1日5分音読 会話して食事


「最近、新しいことが全然覚えられない」――。年を取ると、誰しもこんな悩みを抱くだろう。そうだ。脳の老化は避けられない。ただ、個人差があるのも事実だ。日ごろの生活習慣や心がけ次第では、脳の若さを長く保てるらしい。

脳には神経細胞とそれをつなぐ神経線維がある。これらが脳内にネットワークを形成し、知恵や知識、経験が蓄積される。

成人の脳には1000億−1500億個の神経細胞があるが、20歳過ぎから毎日10万−20万個死滅するという。しかし、浜松医科大の高田明和名誉教授は「最近は70代の末期ガン患者の脳で神経細胞が生まれた例もある。刺激を与えれば新細胞も生まれる」とみる。

神経線維は20歳まで活発に増える。東北大の川島隆太末来科学技術共同研究センター教授は「20歳以降はゆっくりとしか増えないが、活発に働かせれば脳内のネットワークの若さを保てる」と指摘する。
実際、加齢とともに神経細胞の減少などで脳の萎縮が進むが、萎縮の度合いだけで判定するのは難しい。ネットワークとして機能しているからだ。

電話帳で判定
老化度を測る簡単な目安は、1から120まで声に出して数え、その早さを計ること。これは「思考やコミュニケーションなど、脳の最も高度な機能をつかさどる前頭前野の働きと密接に関連している」(川島教授)。前頭前野の成長とともに数えるスピードが速くなり、年を取ると遅くなる。現役大学生なら平均すると70歳代の半分以下の25秒でできる。

電話帳を使う老化度判定法を提唱するのは高田氏。電話帳を適当に開き、目にした番号を覚える。東京や大阪の8ケタ番号がいい。10秒間目をつぶってから書き出し、いくつ当たったか調べる。40代までは8つ全部、50代で7つ、60代で6つなら年齢並み。60代で4つなら黄信号だ。3回くらい繰り返そう。短期記憶は前頭前野の働きと関係しているとみられる。

脳を若く保つ秘けつは何か。「バランスよく食事を取り、糖尿病など生活習慣病を予防することが基本」と川島教授。東北大学が成人男女1500人の脳をMRI(磁気共鳴画像装置)で調べたところ、飲酒や喫煙の習慣がある人や、高血圧の人は脳が萎縮しやすい傾向があった。

特に朝食は大切だ。「脳は午前中に最も活動する。育ち盛りの子供が朝食を抜くのはよくない」(川島教授)。早寝早起きと規則的な睡眠も欠かせない。

ストレス禁物
「視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚の5感をフル活用したい」と語るのは京大の大島清名誉教授。家族が一緒に旬のものをゆっくりかんで食べるのもその一環だ。
「体が動いた情報を前頭葉へ送る大脳の体性感覚野には手、足、あごの情報が多く、特にあごの比重が高い」(大島氏)。だから、よくかめば体性感覚野を刺激できるし、糖分が上がり、脳のエネルギー源のブドウ糖が摂取しやすくなる。

家族の会話も大切。一人で食べる「孤食」はよくないそうだ。
「ダイエットで脳の栄養が不足しないように」と高田氏。また、「ストレスやうつ状態は、副腎皮質からコルチゾールという物質を出して脳を萎縮しやすくする」と注意する。外出して光に当たるのも重要。「目から光の刺激が脳に伝わり、セロトニンという物質が増え、脳を活性化する」
運動も脳に刺激を与える。大島氏は歩くことを推奨する。つま先に体重を掛けて歩く「けり出し歩き」は、体性感覚野を刺激する。

脳の活性化に役立つ簡単な動作もある。
川島教授は20−50代の健康な男女を対象にした調査で、音読や簡単な計算を続けると短期記憶力が高まるとの結果を得た。お薦めは「1日5分、新聞を声に出して読むこと」。継続すれば前頭前野が鍛えられるという。

高田氏は、体性感覚野に刺激を与える「カギ指運動」を提唱する。両手の指を親指から順番にカギ状に曲げ、すぐ伸ばす。小指まで行ったら今度は小指から親指へ。これを1日10往復。慣れたら人指し指と薬指を同時に曲げるなど、変化を付ける。手を使うのは脳に良く、大島氏も手で手紙を書くことを勧めている。

あなたの脳の働きを測定

1から120まで声に出して数えてみましょう。何秒でできるかな

平均的な早さは
(秒)
小学生低学年
80
小学校高学年
50
中学生
35
高校生
30
現役大学生
25
20代(大学卒業後)
30
30 代
35
40 代
40
50 代
45
60 代
50
70 代
80

(注)東北大学・川島隆太教授調べ、公文公教育研究所がデータ作成協力

 


2003.10.25 日本経済新聞