「長寿と老化」

高齢者にとってがんとともに恐ろしい病気が動脈硬化症だ。動脈硬化によって血液が末しょうに流れなくなって起きる心筋梗塞(こうそく)や脳卒中などを加えると、動脈硬化による死亡率はがんをはるかに上回る。

動脈硬化を引き起こすのは血中のコレステロールだ。コレステロールには善玉と悪玉の2種類がある。このうち、悪玉は動脈壁で酸化されてからそこにたまって、血液の流れを悪くする動脈硬化病巣を生み出すことを京都大学の北徹教授、久米典昭講師らのチームや米国のチームが明らかにした。

酸化はあらゆる体内の物質が老化する際にみられる現象だ。鉄がさびるように動脈壁が老化するときにも、悪玉コレステロールの「さびつき」が重要な役割を演じていることが分かった。

心筋梗塞などがとても恐ろしいのは突然胸痛が襲ってくるためだ。最初の発作で致死性の不整脈に襲われ突然死してしまうこともある。心筋梗塞の発症を予知することができれば、多くの患者が救われるだろう。

北教授、久米講師らの研究チームは、心筋梗塞の発症を早い段階で予知できる可能性を示す悪玉コレステロール関連の研究成果を最近発表した。心筋梗塞は心臓に栄養を送る冠状動脈という血管が詰まることによって起きる。京大の研究チームはこの閉塞の引き金となる動脈硬化病巣が破れて血栓ができる現象に注目した。

従来の診断では、血栓が発生して血管が詰まった後に起きる心筋細胞の壊死(えし)を検出していたが、これでは遅い。動脈硬化病巣の破れを予測できれば、心筋梗塞の発症の早期診断が期待できる。

久米講師らは酸化された悪玉コレステロールだけを認識するたんぱく質(受容体)が動脈硬化病巣に現れることを発見。さらに、この受容体の一部は心筋が壊死に陥る前から血中に放出されることを突き止めた。

発見した受容体を利用して危険な動脈硬化病巣を検出することができれば心筋梗塞の発症を予知できそうなことを京大チームは示したと言える。

これまでは、悪玉コレステロールの冠状動脈での振る舞いをはじめとして、心筋梗塞が起きる詳細なメカニズムが分かっていなかった。そのために、心筋梗塞は予知不可能な病気と考えられている。

だが、研究を発展させて発症診断が可能となれば、きちんと予防することもできるようになりそうだ。動脈硬化を予防するためにも悪玉コレステロールの酸化を抑制することが重要な戦略の一つになるかもしれない。高齢者にとって恐ろしい病気の新たな対策の方向が見えてきた。
(東京都老人総合研究所研究部長 白澤 卓二)

 

2003.8.24日本経済新聞