刺激で脳内物質
医師に相談、保険適用も

鍼灸(しんきゅう)治療に対する関心が高まっている。効果は個人差があるものの、肩こり、腰痛から脳卒中による手足のしびれやつわりまで様々な症状の改善が期待できる。このため、西洋医学の治療ではなかなか良くならない人が受けることが多い。鍼灸治療を受ける際のポイントを探った。


2男性のAさん(60)は脳卒中になり、手足がしびれ歩くたびに痛んだ。西洋医学では痛みを抑える治療法がなく、趣味で30年以上続けていた短距離走もすっかりあきらめていた。
それが知人の勧めで1年前から鍼(はり)による治療を埼玉医科大学付属病院(埼玉県毛呂山町)の東洋医学外来で受け始めた。同外来は鍼治療専門としている。週に2回、手足や頭のツボに鍼を刺したところ、約3ヵ月経過したころから効果が表れ出した。
その後も週に1回治療を受け続けた結果、痛みは半分以下に減った。現在は100メートルを約14秒で走ることができるという。


深さは2−3ミリ

治療にあたった同外来の鍼灸師である山口智・主任によると、痛みが和らぐのは鍼治療で脳内にβ(ベータ)エンドルフィンという物質がつくられるため。この物質は麻酔に用いられるモルヒネに似た作用があり、痛みを和らげる。
鍼は鎮痛作用だけではなく、血流改善や自律神経の調整、体の免疫機能の改善など様々な効果がみられる。山口主任によると、頭痛の場合は9割の患者で何らかの効果がある。痛みを完全になくすことは難しいが、「10の痛みを5や3に下げることは十分可能」(山口主任)。
埼玉医大を訪れる患者の症状で一番多い肩こりをはじめ、腰痛や顔面神経マヒでも9割近くの患者で何らかの効果が認められるそうだ。ぎっくり腰は1回の治療で顕著に効果が表れることがままあるという。
だが、どのような病気でもこんな高率の効果が期待できるわけではない。山口主任の調査では、効果がみられるのはおおむね患者4人に3人の割合だ。
治療に使われる鍼の太さは通常0.1ミリメートルほどで長さが約5センチメートル。感染症を防ぐために、大抵は使い捨てだ。再使用する場合、外科手術で用いる治療道具と同様に殺菌処理している。鍼はストローのような細い管に入れて正確に刺す。皮膚の表面から2−3ミリメートルの深さまで刺すのが一般的で、痛くはない。


電気の利用も
打つ鍼の数は治療内容によって異なる。顔面マヒでは耳の前と後ろに鍼を2本打つだけ。肩こりと腰痛の鍼治療を同時に実施する時は約30本を全身に刺す。治療効果を高めるために、鍼先に電極を付けて電気で神経に刺激を与えることもある。
鍼治療とともにツボを刺激する手法が灸だ。もぐさを体の上に直接置いて燃やす方法や、もぐさを和紙に包んで燃やし皮膚に近づけ熱くなったら離すという動作を繰り返す非接触の方法がある。
一般的に皮膚表面に置くもぐさの大きさは米粒ほど。端に火をつけて少しずつ、もぐさを加える。これを数回繰り返す。体の免疫機能を高めたり、自律神経の働きを調整したりと鍼治療と効果は変わらないが、鍼治療に比べて効果が持続するといわれている。
鍼灸治療を受けるにあたっては、鍼灸師に症状を詳しく説明することが大事だ。北里研究所東洋医学総合研究所(東京・港)で鍼治療を実施している医師の石野尚吾診療部門長は「症状をじっくり聞いて治療法をきちんと説明してくれる鍼灸師に治療してもらうのがよい」と話す。


鍼灸師を認定
約3千人の鍼灸師が会員の全日本鍼灸学会の丹沢章八会長は「学会では認定制度を設けるなど鍼灸師の技術向上を進めている」として、認定資格を持つ鍼灸師の治療を受けることを勧めている。
五十肩、腰痛、神経痛、リウマチなどは医師の同意書があれば健康保険が適用され、自己負担が軽くなるので、医師に相談するのも一つの方法だ。埼玉医大では外科や内科などと連携して、鍼治療で効果のありそうな患者を東洋外来で治療しているそうだ。
鍼灸治療は自由診療のため、施設によって治療代が異なる。鍼治療を専門としている北里研究所や埼玉医大は、1回の治療当たり3千−5千円程度。東京都鍼灸師会に入会している施設では同4千−5千円程度。1回当たりの治療代が割安になる回数券を販売している施設もあるという。


鍼灸施設を選ぶポイント

▽治療に使い捨ての鍼を使うか、十分に消毒済みの鍼を使うなど衛生面に気を配っている
▽患者の症状をよく聞き、治療法を丁寧に説明してくれる
▽鍼や灸による治療が有効な症状と、あまり効果のない症状をきちんと説明してくれる
▽鍼灸専門学校、鍼灸大学などで専門教育を受け、日本の国家試験に合格している鍼灸師がいる
▽治療費がいくら程度かかるか説明してくれる          

 

2003.9.20日本経済新聞