悪玉HDL
動脈硬化を抑制せず逆の効果が
日経メディカル2012年3月号「今月のキーワード」(転載)
LDLコレステロール(LDL-C)は「悪玉」、HDLコレステロール(HDL-C)は「善玉」と呼ばれる。しかし近年、構成蛋白の酸化や欠損などにより、機能に異常を来した酸化HDLや機能不全HDLといった「悪玉HDL」の存在が明らかになってきた。元埼玉医大生化学教授の菰田二一氏は「HDL-Cが全て善玉とは限らない」と語る。
HDLの主な機能は、泡沫細胞からコレステロールを引き抜いて肝臓に送る逆転送機能だ。他にも、抗酸化作用、抗炎症作用、抗血栓作用、内皮細胞の修復作用、内皮細胞のNO産生促進作用など、多くの作用がある。この作用に期待し、HDLを増やす薬剤が開発されてきた。
その一つが、コレステロール転送蛋白(CETP)阻害薬だ。CETPは、HDLからLDLにコレステロールを輸送し量や質を調整する分子のこと。これを阻害すればLDLにコレステロールが輸送されず、HDL-C値が上昇すると考えられる。
CETP阻害薬の一つとして開発されたtorcetrapibは、12カ月間投与の結果、HDL-C値が狙い通り72.1%上昇した。ところが、心血管イベントの発生率や総死亡率が有意に増加したことが判明し、開発は中止となった。考えられる原因について、阪大循環器内科病院教授の山下静也氏は、「CETP阻害薬によって増えたHDLが機能不全HDLであった可能性がある」と話す。
その根拠として山下氏は、CETPがもともと欠損するCETP欠損症を挙げる。この患者のほとんどは、HDL-C値が高値になる。HDLが100mg/dL以上になる高HDL血症は、動脈硬化抑制作用が強く、長寿につながると考えられてきた。しかし山下氏らの研究で、CETP欠損症患者は同年齢の健常者に比べ、頸動脈の動脈硬化が進んでおり、冠動脈疾患を有していたり、長寿でないことが判明。「CETP欠損症に伴って高値になったHDLは、コレステロールをため込んで大きくなり、コレステロール引き抜き機能が落ちた機能不全HDLだ」と山下氏はみている。
また海外では昨年、冠動脈疾患患者のHDL-Cは健常者のHDL-Cに比べ、(1)血管内皮細胞のNO産生の抑制(2)活性酸素種の産生増加(3)内皮細胞への単球接着の増加(4)傷害内皮の再生抑制─などの有害作用を示すと報告された。山下氏は、「冠動脈疾患患者のHDLには異常があり、内皮に対して悪影響を及ぼすことが確認された」と語る。菰田氏も、冠動脈疾患や糖尿病の患者などの血中では、健常者に比べ酸化HDLが増加すると報告している。
HDLが機能不全になるのは、炎症や酸化が原因といわれる。例えば、喫煙はLDLとともにHDLも酸化する。菰田氏は、「HDLの量のみならず、質に注目すべき」と語る。
ただし機能不全HDLを測定するためのキットはまだ開発されていない。山下氏は、「機能不全HDLが日常臨床でも測定できるようになれば有用だ。今後開発が望まれる」と話している。