プラス1フォーラム

女性に多い骨粗しょう症による骨折は、寝たきりの大きな原因の1つ。
また骨が健康でない人は、ほかの病気も引き起こしやすい。
東京・銀座のヤマハホールで開催した
「日経プラス1フォーラム――骨から考えるヘルシーエイジング」
(主催・日本経済新聞社、協賛・雪印乳業)では、
骨の健康を維持するための日常生活の過ごし方と、心も体も健康に生きるための工夫について学んだ。

基調講演 美しい姿勢はバックボーン(背筋)から
東京女子医科大学産婦人科教授     太田博明氏

健康のために骨のケアを
食事と運動が予防の基本

日本人の平均寿命はどんどん今なお延びており、2001年の厚生労働省の調査では女性は84.93歳、男性は78.07歳と男女ともに世界一長寿です。しかし肝臓や腎臓といった臓器やそれを構成する器官の耐用年数は、人生50年の時代から延びていません。耐用年数を過ぎた後、30−40年も使用するのですから、いろいろなケアが必要なのは当然です。

骨も同様です。個体差はありますが40代後半から骨量の低下が始まり60歳で骨量減少、70歳になると骨粗しょう症になります。骨の耐用年数が過ぎ骨粗しょう症になると、骨折しやすくなるのです。血圧やコレステロール値を同じように、定期的に骨量(骨密度)を検査し対処しなくてはなりません。

骨は生きていて、数カ月のサイクルで生まれ変わります。破骨細胞が古い骨を溶かし、骨芽細胞がカルシウムなどを付着させて骨を作りながら元通りに修復していくという仕組みです。ところが女性は閉経前後になると、破骨細胞の働きを抑えている卵胞ホルモンのエストロゲンが減少します。このため破骨細胞の働きが骨芽細胞のそれよりも増えてバランスが崩れ、骨密度が下がってしまうのです。女性に骨粗しょう症が多いのはそのためです。

骨粗しょう症は大根に「す」が入ったように、骨にたくさん穴が空いた状態です。特に骨折を起こしやすいのは背骨、足の付け根、親指側の手首の3カ所。背骨の場合は上半身を支えることができず、前の骨がつぶれて背中と腰が丸くなります。こうなると無理な姿勢のために背中や腰が痛くなったりしますし、容姿も損なわれどんなにおしゃれをしても台無しです。

骨と死亡率は反比例
脳血管障害による寝たきりが多いことは周知の事実ですが、最近の調査では骨粗しょう症による寝たきりは13%もあります。足の付け根を骨折した人のうち5年以内に亡くなる人が約30%、背骨の骨折では20%強もいます。また骨量の少ない人は心臓病や脳血管の病気にもなりやすい。骨から溶け出したカルシウムが動脈に沈着し動脈硬化になったりするとも言われています。このため骨量の少ない人の方が死亡率が高くなります。

骨粗しょう症になると早い人は60歳前から最初の骨折が起き、70歳になると2カ所、3カ所と増えていきます。骨折は多発傾向にありますから、骨量低下が始まる閉経前後の対策が極めて重要です。骨粗しょう症に対する予防・治療法には、理学療法、食事療法、薬物療法、転倒予防などがありますが、特に大切なのは誰もが自分でできる食事と運動です。

骨粗しょう症を防ぐためには、骨の材料となるカルシウムの摂取が重要です。厚生労働省は1日に必要なカルシウムの量を、30歳以上で一律に600ミリグラムと定めています。しかし実際には年をとればとるほどカルシウムは必要ですし、男女差もあります。欧米の基準は1000から1500ミリグラム、日本人にも800ミリグラムは必要だと思います。200ミリグラム多くとるためには牛乳200ccが相当します。

乳製品でカルシウム摂取
しかもカルシウムは食品により吸収率が異なるということも重要な点で、一番効率的なのが乳製品。次に大豆製品です。魚介類や緑黄色野菜からもカルシウムはとれますが、吸収率は低くなります。牛乳にはカルシウム以外にもたんぱく質の一種でMBP(ミルク・ベーシック・プロテイン)という成分が微量に含まれています。これには骨形成を促進し、骨吸収を抑制する作用があります。

逆に骨代謝に悪影響を与えるのは、塩分、カフェイン、アルコールの取りすぎや喫煙です。これらに注意しながら適度な運動を行い、バランスのよい食事を心がけてください。このことは骨粗しょう症ばかりでなく、生活習慣病の予防にもつながります。背骨は人間の体の大黒柱。ここがきちんとしていなければ健康を維持できません。美しく健康に長生きするためには、肌や髪のケアだけでなく、骨のケアも怠らないよう心がけることが大切なのです。

講演 幸福へのパスポート〜今を豊かに生きるために
作詞家     阿木燿子氏

感動することで幸せを実感
自分の体に感謝の言葉

私たちは日々、時間に追われた生活をしています。そう、時間が足りないと絶えず口にしている。でも時間はつかまえようと思ってもとどまってくれません。時間を自分の味方にし、自分が幸せになるだけでなく、周りの人にも幸せを差し上げるようにするにはどうしたらよいでしょう。

時間は点の集合
歌の歌詞を思い出してください。『時のすぎゆくままに』『時の流れに身をまかせ』『川の流れのように』の歌詞を読むと、日本人は時間を流れとしてとらえ、自分の人生も流れに任せて行くものと考えているようです。

そこで私は、時間を流れと考えず点の集合だと考えてみました。過去、現在、末来の無数の点が集まって時間になる。今突発的な出来事が起こって、人生が途絶えてしまっても、思い残すことがないくらいに1つひとつの点である今を生きることが大切ではないでしょうか。

人間はある場所に身を置いていても、心の中では別のことを考えていたりしますよね。それではその瞬間が充実しません。そのことを解消する、いわば「肉体と精神をつなぐ接着剤」はないかと考えてみました。ありました。それは、感動することです。季節の移り変わりや旬の果物にも、心さえオープンにしておけば感動します。そうすると五感をフルに使って生きていると実感できますし、その実感に向かって細胞の1つひとつが息づいているのを感じます。

「ありがとう」を言おう
感動の中でも一番しやすいののは「ありがとう」という感謝ではないでしょうか。先日『水は答えを知っている』という本を読みました。水は氷から溶ける瞬間にのみ結晶することに気づいた研究者が、その様子を写真に収めた本です。「ありがとう」という言葉をかけ続けた水はきれいに結晶しましたが、「ばかやろう」という言葉をかけ続けた方は結晶しなかったそうです。人間は70%が水でできているから、「ありがとう」と言ってあげれば人間もそれに応えるはずだと書いてありました。

私たちは年をとるにつれ、ほかの人には「ありがとう」と言いやすくなります。ところが自分自身にはなかなか言えません。特に自分の体を叱咤(しった)ばかりしてしまう。残念ながら肉体は年とともに衰えていきます。体の細胞の1つひとつにも、「がんばってくれてありがとう」と声をかけることが大切な気がします。
多分、人生には無駄な時間はないはずです。どうぞ皆様も今のこの瞬間を大切に、そして深く生きてください。そうすれば皆様も呼吸の1つひとつが、周囲の人の幸せのもとになります。そしてほかの人の人生を感じとることができれば、その人の人生までも享受できます。
自分のためだけでなく家族や友人やすべての人との調和や、社会とのかかわりを大切にしていただきたいなと思います。私たち一人ひとりのこうした行いは、幸せの波動となって多くの人に伝わってゆくはずです。

対談 骨の健康を保ち、美しく健やかに年をとることを考える
歩くことが一番無難で効果的   太田氏
骨に対する正しい認識が必要   阿木氏

阿木 私は一時期フラメンコにのめり込んでいて、1週間に10日練習していたほどです。ところがある日、ひざを痛めてしまい4年たった今でも良くなっていません。フラメンコは、背筋を伸ばし背中を反った姿勢で踊ります。間違った背骨の使い方をしていたのでしょうね。

適度な運動が大切

太田 無理な姿勢や同じ姿勢を続けるのは、骨のために良くありません。練習のし過ぎも問題ですね。運動は大切ですが、週休2日くらいが適当です。心臓や肺に負担がかかりすぎる運動も良くありません。どういう運動が体に良いかはまだ分かっていませんが、歩くことが一番無難だと言われています。

阿木 日本は欧米よりも寝たきりの人が多いと聞きます。どういう理由からでしょう。

太田 骨にも人種的な違いがあり、日本人に限らずアジア系の人種は骨粗しょう症の人が多い。それが日本人に寝たきりが多い原因の1つです。骨折する箇所にも違いが生じ、日本人は背骨の骨折が多い。日本の農村を訪れる外国人は、腰の曲がったおばあちゃんが多いことにびっくりします。逆に日本人は足の付け根にある骨が短いので、その部分の骨折は少ない。

阿木 人間がもともと4つ足だったことを考えると、立っていること事体に無理があるような気がしますが。

太田 その通りです。ある恐竜は水の中で生活していたのに、陸上に上がり2本足で歩くようになりました。それで足の付け根に2千キログラムの体重がのしかかり、骨の骨折が原因で絶滅したと言われています。

阿木 骨が原因で死ぬことはないと思っていましたが、人間の土台を作っている骨が大切だと言うことがよく分かりました。父が亡くなり焼き場で骨になった時「すごく立派な骨ですね」と褒めていただきました。死んでしまっても骨だけは残りますものね。それなのに私たちは日ごろ、骨に対する意識が低すぎますよね。

太田 骨はカルシウムの貯蔵庫で、体内の99%の量を蓄えています。冷蔵庫が大きいといろいろな献立を考えられるのと同じで、骨量が多いと体全体に供給するカルシウムの量も多く、体全体にゆとりが生まれるのです。だから骨量が多く骨が丈夫な人の方が、健康を保ちやすい。

医薬品は処方どおりに

阿木 私も寝たきりへの恐怖があり、カルシウムを補うためにサプリメントを利用しています。カルシウムを取りすぎると弊害がありますか。

太田
 確かに極度のカルシウム過剰は、尿路結石を引き起こしたりしますが、サプリメントなど補助食品の量の範囲なら、問題ありません。医薬品を飲む場合は、必ず医者の処方どおりに飲んでください。

阿木 骨を丈夫にするために縄跳びなどの跳躍運動が良いと聞いたことがあります。

太田 骨に重量をかけることが効果的なのです。階段を上がったりジャンプしたりする運動は悪くないのですがひざを痛めやすい。だから歩行が一番無難なのです。水泳は重力がかからないから骨のためにはあまり効果はないのですが、バランス感覚や柔軟性を養える。転倒防止にも役立ち、骨折を起こしにくくします。

阿木 背骨や骨盤のゆがみを起こさないようにするには、日常生活でどんな点に気をつければいいのでしょうか。

太田 正しい姿勢をとることが一番大切です。背骨と骨盤の角度には外国人と日本人では違いがありますし、正しい姿勢にも個人的な差があります。最近スタイルのいい若者が増えていますが、こうした体形の人で骨が丈夫な人は少ないですね。今の若者がある年代になった時には、平均寿命は今より短くなるように思います。

阿木 足が長くてスタイルの良い女性を見ると引け目を感じてしまいますが、スタイルよりもきちんとした骨密度とバランスの良い骨格が必要なのでしょうね。ところで人生はやり直しがききますが、骨も再生するのですか。

太田 骨は再生しますが、それには時間がかかります。こつこつ少しずつ蓄えていかなくてはなりませんから毎日の生活習慣が大切です。骨はだいたい寝ている間に蓄えられるのですよ。だから夜働く人は骨が少ないと言われています。骨を丈夫にするには安静と休養も必要です。

阿木 私の母は病院で「化粧をしないでください」と注意をされたのですが、こっそり口紅を引き次の日に亡くなりました。患者としては悪いかもしれませんが、同じ女性としては共感できました。女性なら誰でも、いつまでもおしゃれをして、美しくかわいくありたいと願っていますものね。そのためにもこれからは、骨についてもっと意識して行きたいと思います。

太田 そうですね。背骨が曲がってしまうと、すてきな服を着てもフィットせず、誰もほめてくれません。女性も男性も背筋を伸ばし、いつまでも若々しくおしゃれに生きるためにも背骨を大切にしてください。阿木さんのお話のように、感動する心を持ち続けることもとても大切なことですね。

(2002.9.28 日本経済新聞)