世界一の長寿国となった日本。幸福な老後を送るのに欠かせないものの1つが「食」である。我々口腔領域の医療を担う者にとっても「食」とは切っても切れない密接な関係がある。平成15年の新年号では、新春にふさわしい「食」について、服部栄養学園の服部幸應理事長にインタビューを行った。内容は環境問題にも広がり、分かりやすく伝えるために服部理事長の発言を主体に構成した。(聞き手は日歯広報委員会の原秀一委員、飯島裕之委員) |
――服部先生は様々な所で教育の一環として「食育」について話され、国の政策につながるなど関心も広がっております。まず「食育」提唱のねらいなどからお話いただければと思います。
なぜ「食育」を!
日本の教育は知育・徳育・体育という3本柱でいままでやってきているのですが、私はそれにプラス『食育』というものを学校教育の中に入れなければいけないだろうと、この10年間叫んできました。
私は、これだけ核家族化が進んできますと、学校教育が知育・徳育・体育を行い、家庭では本来、しつけの教育をしなければいけないのですが、これができていない。核家族化がすすんだがゆえに祖母から母へ、そして子供たちへと受け継がれていくべき衣・食・住の伝承がばらばらになってきています。
昨年の2月に食育を入れる話がありまして、骨太の方針の中に入れてくれたのです。平成15年度の予算案を要求しており、厚生労働省が最近激ヤセの子供が非常に多いということから、この指導にも食育の観点で進めていきたいということで、8千万円ぐらいの予算を計上してくれています。文部科学省が7億円、これは学校教育の中に入れていくということで、教科書作りの試作をしたりする予算です。BSEの関係もあって、農林水産省が非常に力を入れてくれて、15億円をいま要求してくれています。
実は厚生労働省、農林水産省、文部科学省の3省が共同で2000年3月に「食生活指針」を出させていただきました。これも私のほうで、なんでみんなバラバラにやっているのですか、できたら1つにまとめてくれと言ったら、"即しましょう"と回答がありました。
最近の食生活は、食習慣の乱れや食糧の海外依存、食べ残しの増加などにより、栄養のバランスの偏り、生活習慣病の増加、食料自給率の低下、資源の浪費などの問題が生じています。こうした中で3省共同で10項目からなる「食生活指針」がまとめられたのです。
話は変わりますが、日本人の平均寿命はすごく長くなって昭和60年以来、男女共に世界第一位、平成13年では女性が84.93歳、男性が78.07歳です。ただ問題は寝たきり老人や痴呆症でボケている老人も世界一なのです。ボケてから長く、みんな横になったまま長生きをしているんです。
そこで健康寿命というのが非常に重要になってきていました。寝たきりやボケになる前を健康寿命といいますが、平均寿命の間が6、7年と先進国の中では日本は長いほうなのです。いまこの間を3年くらいに縮めよういうことが食育の使命だと思い動いています。食育を通じて健康寿命を延ばすのです。
食育をすすめる3つの柱
私は今医学部博士課程に在籍し、15年1月に医学博士号をいただけることになっています。8年間勉強をしてきました。その研究等のつながりから『食育』を提唱し国の政策で取り上げられたのです。そこで小学校、中学校、高等学校でまず普及させていくため、3つの柱を立てたのです。
1番目は、"どんなものを食べたら安全か危険か""どのように食べるのか""誰と食べるのか"を教え、食に関する興味を抱かせることです。2番目以降は食を通してのマナーです。箸などの"作法"をやさしく、面白く教える躾(しつけ)が必要です。3番目は食糧問題、農業問題です。漁業や酪農関係もそうです。さらにはエネルギー問題、人口問題、そしてそれを取り囲む環境問題やリサイクルなどです。
1番目「何が安全か」
それでは、1番目からいきますと、どんなものを食べたら安全か危険かです。表示事態もいいかげんなのがずいぶん出てきています。コンビニでおにぎりを買ってきました。18度から23度ぐらいの常温に置くと自分で握ったおにぎりは1日半で黄色くなり、すえた匂いがして食べられない。買ってきたものは1週間たち、2週間たっても大丈夫なんです。これはポリリジンという防腐剤を炊き込んであるからです。例えば、幕の内弁当の30品目は化学合成の食品添加物が入っています。われわれ日本人は平均1日に90品目の添加物を口に入れております。加工食品ばかり食べている人たちはもっと多いことになります。
今日本人の約7割がレトルト食品を含む加工食品を食卓の上に並べています。昔はせいぜい3割ぐらいだった。そうすると甘辛い、塩辛い、薬の味がする。全部アミノ酸などが入っていて全部同じ味なんです。加工食品は品質を保ち、期間をを長くするために添加物を多用します。その結果、限られたような味ばかり口にしていることになるのです。ですから、刺激もなくなって味覚障害を起こすのです。
結局、売られているものは30度の温度のなかで35時間もたなければいけないという基準なのだそうです。
こんな状況が果たしていいのか、ということを3年ぐらい前から訴え続けてきました。そうしたらある大手会社は無添加のものを作り始めました。また、いま某大手会社のアドバイザーになることになっており、添加物を使用しない食品を考えてほしいとレクチャーするようにしています。
というように食生活自体にあまりにも危ないものが多いのです。
それと噛むこと、咀嚼ですが。戦後育ちがいま3分の1になってしまって、ほとんどやわらかいものを飲み込んでいる状態です。歯周病の問題もありますし、このことによって視力まで変わってきます。ネイティブアメリカンは視力が6ぐらいあるそうです。それはやはり遠くを見ているということもあるのですが、結局よくものを噛むことだそうで、噛むことで眼球の筋肉にも影響を与えるということで、それぐらい噛むことは大切なんです。
14年ほど前にパリの地下鉄でモデルがフランスパン(バケット)をかじっているポスターを見かけた。パン屋の宣伝かと思ったら歯科医師会の宣伝で、もっと固いパンを食べましょうと書いてある。あの噛みごたえのあるフランスパンを食べなくなったから、歯肉炎や歯周病が増えたそうです。
加工食品がやわらかくなっているか分かりませんが、日本の食卓の加工食品が平均で7割というのは恐ろしい話です。
4年前に私が仲人をした夫婦宅へ寄ったんです。奥さんが食事を作るということで待っていたら、10分ぐらいで食事の用意ができたというのでいってみたら食卓の上に発泡スチロールのお皿にラップがかかったままずらっと並んでいた。
私は仲人で親代わりですから意見を言ったら、お皿に入れ替えると下水から川、川から海へと流れ汚染につながり、環境問題ですと言うから、なるほどと言ったんだけど、そのお宅は100%加工食品でした。
だから今、料理のできない人が増えてきています。包丁がないという家庭も出てきているそうですね。本当に料理をやっている方との差が激しいですね。
そのほかにおいしく食べる環境作りですが。
病院の食事は一般的には食べれば食べるほど入院が長引くようです。免疫度が下がるからです。病院では栄養士がきちっと計算をして献立を立て、調理師がそれを見て作ります。しかし、まず味がよくない。それに食器がよくない。もう1つ環境としては蛍光灯の光がよくない。食べ物がおいしくなくなってしまう。あとクレゾールとか薬品の匂いです。病人は気が落ちているわけで、気を高めてあげる環境作りが必要なのに、その整備が病院にはなされていない。
今、日本の病院の食事を見ても5分の2が捨てられているのが現状です。栄養計算上は、これを全部食べてくれると体が回復することになっているのに食べていない。食べられる雰囲気ではありません。日本は食べ物に関してはついでという感覚がありますね。これがよくないと思います。
2番目は、しつけです
2番目が1300年の箸の歴史が何とこの30年間で4割も箸をもてない人を作ってしまった。これは常識というか躾というか。もっと家庭が教えるべきなのですが、家庭では教えられない。
私の学校に入ってくると栄養士も調理師も食に携わっている者として箸を持てないなんておかしいのできちんと教えています。
こういうコモンセンスといったこと自体が今の日本人の中に失われてきているという現実は、挨拶ができないとか、そういうこと全部につながります。
規範意識の調査を、世界20ヵ国の中学3年生を対象に行いました。
「まず先生を尊敬しますか」と聞いた。そしたら中国の北京では80.3%、アメリカでは82.2%でした。ヨーロッパのEU諸国の平均が83.7%です。韓国は20ヵ国中一番高く84.9%です。やはり儒教思想の国で世界の中でもきちっとしています。
ところで日本はどうだと思いますか。50%を切ったら国家として危ないんです。すると日本は21%でした。世界で一番低いところで79%でしたから日本は最悪です。
どうしてこういうことになっているか調べました。1つは親御さんがPTAの中でも先生をばかにしているということもあります。先生もだらしない。そして平等とか自由というのが、学校教育の中で20年間の教師のくだらないいろいろな闘争があって、それがみんな影響しています。
アメリカやヨーロッパは子供と犬は叩いてしつけようというスパルタです。小学校2年までは悪かったらビシッと叩きます。でもそれ以降は反抗期に入るから叩かない。それまでに全部鍛えます。日本だけですよ、お母さんがギャーッ言ってわけもわからず、ただ黙りなさいとか、うるさいとか言うのは。
ヨーロッパとかアメリカの共通点は宗教的に日曜学校があって、そこで人間の道、人間としてどう生きるかというのをやっているんです。日本にはそういうのが一切ない。だから日本には徳育がない。道徳の世界が日本からは失われています。
私は今、文部科学省、農林水産省、厚生労働省などに頼まれて学校を見にいっています。一昨年は18ヵ所、昨年は13ヵ所の小中学校に行きましたが、5年前に私が提唱して食育のさきがけを作りました。現場の栄養士さんたちを授業に入れてくれと言ったら、もとの文部省は、そんなのは家庭でやることだといったが、家庭でできないんだからと言って食育につながる話を全部したんです。そうしたら2ヵ月後に決まりました。その代わり校長が認めなければだめなんです。まだ認めているところは少ない。しかし、食育が昨年6月に認められましたから、これからは変わっていくと思います。
だけど学校教育自体は小学校、中学校、昨年度は高等学校も完全週休2日制になり30%の授業が短縮されましたから大変です。
先日、私は先生方の集まりに呼ばれ中学に講演にいきました。その時、女の子が目の上を切って血だらけになって運ばれてきました。私の担当になった人に救急車を呼んだほうがいいと言ったんですが、親に確認をとってからでないと病院には入れられないというんです。結局、私が救急車を呼んだんです。そこの先生は全部お手上げなんです。昔の親御さんは、学校が悪かろうが何をしようが、子供が不祥事を起こした場合は親が先生のところへ来て「申し訳ございません。うちの子がご迷惑をおかけしました。」と言った。今は違う。
親は学校に行かないで教育委員会にいく。これは公立の学校ですけど、今の学校システムがみんなだめです。本当に情けないぐらいです。
子供たちに誰を尊敬しますかと聞きますと、一番が塾の先生。2番がいわゆるサッカーとか野球を指導する監督、コーチです。女の子はピアノとかモダンバレエとかクラシックバレエ、お茶、お花のお師匠さんまで含めて、結局厳しい人を尊敬しているのです。
親を尊敬しますかと聞いたんです。日本は何割ぐらいの子が尊敬すると言ったとおもいますか。これも世界の基準で言うと50%を切ったら国家として危ないそうです。25%でした。その理由を調べてみると親としての資格が問題で、特にお母さんにあるのですが、お父さんがいないときに、お父さんの悪口を言うようになってしまったことです。
普通は親になったらどうするか、話し合いがなされていない。そこにお姑さんや色々な人がいたらそういうことが自然にできる。
だから私がなぜ今食育をやってきているかというと、コミュニケーションをいかに豊かにつなげていくか、その一番良い媒体が食なんです。それには食育が1本の柱としてきちっと成り立つのです。
3番目は食糧問題です
3番目は食糧問題です。やはりいま日本は食糧を外国から輸入している量が世界一です。自給率は先進国の中で一番低くて、カロリーベースで40%です。第二次世界大戦が終ったあとぐらいに日本の時給率は73%でした。いまは40%まで落ちました。
その点、英国などは当時47%しかなかったのが、いまは72%まで持っていきました。先進国はいざということを考えて、みんな上げているのです。ドイツも68%だったのが98%に、アメリカは102%あったのを127%に、フランスは104%が今136%まで来ています。
ですからそのように自給率はみんな努力しているのに、日本だけは全部買い付けてしまって自分のところでは作らない。野菜は74%もありますし、肉は42.3%、卵は67.8%あります。しかし、穀物がだいたい27%しかない。あとの73%は輸入です。こんな状況なんです。
穀物が低いというのは、肉を育てているからです。牛肉も豚肉も鶏肉も昔より食べるようになり30年前より5.5倍食べるようになったんです。お米は120キロから63キロまで落ちました。肉は5.5倍、油脂が4.3倍、スナック4倍、清涼飲料水4倍、外食率は当時6.6%だったのが今は42%まで来ています。だから日本の食がこの30年間でこんなに変わった国は世界中にありません。
牛を1頭育てるには牛の12倍の穀物を与えなければいけない。豚は8倍いる。鶏は卵を産んで、あと絞めるまでの間に6羽分のえさがいる。結局そちらにとられてしまうわけです。
だから自給率を下げている原因は、われわれの食生活が肉に偏ったということです。そのほかに農業自体が工業化によってだんだん土地が狭められていった。この2つの結果です。
地球の人工歯63億もあって、どんどん増えています。そのうち5億人が豊かな生活をしています。日本の約1億2千7百万人が全部入っています。だから銀座の野良犬、野良猫やペットが糖尿病などの生活習慣病にかかる可能性も出ています。
南半球など8億3千万人が栄養失調です。1日に4万人、年間1千5百万人が餓死しています。
日本は40%しか自給率がなく60%輸入し、残飯は世界一です。どのくらい残飯が出ているかというと、日本の廃棄物は食べ物だけでなく全体で5千6百万トンほど出るのですが、これは東京ドーム約150杯分の量です。その中の41%が食べ物です。
8年前はアメリカが世界一の残飯を出していた国でしたが、フード・エデュケーション、いわゆる食育・食教育が進み、その結果、日本は8年前からアメリカを抜きました。今、アメリカは日本の7割しかゴミが出ません。ヨーロッパ、EU諸国は日本の3分の1です。
はっきり言って私は日本人はバチが当たると思います。それは食を通じて物事をあまり見てこなかったためです。こんなことをやっていたらだめになるだろう。
スローフード運動
スローフードは1986年にイタリアで起こった運動です。マクドナルドの第一号店がローマに進出したときに、ローマの人たちはみんなとんでもないと反対しました。それでなくても手作りのものが減ってきて、子供たちがみんなこんなものを食べるようになったらえらいことだと、心ある人たちはみんな反対しました。だけどできてしまったわけです。
北イタリアのトリノ近郊にあるブラという村があって、その村の新聞を書いていた人たちの周りにみんなが集まってきて、ファーストフードに対抗してスローフードという言葉を作ったのです。
3年後の1998年にパリに出て、スローフード宣言を行いました。3つあります。1つ目は、消えていく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン(酒)を守ることです。
日本のお漬物をご自分の家庭でやっている方は少なくなってきました。漬物に関しては売られている漬物の90%が味付け野菜なんです。ところが本来のお漬物はぬか漬けなどが代表てきですが、あれは実は乳酸菌発酵です。それで初めて酸味が生まれる。日本人のいわゆるDNAにぴったりなのがお漬物の乳酸菌なんです。ヨーグルトのビフィズス菌より、このほうがよほど便秘を防ぎます。日本人の最高の薬だと私は思うぐらいです。しかし、そういうものがなくなってきてしまった。
2つ目が良質な製品を生産している人を、われわれ消費者は助けましょうということです。
この10年ぐらい前から、だれだれさんが作ったトマト、だれだれさんが作ったイチゴとかが出てきた。このだれだれさんが作ったというのは、今インターネットでも買えますが値段が高いんです。ところがヨーロッパでは40年ぐらい前にああいうのがたくさん出ていた。15、6年前になって、みんなであれを買い上げてあげようと言って買うようになると計画生産ができるようになって値段が安くなった。日本もこいうことをやらなくてはいけない。
3つ目が味覚教育です。子供たちを含め、消費者に味覚の教育を進めることです。小学校でみんなにチーズ、野菜、果物、魚、肉とかちゃんとしたものを持って来させ、目をつぶってそれを触らせたり、かがせたりして当てさせるゲームをやっています。
日本はそういう教育を一切飛ばしてしまった。
私が推進している「食育」もスローフードの精神と同様の活動を行っています。私は「食育スローフード協会ジャパン」を協会として立ち上げました。ぜひスローフードに入ってください。
――食育ということを考えると、歯科医師はおいしく食べるムードづくりをする、おいしく食べられる丈夫な歯をつくる、そういうことからサポートしていきたいと思います。われわれとしては、むし歯、歯周病は食ともすごく関係があります。さっき言った環境の問題もあると思いますが、親のしつけ、家庭の中でおいしく食べると言うことがいかに大事かということが今日のお話でよくわかりました。われわれも大いに食育をすすめていきたいと考えております。本日はどうもありがとうございました。
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