味覚のナゾ

味は、舌の表面にある組織、味蕾(みらい)でまず受け止められる。砂糖やカフェインなどの物質が、味蕾の中にある味細胞に作用し、その情報が脳に届き、味が分かる。

細胞一般に言えることだが、味細胞も生体膜からなるもので表面を覆われている。生体膜には、化学物質を受け取るたんぱく質(受容体)があり、受け取ったという情報が電気信号に変換され、味細胞とつながっている神経に伝わり、それが脳へ行く。

この化学物質の受容、電気信号への変換、信号の伝搬、脳での知覚、という一連の過程は、すべての感覚で共通である。つまり視覚では光が視細胞で受け取られ、それが電気信号に変わり、神経を伝わり、脳で知覚される。味覚では化学物質、視覚では光と、受容する対象は異なっているが、その後のプロセスは同じだ。

私たちの社会は、電気を抜きにしては語れない。電気が約200年前、イタリアの解剖学者ガルバニによるカエルを使った実験で見つかったことは、あまりにも有名である。

ちなみに、舌を2つの金属、例えば亜鉛と銅ではさむと、味を感じたような錯覚に陥る。これは、2つの金属の摂食で電気が生じ、それが舌の神経を刺激するためだ。神経はそれを脳へ伝え、脳は「味」を感じたのである。

生体膜は脂質膜にたんぱく質が埋まった構造をしている。このような構造は、生体内で自発的にできあがる。実際、脂質膜は私たちも日常よく見かけることができる。それはせっけんからできたシャボン玉である。せっけんは脂質膜の親せきである。

シャボン玉の膜はせっけんの分子が自発的に並んだものだ。生体膜の基本である脂質膜も、シャボン玉同様、自発的に組み上がり、それを専門用語で自己組織化と呼んでいる。

さて、5つの基本の味(塩味、酸味、苦み、甘味、うまみ)に応じて、それら化学物質を受け取る受容体は異なっていると考えられている。最近の分子生物学の急速な発展で、受容体の正体がかなり鮮明になってきている。

それは、脂質膜を7回貫通するたんぱく質である。そして驚くべきことに、その7回貫通型たんぱく質は、光を受容するたんぱく質と親せき関係にある。におい物質も、同種のたんぱく質で受け止められているらしい。

このたんぱく質は、精子にもみられる。卵子の出す化学物質を感知し、それを目標に一目散に泳ぐのだ。科学者は自然の中に普遍性を見いだそうとする。その意味において、これらの共通する発見が、大変な喜びと感激を持って迎え入れられたのは当然のことと言えよう。

7回貫通型たんぱく質は、苦み、甘味、うまみの受容体であり、酸味や苦みでは他のタイプのたんぱく質が関与していると考えられている。北海道大学名誉教授の栗原堅三博士は「生体膜の構成成分である脂質膜も、苦みの受容に重要な働きをしている」と指摘している。

どうやら事情は、そう単純ではないようだ。これらの具体的な検証には、もう少し時間がかかりそうだ。

(九州大学教授 都甲 潔)

(2001.12.1 日本経済新聞)