されている。図5は、当教室が行ったCPITNを用いた調査結果で、歯周処置が必要な歯周ポケット有病部位数を年齢・喫煙習慣別に示したものである。喫煙者では歯周治療必要部位が多いことが分かるが、喫煙者では非喫煙者より若い年齢層で増加していることが理解できる。

図6は喫煙の歯周病に対する寄与の程度を示しており、19〜30歳で51%、31〜40歳で32%であった。また、20〜30歳の確立期の歯周炎を指標とした場合、喫煙者のリスクはオッズ比で14.1であったという。したがって、若年齢層の喫煙者を見る場合、未だ顕在化していない歯周病の症状の発見に努めるべきであろう。

歯周病はプラークに起因する疾患である。図7には口腔清掃を中止し、実験的にプラークを蓄積させ、歯肉炎症を惹起させて、喫煙の影響を比較した研究結果を示した。喫煙者と非喫煙者との間にはプラークの蓄積量には有意の差が認められなかった(A)が、プロービング時の歯肉出血(B)および歯肉溝滲出液量(C)が喫煙者で少なかった。

この結果にもみられるように、喫煙者ではプラーク蓄積に対する歯肉の炎症反応が小さいことが示されている。非喫煙者でもそうであるが、喫煙者の場合は特に、歯肉所見のみで歯周病の診断を下すことは禁物である。そして、喫煙者では自覚症状としてのブラッシング時の出血も少なくなることが予測され、歯周病の発見が遅れることもあるのではないかと思われる。

喫煙は歯周治療の予後にも関与している。表4は、様々な方法を用いた歯周治療の予後に関する研究結果をまとめたものである。スケーリングおよびルートプレーニングといった非外科処置では、喫煙者のプロービングの深さの減少は、非喫煙者と比べて臼歯部では同等だったが前歯部で減少が小さかった。歯周外科手術を受けた患者に長期間の追跡調査を行ったところ、喫煙者では非喫煙者に比べて有意にポケットが深くなり、アタッチメントレベルの獲得が小さかったことが報告されている。

この他、喫煙者では、歯肉粘膜弁移植、インプラント術31)の成功率が低く、GTR後のアタッチメントの獲得も少なかった。また歯周治療の予後が悪いものを難治性歯周炎と呼んでいるが、このタイプの患者を調べたところ90%以上が喫煙者だったと報告されている。

このように、歯周治療の効果が喫煙者では小さいことが明らかになった現在、喫煙者に対して行う歯周処置については、前もって、その効果が小さいことがある旨、患者に了解をとっておく必要があるのかもしれない。
4.喫煙による歯周組織破壊のメカニズム

喫煙による歯周組織破壊のメカニズムについて、これまで明らかになったこと、また、仮説として考えられることを図8にまとめた。まず、病因因子であるプラークに及ぼす影響については、先に示したように(図7)、プラークの蓄積量には喫煙者と非喫煙者との間にほとんど差がないことが判明している。

そして、プラーク量が非常に少ない集団において喫煙者と非喫煙者の歯槽骨レベルを比較した研究でも、喫煙者の歯槽骨のレベルが小さかったことが示されている7)。したがって、喫煙の歯周組織への悪影響には、プラークの量への影響を介した間接的な関与はほとんどないと思われる。

歯石は、病原性細菌の定着を促進させる要因であるが、喫煙者には非喫煙者と比べて歯石が多いと報告されている。また、喫煙者の歯周ポケットが非喫煙者より嫌気的状態である38)ことも示されていることから、喫煙者では歯肉縁下プラーク中の歯周病原性細菌の増殖に都合の良い環境が生じていることが想像できる。しかしながら、最近の研究では、歯周病原性細菌といわれているActinobacillus actinomycetemcomitansや、Porphyromonas gingivalis, Prevotellaintermedia, Bacteroides forsythusの検出率には、喫煙者と非喫煙者との間に有意の差が認められなかったという。また、歯周治療による歯肉縁下プラーク細菌叢の変化についても喫煙者と非喫煙者との間に差が見られなかった。したがって、喫煙は歯肉縁下プラーク細菌叢にはあまり影響を及ぼさないようである。

以上のことから、喫煙は、細菌に対する宿主の応答に強く影響を及ぼすと考えられる。歯周組織ではプラーク中の細菌の攻撃に対して、免疫系・微小循環系が機能して宿主の防御反応(炎症)によって対抗するが、喫煙はこの防御反応を抑制したり、その反応様式を変化させる証拠が示されている。一方、攻撃を受けた組織には絶えず修復のメカニズムが働くわけであるが、この修復機構にも喫煙が影響を及ぼしていることが最近示されるようになった。とりわけ、後者は、歯周治療の予後が喫煙者で悪いことからもうなずける。

喫煙が全身の免疫機能、微小循環機能に及ぼす影響は広く知られるところであるが、喫煙者の口腔においても、唾液中のIgA39)、Prevotella intermediaとFusobacterium nucleatumに対するIgG抗体25)が減少していることが示されている。また、宿主が細菌に対して効果的に応答する為には、好中球が正常に機能しなければならないが、タバコの煙や煙に含まれるニコチンが好中球機能を低下させることが示されている。

たとえば、口腔の好中球の走化性や貪食能が障害され、抗菌機能を抑制させることが示されている。ニコチンまたは、単球の骨吸収因子の分泌を促進することが示されている。臨床疫学においても、急速性(破壊性)歯周炎に罹患した喫煙患者の好中球の貪食能が低下していることが報告されている。

歯肉微小循環系への影響については、喫煙が短期的に及ぼす影響と長期間作用した場合の影響が報告されている。喫煙直後の短期的影響と考えられるものでは、ニコチンを動物に投与した直後に歯肉血流の減少が認められたという報告があり、レーザードップラー法を用いた測定では、歯肉血流の増加あるいは減少が示され、測定部位によりその結果は異なっている。

当教室の研究では、図9のように喫煙直後の歯肉には血液量と酸素飽和度の減少が認められ、喫煙直後の歯肉組織は低酸素状態になることが示唆された。喫煙を長期に続けた場合については、ニコチンを全身投与されたラットの歯肉毛細血管の長さ、高さが2週間後に減少することが示されている。また、実験的歯肉炎においても喫煙者の毛細血管の本数が少なく、さらに、喫煙者の歯肉溝滲出液量は非喫煙者より少ないとの報告もある。したがって、喫煙直後の歯肉では、血流量の不均衡が生じ、喫煙を続けることにより、こうした急性影響が蓄積して、次第に歯肉の微小循環機能が低下していくものと考えられる。

たばこの煙には4,000種以上の化学物質が含まれており、そのうち有害であることが分かっている物質は200種を超えている。この中でも含有量と毒性の強さからみて、タール、一酸化炭素、ニコチンが3大有害物質といわれている。

現在、わが国では国民の健康への関心が高まっており、歯周病への関心もこれに同期している。予防歯科プログラムに取り組む歯科医師が増加しつつあり、この予防歯科プログラムのなかに2〜3分、禁煙プログラムを取り入れ、患者の禁煙をサポートすることにより、予防歯科学と予防医学の両面から患者が健康的なライフスタイルをもち、幸せな生涯を送ることへの手助けができるのである55)。禁煙サポートを通じて地域歯科保健の役割が拡大するだけでなく、健康を願う地域住民の口腔保健に対する見方がいっそう向上するものと思われる。

日本歯科医師会雑誌 Vol.49 No.6 1996-9