「長寿と老化」

長生きの高齢者に子供のころの思い出を尋ねると、学校の成績が良かったという応えがよく返ってくる。子供時代に成績が良かった人ほど長寿の人生を送れるのだろうか。小児期の知能指数(IQ)が高かった高齢者ほど認知機能が高いのだろうか。

年を取ると多くの人で、物忘れがひどくなるなど認知機能の低下が認められ、生活に影響する。もし認知機能の低下が高齢期に特有のものでなければ、小児期の認知機能が高齢期の認知機能に影響を及ぼすと考えられるだろう。

米国では1990年代半ばに、修道女を対象とした追跡調査から若いころの言語能力が老年期の認知機能に関連すると報告された。ケンタッキー大学のスノードン博士は、平均22歳で修道院に入る際に書いた作文と約60年後に実施した認知機能調査の結果を比較検討した。

認知機能検査を受けた修道女93人のうち、14人がアルツハイマー病と診断された。アルツハイマー病で認知機能が低下していた修道女は若いころの作文で簡単な構文を使う傾向があった。逆に作文で複雑な構文を使っていた修道女は高齢期でも認知機能が保たれていた。

だが、この研究は言語能力に限定した調査だ。子供のころの知能指数と高齢期の認知機能を詳細に比較検討した研究はこれまでなかった。そのような状況の中で今年、英エジンバラ大学のデアリー教授が興味深い調査結果を発表した。

教授は1932年に11歳でIQテストを受けた83人を対象として99年に脳の磁気共鳴画像装置(MRI)検査や認知機能検査を実施した。被験者は検査当時、全員が78歳で、男性が47人、女性が36人だった。

MRI検査から、脳の白質病変が認知機能の低下にかかわっていることを見つけた。脳の白質は神経線維の束が集まっている部位で、加齢に伴い病変がそこに増える。白質病変は高血圧や動脈硬化が原因で生じることが多い。教授は高齢者にみられる認知機能の個人差はその原因の14.4%が白質病変と報告している。

11歳のときに調べた知能指数テストの結果との関係も分析した。教授はその結果から、認知機能差の原因の13.7%は小児期の知能指数で説明できるとみている。

さらに白質病変と小児期の知能指数はともに独立した因子であると強調する。デアリー教授の考えが正しければ、生まれながらにして脳に備わっている能力と、その後の生活習慣による影響が同じ位の比率で高齢期の認知機能に影響を与えているようだ。
(東京都老人総合研究所 研究部長 白澤 卓二)

 

2003.8.17日本経済新聞