森林セラピー:効果、科学的に分析 先を急がず、五感働かせて
◇癒やしの森林セラピー
咲き誇った桜が散ると、次は新緑の季節がやって来る。木々の緑に包まれてリラックスする「森林浴」が人気だが、最近は科学的データに基づいた「森林セラピー」の取り組みが広がっている。体験してみた。【丹野恒一】
今月初め、肌寒さが残る東京都奥多摩町の「森林セラピー基地」を訪ねた。NPO法人「森林セラピーソサエティ」(今井通子理事長、本部・東京都千代田区)が認定した都内唯一のスポット。おくたま地域振興財団が運営する。
JR青梅線の終点、奥多摩駅(標高343メートル)で降りると、初めに町福祉会館でガイダンスを受け、血圧などの健康チェック。森林セラピーの特徴として、ストレス度の指標となる消化酵素「唾液アミラーゼ」の簡易測定もした。
森林の中を渓谷が縫う奥多摩の基地は1・3〜12キロの5コースがある。今回は「登計(とけ)トレイル」(1・3キロ)を中心に歩いた。千葉大のランドスケープ研究者らが設計した森林セラピー専用コースだ。
案内役の真田比呂美さんのリードでストレッチ体操をした後、多摩川に沿って歩き始めた。先を急がず、気に入った場所で立ち止まり、おいしい空気をたっぷり味わう。森を抜ける風、川のせせらぎに耳を澄ませる。
つり橋を渡っていると「怖くなければ、ここで一つしたいことがある」と真田さん。「奥多摩式森林呼吸法」だという。7秒かけて鼻から息を吸い、へそ下約3センチの丹田に落とし込む感じで、5秒止める。最後に10秒かけて口からゆっくりはく。「仕事でイライラしそうになった時もスイッチが切り替わりますよ」
樹木は幹や葉から、揮発性の有機化合物「フィトンチッド」を発散している。殺菌作用があり、免疫力を高めるとされる。深く吸い込み、全身に広がるのをイメージする。
歩行中に強調されたのは「五感を働かせること」。例えば、足裏。針葉樹と広葉樹では落ち葉の踏み応えが違う。岩が露出した所、ウッドチップの道と、変化を感じ取れる。
1時間ほど歩くと、眺望のよい丘に出た。ベンチは背もたれの角度が深く、木々のてっぺんと空が自然に視界に入る。ハーブティーを飲みながら、解放感を味わった。昼食後、30分ほど歩いてゴール。再び唾液アミラーゼを測定したが、期待に反し、出発前より高い値に。森林セラピーマネジャーの原島滋隆さんは「仕事として歩いたからでは。楽しくてはしゃぎ過ぎても、高い値が出やすい」と話す。
奥多摩では年間1000人以上が基地を利用する。「30〜40代の働く女性に人気」といい、「森の匂いや風を感じられた」「日ごろの忙しすぎる時間を忘れられた」などの感想が寄せられている。参加7人ごとにガイド1人が付き、弁当を含め1人6000円から。ヨガやアロマ教室、そば打ちや草木染めなどのセットメニューもある。
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森林セラピーソサエティは06年から、「基地」の認定事業を始めた。従来の森林浴は感覚的な効果にとどまっていたため、医学的なエビデンス(科学的根拠)を重視。森林では、ストレス指標となるホルモン分泌や交感神経活動が抑制され、逆に、リラックス時の副交感神経活動や、免疫力を示すナチュラルキラー(NK)活性が高まるという。
昨年10月には、森林セラピーのイベントが全国28カ所で一斉開催され、東日本大震災の被災者も招かれた。福島県広野町から神奈川県山北町に避難する宮川良子さん(68)も、夫婦で参加した。みんなで手をつないで巨木を囲んだり、町を一望できる丘に立って景色を楽しんだ。「アミラーゼの数値が半分以下に下がり、驚いた。広野に戻れるかも分からない中、ひとときでも不安を忘れられ、ありがたかった」と振り返る。
宮城県の登米町森林組合も今季、南三陸町の被災者らを招き、森林セラピーで心を癒やす企画を進めている。
◇「基地」など全国に48カ所
31都道県で、コース中心の「森林セラピーロード」と、宿泊施設なども整備された「森林セラピー基地」の計48カ所が認定されている。運営主体は自治体や森林組合が多い。
他の主な「森林セラピー基地」は、秋田県鹿角市▽宮城県登米市▽山形県小国町▽群馬県上野村▽山梨市▽長野県上松町、信濃町▽富山市▽鳥取県智頭町▽山口市▽福岡県うきは市▽宮崎県日南市。森林セラピーソサエティのサイト(http://www.fo−society.jp/)はイベント情報も紹介している。