日本の癌治療、なぜ成績良いか
【研修最前線】
東京医科歯科大学、研修医セミナー第21週「大腸癌に対する化学療法」─Vol.2
2013年3月23日
欧米とは異なる術後補助化学療法。
患者が延命する日本ならではの事情がある。
大腸肛門外科の植竹宏之氏が解説する。
まとめ:星良孝(m3.com編集部)
欧米並みの化学療法が日本になじまない理由
講師は東京医科歯科大学大腸肛門外科の植竹宏之氏
植竹 患者が手術後、再発しないために行うのが術後補助化学療法です。大腸癌を再発させないこと、これが最も大切なことです。
ここで注意していただきたいのが、ドラッグラグがなくなったからといって補助化学療法においては欧米式の化学療法を喜んでそのまま使ってはいけないということです。それは、日本と欧米とでは大腸癌の治療成績が全く違うからです。
大腸癌の生存率。
この青の棒グラフで示してあるのが日本の生存率ですが、これを見るとどのステージも、紫と黄色で示してある欧米の治療データよりも成績がいいことが分かります。これは、日本はかなり手術で勝負できていることを意味しています。
したがって、手術後にやたらと強い薬を患者に投与しても、副作用だけ出て予後の改善にはつながらないと言われています。
臨床試験の生存率。
例えば、臨床試験でのデータを見てみましょう。
上の4つが海外のデータですが、症例数百というスタディーで3年の無再発生存(relapse-free survival)を見ると、やはり日本の生存率が高くなっています。5年のオーバーオールサバイバル(Overall Survival)を見ると、同じステージ3でも日本だと87.9%の方が生存している。欧米よりもよほどいい。
この結果から見ても、欧米並みに強い薬を使用すれば日本のサバイバルがよくなるというわけでもなさそうです。
欧米より日本の生存率が高い理由
手術治療とリンパ節切除。
では、どうして日本のサバイバルがいいのでしょうか?
いま、いろいろと議論されていますが、一つ、こういう見方があります。
研修医のみなさんが外科を回ったら分かる通り、郭清といって腫瘍から離れたところのリンパ節まで切り取るのが日本のスタイルなのです。これは大腸だけでなく、その他の臓器についても同様で、日本では郭清範囲が主リンパ節から中枢部のリンパ節まで三角型になっています。
手術とリンパ節切除。
一方、欧米では腸管軸方向に長く切り取ります。リンパ節郭清は限定的です(第一グループのみ)。
この郭清範囲の違いが予後に影響しているのではないかと言われています。
日本式郭清に注目。
これは、特に日本の外科医のテクニックが高いだけではなく、欧米の患者は体形的にここまで切り取れないのだとも言われています。ただ、欧米でも日本流にやるのがいいのではないかという論文が出つつあるようです。
日本と欧米の病理検索の違い
日本のリンパ節採取。
植竹 もう一つ、生存率アップにかかわっていることとして、日本の病理検索がすぐれていることがあります。
外科を回った先生方は経験していると思いますが、日本のリンパ節採取は精密に行われます。例えば、これはがんセンターのやり方ですが、血管からリンパ節まで丸裸にするぐらいリンパ節を掘って病理検索をします。
欧米の標本作成法。
これはイギリスの標本作成法を示したものです(国立国際医療研究センター下部消化管外科の矢野秀朗氏提供)が、病理医が切除標本をホルマリンにじゃぶんと漬けて、固定後にチャーシューを切るみたいに輪切りにします。それでリンパ節転移があったとき、「転移あり」と判断します。
検索するリンパ節数。
欧米では平均でリンパ節を9個しか掘りません。日本は平均して20個は掘ります。外科を回った先生方は分かる通り、リンパ節9個で病理標本検索に出すのは、ちょっとはばかられるという感覚が日本にはあります。
日本のように詳細にリンパ節を検索すると、小さな転移も見つけてくれますからステージングが正しくなります。
リンパ節検索法。
逆に言えば、欧米のようなリンパ節の転移の調べ方だと、リンパ節転移があってもステージ2と判断してしまうことがある。その結果、欧米のステージングの予後が悪くなってしまうのです。
こうしたことから、術後補助化学療法を考えるときには、ドラッグラグがなくなったと喜ぶのではなく、日本の手術と病理検索、生存率のよさから、どういう使い方をするか決める必要があります。
つまり、料理でいうと、補助化学療法というのはデザートなのです。メインディッシュのオペが終わった後のデザートです。したがって、メインディッシュによってどんなデザートにするかが決まる。組み合わせとして決まってくるわけです。
術後補助化学療法。
実際に日本で汎用されているものとしては、飲み薬の補助化学療法が最も多く使われています。それほど再発率が高くないのに強い化学療法をやるというのは、日本ではまだまだ主流ではないということです。
もちろん、すごく進行している方とか、リンパ節転移がたくさんあってステージ3Bといった場合には強い化学療法(多剤併用療法)を行いますが、欧米式の何でもかんでも術後補助化学療法を多剤併用療法、強い化学療法でやるという治療はやっていない。それが日本の現状になっています。
患者を説得するのも医者の仕事
植竹 少し全般的な話になりますが、患者へのムンテラについてお話したいと思います。
抗癌剤治療についてよくある質問を2つ挙げてみました。
抗癌剤治療でよくある質問。
だいたいこういうことを聞かれることが多いです。
けれども、再発なさった方の抗癌剤の中止は、抗癌剤の効果がなくなったときか、副作用が多くて患者が耐えられないときで、両方とも患者にとってはよくないことを意味します。この辺りのことをはっきり分かっていただかないといけません。
一般的に、薬というのは飲んで治れば中止しますが、再発した場合の抗癌剤治療はそうはいきません。また、抗癌剤治療というと、とてもつらいものだというイメージがあります。
けれども、現在では支持療法、吐き気に対する薬やしびれに対する対処法などが発達しています。「つらいから受けたくない」という患者に対しては、我々は粘り強く説得して患者を前向きにしなければいけません。
薬の違い。
そんなとき、この図を書いて患者に説明します。つまり、胃薬や風邪薬と抗癌剤の違いについて話すわけです。
胃薬や風邪薬は、病気が体力を上回っている状態のとき服用します。熱を出してつらいとか、胃が痛くてものが食べられないというとき、薬で治療する。すると、病気の力が弱まって体力が勝り、薬を飲まなくてもよくなります。
一方、抗癌剤は、肝臓に転移したとか、肺に転移したというときに使います。まだ体力がすごくあるときに行うわけです。つまり、病気がまだCTでしか見つからない、自覚症状がないとき、これが使用するべきタイミングなのです。
抗癌剤治療を開始すると、病気も勢いを失っていきますが、副作用によって体力もなくなっていく。これを支持療法で支えながら行うのが抗癌剤治療というものなのです。
臨床の場では、患者がよく「全然症状がないのに抗癌剤治療をするんですか?」とか、「体力があるうちに、あんまりつらいことはやりたくない」と訴えたりしますが、一般的な薬と抗癌剤は違うのだということをよく説明し、納得してもらうことが大切だと思います。
2013年3月23日 提供:まとめ:星良孝(m3.com編集部)