ある日の深夜勤の午前1時頃、80歳過ぎのソマリア人の患者が救急車で搬送されてきました。「顔が腫れているので救急車を呼んだ」そうですが、呼吸困難はないようです。「浮腫か、あるいは感染症か」などと考えながら診に行くと、この方は私のことを知っているようで、うれしそうな顔で親しげに話しかけてきます。そういえば2〜3カ月前、腹痛を訴えて受診した彼を診察したことがありました。
笑い話のタネで済めばいいけれど…
このとき、彼は「少なくとも数年間はある『目の下の垂れ』に、インターネットで見つけた薬が効くかどうか聞きたくて来院した」というのです。80歳なら「目の下の垂れ」があってもおかしくはないし、それを理由に深夜1時に救急車で来院するというのは問題です。そこで、「救急外来は、救急と思われる病態を救急専門医が診察するところなんですよ。ここではご質問への適切な答えも分からないので、後日、皮膚科外来を受診していただけますか?」と丁重にお願いしました。
この1件は同僚との笑い話のタネにはなりましたが、2011年のアメリカは国家の医療費高騰を受けて成立した医療制度改革でもめにもめている最中。いろいろと考えてしまいます。また、2007年のアメリカ医療研究所(Institute of Medicine:IOM)の報告[1]にもあったように、アメリカの病院救急部の混雑は患者の安全を脅かしかねない深刻な問題となっているという認識もあります。日本でも状況は似ているようで、日経メディカル オンラインでも軽症の救急外来患者からの特別料金徴収に関連した記事が掲載され(
2011. 2. 9 「『救急外来患者から特別料金を徴収』との回答は14%」)、注目を集めたようです。
一般人の救急車要請は適切か?―イギリスの報告から
イギリスのバーミンガム大学で行われた、「一般の方々」の救急車要請に関するアンケート調査結果が最近発表されました[2]。それによると、まず救急を要する病態では、適切に救急車の要請をする場合が多いということです。具体的には、胸痛や重症の可能性のある外傷では救急車を適切に要請しているようです。ただし、髄膜炎や脳梗塞など、救急を要する場合でも救急車が要請されにくい病態もあるようです。
一方、救急を要さない場合の要請、つまり救急車の不適切な要請もかなりの割合に上るということです。妊婦の陣痛が始まった、幼児がちょっと頭をぶつけた、慢性腰痛の鎮痛薬が切れた―といったことでの救急車の要請を、「不適切」と考えない人が少なくないようです。
ただし、この調査の対象者はわずか150人に過ぎない上、対象者の多くが研究者の家族や友人(そのため、調査対象の約25%が看護師などの医療従事者)だった点に、調査の限界があると言えます。また、イギリスは国民皆保険でプライマリケアを重視した医療制度を採っているので、日本やアメリカと比較するときには、その点も注意が必要です。それでも、この結果は大いに参考にできるとは思いますが。