味を感じるところはどこだろう。私たちヒトの場合はもちろん、舌である。
舌には乳頭という小さなツブツブがある。4種類の乳頭が知られ、このうち3つの乳頭には味蕾(みらい)という花のつぼみに似た構造がある。成人は約9千個の味蕾を持ち、それぞれ数個の味細胞からなる。味細胞と書くことからも分かる通り、味を生じる物質(味物質)を受け取る細胞である。
味蕾の個数は、生物種によってかなり差があり、牛だと約2万5千個になる。ナマズの場合、体表面にも存在するので、全部で約10万個にも達する。
味細胞の寿命は10日間ほどだ。脳の神経細胞の寿命は数十年だから、同じ細胞でもずいぶんと違う。これは、味細胞が外部から色々な化学物質を受容するという事実と無縁ではない。
脳細胞の寿命が長いのは、記憶をつかさどっているためだ。そうは言っても、年を重ねるごとに脳細胞は減り、記憶力の低下を生じる。味蕾の数も同様で、ヒトなら5−7ヵ月の胎児が最も多く、40歳半ばを過ぎると、どんどん減り始める。従って10歳代から20歳代にかけて、味覚は最も鋭敏になるはずだ。
ところが、である。最近、味を感じることのできない若者が急速に増えている。うまいものを食べても、その味が分からない。日本大学名誉教授の冨田寛博士は「毎年14万人が新たに味覚異常になっており、その中でも若者の急増が目立つ」と指摘している。
味覚障害の多くは、体内の微量金属、亜鉛の不足により起きる。亜鉛は細胞の若返りに重要な働きをしている。味細胞はどんどん死に、そして新生する。その新生に亜鉛が必要となる。実際、味を感じる味蕾には、亜鉛が多く含まれている。
亜鉛と言うと、生体にある毒性のある鉛の親せきとか、と誤解する方もいらっしゃるだろう。ローマ帝国が滅んだのは、鉛製の水道管を使い、鉛のコップで水を飲み、鉛の毒が広まったためとの説があるほどだ。
体内にある亜鉛は、体重の0.02%の量を占める。体重50キログラムの人で、わずか10グラムだが、私たちにとって絶対必要なのだ。1日に必要な摂取量は大人で15ミリグラム。妊娠時は20ミリグラム、幼児は5ミリグラムだ。亜鉛を多く含む食物は、高野豆腐(凍り豆腐)や湯葉、チーズ、カキ、ホタテ、アワビ、干しシイタケ、煮干などで、例えば湯葉には100グラム中に約8ミリグラム、チーズには4ミリグラム含まれている。
味覚障害には、亜鉛の摂取不足のほかに、薬の副作用によるもの、心因性のものなどいくつかあるが、亜鉛を含む薬を飲むことで、その30%が治るという。
今の日本人の平均的な食卓では、亜鉛の摂取量は1日わずか9ミリグラム、若い女性に至っては6.5ミリグラムと、非常に不足している。
湯葉や干しシイタケといい、昔の日本人の食卓には当たり前に見られたものだ。多彩な食材が増え、簡便な調理法は広まったが、体に必要な栄養を摂取する点からみると、必ずしも好ましい方向に進んでいるとは言い難い。食を見直す反省期に来ているようだ。
(九州大教授 都甲 潔)
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