老化は「治療できる病気」
本当の価値

アンチエイジングという言葉が雑誌や広告などにあふれている。抗加齢と訳されるこの言葉、化粧品や美容外科で使うことが多かったが、内科や眼科などの医療分野に広がり、商品も多様になっている。どこまで信用していいのか。

未知の領域広い
東京・赤坂のマンションの一室。ここに足しげく通う高齢者達がいる。合成アミノ酸を輸液する「キレーション治療法」。初診料12万円、1回の治療費2万円で保険はきかない。それでも口コミなどを通じて人が集まる。

キレーションは心臓病、脳血管障害などを未然に防ぐ治療法。輸液によって体内に蓄積した重金属を排せつし、血管の老化を抑える。米国では盛んだが、日本ではほとんど知られていない。

この満尾クリニックは、日本で同治療法を実施する数少ない医療施設だ。3年足らずで300人以上が受けた。「平均65歳。元気で働き続けたいと願う人が多い」(満尾正院長)。定年がない自営業者の関心が特に高いという。

「あなたの細胞質のミトコンドリアを調べます」。こんな人間ドックがある。高輪メディカルクリニック(東京・港、久保明院長)が実施する「健康寿命ドック」だ。

長寿の人はミトコンドリアの中に特別な遺伝子を持つという。その有無を調べれば、長寿の可能性を判定できる。同クリニックが杏林大学と共同で編み出した検査手法だ。

ミトコンドリアのほか、血液成分や免疫の働き、ホルモンバランスなど加齢に伴い変動する数値も含め、検査は95項目に及ぶ。結果が出たら、運動面や栄養面からきめ細かく指導する。3年余り前に登場したばかりの新サービスだが、料金約15万円で約800人の中高年が受診した。

キレーションも健康寿命ドックも共通の考えがある。老化を自然現象ではなく、治療可能な病態として捉える。120歳以上ともいわれる人間本来の寿命を縮めず、元気に過ごせるよう生活習慣の改善や体調管理などにあたる。こうしたアンチエイジング医療の発想に、長い余命を有意義に過ごしたいと考える高齢者が吸い寄せられる。

しかし、本当にその治療法や予防法は正しいのか。

キレーションは医学的には両論ある。約50年前から実施している米国でも、有効性を確認するために、昨年から米国立衛生研究所による臨床試験が始まったばかりだ。ミトコンドリア検査にしても、「長寿の遺伝子ですべて決まるわけではない。どこまで予防に組み込むかは確率していない」(久保院長)という。

アンチエイジング医療は歴史が新しいだけに、医学的には未知の領域が大きい。理由の1つは対象の広さだ。シミやシワなど外見にかかわる分野に加え、生活習慣病、ストレス、疲労、脳の老化、更年期障害、いびき、ぼっ起不全(ED)など多岐にわたる。個別の医療機関による統合的な検証には限界がある。

そこで昨年4月発足したのが日本抗加齢医学会(理事長、水島裕・聖マリアンナ医大名誉教授)。顧問に日野原重明・聖路加国際病院理事長、杉村隆・国立がんセンター名誉総長ら医学会の重鎮が並ぶ。90年代初めに医学会ができた米国の後追いだが、会員はすでに1350人に達した。

理事の坪田一男・慶大教授は白内障などの視力回復手術をてがける中で、術後に生き生きとする中高年を多く見てきたことからアンチエイジングに着目、米国抗加齢医学会の認定医となった。「125歳まで元気に生きる」を目標に掲げるアンチエイジング医療の旗振り役だ。将来は慶大病院に専門の眼科外来を設置することも視野に入れる。

「現在は玉石混交」
医学会とともに、ビジネスも動く。アンチエイジングに商機を見つけたいと考える企業が商品開発のお墨付きを得ようとする場合が多い。

医学会の事務局長を務める米井嘉一・日本鋼管病院人間ドック脳ドック室部長は昨年、臨床検査を請け負う米井アンチエイジングラボラトリーズ(東京・台東)を設立した。ここにメーカーが検証データを求めて列をなす。

例えば、スポーツウエア大手のフェニックス。上腕部や大腿(だいたい)部をバンドで適度に締めて成長ホルモンの分泌を促すトレーニングウエア商品の検証を委託し、昨年発売にこぎつけた。下着訪販のシャルレが化粧品、明治製菓はサプリメントという具合に上場企業も動いている。

市場にはあやしげな商品・サービスがあまりにも多い。医学会の副理事長、吉川敏一・京都府立医科大教授は「現在は玉石混交の状態。医師の知識不足に加え、きちんと効果が検証されていない商品が流通している」と警告する。

実際、データの裏付けのない健康機器や健康食品が堂々と販売され、分量を誤ると肝障害などの副作用が出るサプリメントも出回っているという。がん細胞があると逆効果なのに、よく調べずに老化を防ぐための治療を実施する場合もあるようだ。

役所は何をしているか。厚生労働省は「薬事法、健康増進法などで信頼できない商品を取り締まることは可能」との立場だが、あるれる商品に追いつかないのが現実だ。

こんな状況だからこそ、日本抗加齢医学会とその周辺が騒がしくなる。医学会は来年6月からアンチエイジング医学に基づく健康管理を担う専門医・指導士の認定試験を実施する予定だ。企業の商品開発も熱を帯びるだろう。

2000年以上前、秦の始皇帝は不老不死の薬を探し求めたという。中世ヨーロッパの錬金術師もそうだ。老いは治療できるのか。その答えを探す研究は緒に就いたばかりだ。
(生活情報部 名波彰人)

抗加齢商品に力を入れる企業の例
企業名
商品名
対象
フェニックス カーツ(スポーツウエア) 成長ホルモン
シャルレ エタリテ(化粧品)
ロート製薬 クリアビジョン(サプリメント)
明治製菓 カラダナビ(サプリメント) 抗酸化
日本農産工業 ヨード卵・光(食品) 脳の老化
2004.9.27 日本経済新聞